第87話 ローベのお祭りと看板娘4
ローベの祭り二日目の午後。マリーがやどり木亭でメリナとランチを済ませて呼び込みを再開した後も、やどり木亭での出店は順調に客足を伸ばしていた。
周囲の店も同様に売れ行きが良いようで、皆ホクホク顔である。
「マリーちゃん、そろそろ休憩に入ってもらってもいいわよ?」
ジェニーにそう声をかけられる。
「ありがとうございます! でもそんなに疲れてないんですよね…メリナちゃんはどうですか?」
「私も平気!」
マリーとメリナが呼び込みで広場まで行く道中、先々では、やれおやつやら飲み物やらと歓待されていた。中には店先に椅子を用意されたりしていたほどである。最初は断っていた二人だったが、お店の人だけでなくお客さんも一緒になって勧めてくるので断れず、ジェニーはオリバー支配人にも相談していたが、固辞する方が角も立つだろうと有り難く申し出を受けることにしていた。おかげで、ちょくちょく足を止めていたし、甘いものも補給できたりと、疲れを感じていないのだ。
「そう? じゃあ、出店でも見て来たら?」
「いいんですか? 嬉しいです! 私、魔道具見てみたくて!」
ジェニーの提案にマリーは顔を輝かせた。気になっていた魔道具の辺りはお客様も多くて、店先を覗くことができなかったのだ。
「行きはしっかりうちの宣伝してね! 広場まで行ったらゆっくり見てくるといいわ! 」
マリーはジェニーに送り出され、一緒に行くというメリナと二人で呼び込みセットを持って広場へ向かった。
広場はメイン会場だけあって、人通りが段違いだ。広場の出店のほとんどは魔道具を扱う店のようで、テントの仮設店舗とは思えないほどだ。大型の魔道具があるためかスペースも広くとられている。
中でも、特にギルドと公館前の場所は高額な魔道具の販売が集中するらしく高級感の漂う店が多く、そういった店は店員の装いも上質な黒服だ。
「なんかちょっと緊張しちゃう」
いつもとは異なる雰囲気にやや緊張気味のメリナだ。
ローベのお祭りは国内外からの出店も多く、その中にはその地で有名な名店もある。
そういう店には紹介状が必要だったりと入店に制限のある店もあるがローベの祭り会場の店舗は例外でほとんどの店では入店制限はないと聞いていた。
「う、うん。でも大丈夫だよ! 今日はお祭りだもん。お祭り会場のお店は入店制限がなければ子供だって入っていいはずだから! それにね、こういうお店は、入口でにっこり笑ってご挨拶して、勝手に商品を触らなかったら大丈夫だよ! たぶん…」
マリーだって前世では大人だったのだ。入口の内側にスーツ姿のイケメンが立っている高級ブランド店にだって入ったことくらいはあるのだ…。とはいえ、“お客様”であれば一応邪険にはされない前世とは違い、ここは身分によって厳しく選別される世界である。元大人で、お祭り会場では大丈夫と聞いてはいても、やはり緊張はしてしまうのだった。
いくつか並ぶ店の中でも、一番入りやすそうな店を選び、店員に声をかける。
「こんにちは! 少し見せていただいてもいいですか?」
「おや、君たちはどこかの宿の天使ちゃんたちだろう? 休憩なのかな? さあ、中の方も遠慮なく見ていって」
「ありがとうございます!」
声をかけた店員はマリーたちの呼び込みを知っていたようで、意外なほどに優しく対応してもらえたことで二人は肩の力が抜けた。 “天使ちゃん”という呼び方に思うところがないとは言わないが、今は感謝である。
二人は店員に礼を告げ、店内の魔道具を見て回った。
1つ目の店を出て、次はどうしようと考えていたマリーたちに隣の店の店員から声がかけられる。
「ピンクちゃんたち! よかったらうちも見ていってよ!」
マリーはハテ? と周りを見渡してみるけれど、ピンク色の服を着ているのは自分だけだ。きっと「ピンクちゃん」は自分のことに違いないと店員を見るとマリーたちに向かってにこやかに微笑みかけている。
「こんにちは! 中を見せていただいてもいいんですか?」
「ああ、もちろんだとも! さあ、どうぞ!」
せっかくなのでと案内されるままにメリナと二人でお邪魔して、じっくり見学させてもらう。
驚いたことに、その店を出るとすかさず次の店に声をかけられ、そこを出るとまた次の店へと案内されて、最初の緊張は何処へやら、二人はしっかり魔道具店巡りを堪能することができたのだった。
「「ありがとうございました!!」」
「どういたしまして! 楽しんでいただけたようで何よりでした。今度は是非店舗の方にも遊びにいらしてくださいね!」
二人は最後の魔道具店を出て、店員に礼を伝えると歩き始めた。
「割引券とかまでもらっちゃいましたね」
「うん、びっくり! でも、楽しかったね!」
大人ならまだしも、子供のマリーたちに割引券までくれるなんて驚きだ。
ローベのお祭りはこうなのかもしれないが、もしかして、メイド服制服効果ということもあるのだろうか。前世でも、なぜか「制服」というものは、1割増し、いや、場合によっては2割〜3割増しくらいに素敵に見える効果があったけれど、ひょっとしてひょっとするとここでも同じようなものなのかもしれないとマリーは思う。
二人が大満足で宿へ帰りかけた時、広場の前の大通りを行き交う馬車の中に、小さな男の子が猫を追いかけるようにトコトコと歩いて行くのが見えた。
「危ない!!!」
「キャーーーーーー!!!!」
それに気づいた人々の叫び声と悲鳴、馬の大きな嘶きが響き渡る。
たくさんの人々が息を止めた瞬間、子供を避けようとバランスを崩した馬車が、反対側から走って来た馬車とぶつかり、激しい音を立てながら横転したのだ。
「大変だ!! 馬車の事故だぞ!!!」
「誰か!! 治癒師を連れてこい!!」
「おい!誰か手を貸せ!!」
先ほどまでの祭りの賑わいから一変した現場では、男たちの叫ぶ声と悲鳴が響き渡る。
「た…大変!!!」
幸い、男の子は倒れた馬車には巻き込まれてはいないようだったが、飛び散った破片のそばで火がついたように泣き叫んでいる。マリーは咄嗟に、男の子を保護しようと走り寄った。
「ぼく、もう大丈夫だよ!」
泣き叫ぶ男の子に必死で声をかけながら、大きな怪我がなさそうなのを見てホッと胸をなでおろしたマリーだ。しかし、転んだ拍子に怪我をしたのだろう、腕や足に大きな擦り傷があり血が出ている。
「マリーちゃん、これ!!」
少し遅れて駆け寄ってきたメリナが差し出したのは、呼び込みのために見本として持ち歩いていたラベンダー水と美容液だ。
「宿のみんなが、これを塗ったら怪我が治るって言ってたから!」
そう言われてハッとしたマリーは、すぐさま男の子の傷跡にラベンダー水をふりかける。
転んだ傷なら傷口を洗い流した方がよいのではと思ったので美容液ではなくラベンダー水にしたのだ。
「ちょっとしみるかもしれないけど…」
マリーがラベンダー水をかけているうちに血も洗い流され、そのまま傷も綺麗に治ってしまった。
「マリーちゃんすごい!本当に治ったね!」
「な、治った…!」
「ぼく、ほら、もう痛いのなくなったよ! もう大丈夫だよ!!」
メリナが男の子を抱き上げてあやしていたところ、子供の母親らしき女性が今にも泣きそうな顔で走って来た。
「マーク!! マーク!!」
「お母さんですか? 腕と足の怪我はもう大丈夫だと思いますが、驚いて転んでしまったようですので、治癒院で診てもらった方が良いと思います」
「ありがとうございます! ちょっと目を離したすきにいなくなってしまって探していたんです。そうしたら事故があったと聞いて、もしやと思ってきてみたらうちの子が…! 本当にすみません!ありがとうございました!!」
「いえ、私たちは特に何もしていませんから!」
そうやり取りをしている間に憲兵がやってきて、母親と男の子に事情を聞くために保護していった。
すると今度は倒れた馬車の方で救護作業に当たっていた男たちが叫ぶ声が聞こえてきた。
「大変だ! こっちは女が下敷きになってるぞ!」
「おい! 力のある奴はみんな来てくれ! 馬車を持ち上げる!!」
「治癒師は呼んだか!!」
「こいつはまずいぞ! 急げ!!!」
救助のための怒号のような声が飛び交っている。一方の馬車の方は被害はあまりなかったようだが、最初にバランスを崩した馬車の方が被害が酷いらしい。
「あ、あの馬車は侯爵家の馬車じゃないか?」
「おい、も、もしかして、領主夫人なんじゃないか?!」
「なんだって?! 侯爵夫人だと?!」
周りの人たちが口々にそういう声が聞こえてくるではないか。
「え? 侯爵夫人? え?!」
つい数日前にお会いしたばかりの侯爵夫人の顔がマリーの頭に思い浮かび、マリーは咄嗟に馬車の方に駆けて行った。
「お嬢ちゃん!危ないから近付いたらダメだ!」
「侯爵夫人と知り合いなんです!!」
「でもダメだ!救助の邪魔になる!」
「通してください!!」
マリーにだって自分には何もできないことはわかっている。しかし、知っている人が目の前で大怪我をしているのに、ただ見ていることができなかったのだ。
「みんないいか?! 行くぞ!!! セーノ!!!!」
馬車を取り囲む十数人の男たちが一斉にグッと馬車を持ち上げ、その隙間から下敷きになっていた女性の体を、できるだけ動かさないように移動させた。
「まだ息があるぞ!!」
「出血がひどい!!!」
「止血しろ!!!」
「治癒師殿! こちらです!!」
そう声が上がったのと同時に人垣が割れ、治癒師が現場に到着した。
治癒師は夫人の体に手をかざして魔力を通しながら様子を見て、一度ゆっくりと首を横に振った。
しかし、治癒師は治癒魔法をかけ続けていた。
「なんということだ…」
「おいたわしい…」
「え?! おじさん、治癒師が治癒魔法をかけてるんですよね? それなのに侯爵夫人は助からないんですか?」
マリーが状況がわからずに近くの人に尋ねると、
「ああ、さっき治癒師が大きく首を振っただろう? きっと症状がひどすぎて助からないのだ。今はせめて痛みを感じないようにと、治癒魔法をかけているんだよ」
「そんな……」
「マリーちゃん…」
メリナがマリーの手に、ラベンダー水と美容液の瓶を握らせる。この状況ではさすがのラベンダーでも役には立たないだろうとマリーは思う。しかし、助からないとわかっていても、傷口を塞ぐくらいはできるかもしれない。せめてひどい傷だけでもなくしてあげたいと思ったマリーは、メリナを連れて夫人のそばに駆け寄った。
「侯爵夫人…!」
「あら……マリーちゃん……今度の約束、守れそうにないわ…残念…」
治癒師のそばで様子を見ていた男たちが一瞬止めに入ろうとしたが、夫人が話しかけたことで静止するのをやめた。
「侯爵夫人、しっかししてください! …メリナちゃん、これかけて!」
マリーはメリナーにラベンダー水を渡し、一緒に夫人の体にかけていく。そう言いながら、夫人の身体中にラベンダー水をかけ、続いて美容液をかける。
治癒師が止めようと手を翳したが、その手にラベンダー水と美容液がかかると何かに驚いたように目を見開いて静止するのをやめた。
「祭りの最中に…こんな、事故を起こすなんて………領主夫人、失格よね……」
絞り出すような声で夫人がそう言う。
「夫人! 無理に喋らないでください!」
ラベンダー水と美容液をかけたため出血は減ってきたように見えるが、馬車の下敷きになったのだ。見えないが、内臓の損傷もひどいのだろう。
「…夫に……ごめんなさいって、伝えてくれる?」
「夫人! ダメです!! 頑張ってください!!!」
「ふふ…優しい子ね……ありがとう…」
夫人が小さくそう呟いて目をつぶった瞬間、マリーはたまらずに叫んだ。
「っ夫人っ!!! 神様っ!! お願いします! 夫人を連れて行かないでーーーーー!!!」
すると、ぶわりとマリーの周りに風が起こり、夫人の体にかけたラベンダー水と美容液が金色に光を帯びて輝き出した。そして次の瞬間、夫人の身体が一瞬光に包まれたのである。
「な、なにが…?」
マリーにはいったい何が起きたのかわからない。突然の光にマリーが驚き放心していると、目の前から声が聞こえた。
「…変ねえ、さっきお迎えが来たと思ったのに。…あら?…なんだか、私、起き上がれそうよ?」
さっきまで瀕死の状態で今にも息を引き取りそうだった侯爵夫人が、そう言うと、ひょっこりと上半身を起こしたのだ。
「侯爵夫人!!!」
「うふふ。私ったら人騒がせね。これは夫に叱られるどころじゃないわね」
あまりにもあの日通りの侯爵夫人の態度に、マリーは安心のあまり呆然としてしまう。
その隣では、夫人の身体に治癒魔法をかけ続けていた治癒師があっけにとられながらも宣言する。
「こ、侯爵夫人が…ご、ご回復されたぞ!!!!」
「なんと! 夫人が!!!!」
「夫人が助かったぞ!!!」
「奇跡だ!!!! 奇跡だーーーーーー!!!!」
「奇跡が起きたぞーーーーー!!!」
先ほどまで沈鬱な空気に包まれていた現場は、歓喜の渦に包まれたのだった。




