第101話 マリー、収穫する
「私の聞き間違いじゃなかったのね…」
マリーの隣では、ぼそぼそとジェニーが口の中で小さくつぶやいていた。
二人が並んで立っているのは、やどり木亭のアパルトパンの庭にあるマリーの薬草園だ。
その奥の方にマリーが昨日見つけたばかりの“数種類のベリー系の果実が成る木”の前に、マリーはジェニーと一緒に立っていた。
時間は数分前にさかのぼる。
「え?マリーちゃん、もう1度言ってくれる?」
「はい!薬草園でベリー系の果実が収穫できるようになったんです!」
マリーは翌日、出勤してきたジェニーに果実のことを報告することにした。
「……へえ…?」
一拍の間の後、少し困惑したようなジェニーの声が返ってくる。
(あ、確かに、いきなりベリー系の実がなるって言われても驚くかも!)
「えっと、ジェニーさん、もしお急ぎのお仕事がなければ、薬草園に行ってみませんか?」
「え?あ、ええそうね!行ってみるわ」
そうして二人は2階の研究室から階段を降りて薬草園へやってきたのだ。
「今朝は収穫してないから、まだ実がたくさんついてますね!」
うふふふ!と嬉しそうになマリーの隣でジェニーが尋ねる。
「マリーちゃん、ベリーの木って植えてたの?」
「いいえ?確か植えてなかったと思います。あの時は、摘んできた小さなハーブばかりを植えたので。でも、気づかなかったけど混ざってたのかもしれないですよね! あれ??もしかしたら、誰か植えたのかな?」
「なるほど…?」
マリーはそう言っているが、マリーが管理している薬草園に、勝手に何かを植えるようなことはおそらく誰もしないだろう。
「あっ!!!ひょっとして、ひょっとしたら、鳥が運んできたって可能性もありますね!!」
「…ええ、そうかもしれないわね…」
そう答えながら、ジェニーは頭の中で考えていた。
(最初に植えたのって、どの薬草も15センチくらいの大きさのものばかりだったはずよね?果実をつけるほど育てるって、普通はそこから何年もかかるでしょう!?そもそも薬草園ができてまだ数ヶ月じゃない!? もし鳥が運んできた種が育ったとしても、たった数ヶ月ではまだ数センチ程度の若葉でしかないでのではないかしら?一体どうやったら数ヶ月で種から実がなるまで木が育つっていうの?!普通に考えたら、数ヶ月までに植えた木は、ほぼ同じ大きさの木じゃないとおかしいわよね?!)
ところがどうだろう。どう見ても目の前の木は、マリーの背丈を越えるほどもある大きさだ。
しかももっとありえないことは…
「マリーちゃん、どうしたのかしら…私にはこの一つの木に幾つかの種類のベリーの実が成っているように見えるわ?」
どこか呆れたようなジェニーに気づかず、マリーが答える。
「そうなんです!!一つの木に成ってるんですよ!!これはブルーベリーでしょう、これはラズベリーで、こっちはブラックベリー。これはカシス。しかも、いちごまで成ってるんです! すごいですよね!! 接ぎ木とかしてなかったはずなんですけど、周りの薬草の影響なのかなあ〜。うふふふ。それに、1本の木に数種類のベリー系が成るって、ちょっとお得ですよね!」
「ええ…そうね…」
(ない!ないわ!1本の木に数種類の実が成るなんて、ないから!)
ジェニーの心の中のツッコミはマリーには届かない。
「ジェニーさん、今日はこの実を収穫しておやつにしませんか?」
「ええ、そうね…そうしましょう…」
(それにしても、すごいのは、この状況を普通に受け入れられているマリーちゃんよね…)
「えへへへ。お庭でとれた自家製のフルーツをおやつにするって、なんだかちょっぴり贅沢な感じですよね!昨日の朝、ママがベリーの実が成っているのを見つけてくれたんです。わたしが知らない間に収穫してくれてて、朝食のパンケーキに綺麗に飾って出してくれたんですよ!お庭でフルーツが採れるなんて素敵ってママも喜んでました!」
「あのパンケーキ、食堂のメニューに加えたらいいと思うんですよね!」とご機嫌なマリーだ。
(普通に受け入れて普通に喜べるなんて、なんというか常識外れというか規格外というか…さすがマリーちゃんだわ…)
そう思ったジェニーだったが、マリーの母マリアンヌもなんの疑問も抱かずにただただ喜んでいるだけのようなので、もしかするとそれは家系かもしれないと思い直す。
出勤してきてまだ1時間も経っていないのに、なぜかどっと疲れたような気になったジェニーだった。
それから少しの間、準備万端に収穫用の籠まで数個用意してきたマリーと一緒に、ジェニーはベリー各種の実を収穫していく。驚くことに、見た目以上にたくさんの実が成っていた。
「ジェニーさん!結構たくさん採れたので、子供達に差し入れにしてもいいですか?孤児院にも、お土産で持って帰ってもらいたいし!」
「もちろんよ。マリーちゃんが好きなように使ったらいいと思うわ」
「あ〜〜!食堂でスイーツに使ってもいいですよね!パンケーキの飾りにしてもいいし、ベリーのタルトとか作っても可愛いですよね!!それから、もっとたくさん収穫できるようになったら、ジャムにすれば日持ちするから、やどり木亭のお土産とかにもできるかも!!仕入れ原価がかからないから、価格も抑えられますよね!」
甘いものは庶民でも食べられるとはいえ、どちらかといえばフルーツにしてもスイーツにしても高級品に分類される。でも、やどり木亭自家製のフルーツであれば収穫する手間だけで済む。
それに、フルーツだと保存できる日程も限りがあるが、ジャムなどにしてしまえばかなり長く保存することもできる。
「ジャムを作るとなると、色味をきれいに保つためにはレモンとかもあったほうがいいかなあ〜〜。あ、どうせなら、ベリー系だけじゃなくて、柑橘系もあったらいいかも!! ん〜〜〜〜!スイーツに使える果実がいろいろ揃ったら最高かも!」
枝がしなるほどたくさんの実が成っていたおかげで、あっという間に、カゴにはベリーたちが山盛りだ。
その足でそのまま1階の作業場に寄ってフルーツを差し入れすることにしたマリーとジェニーは、カゴに山盛りにされたベリーたちを見た子供達と内職チームの面々に大歓声で迎えられるのだった。
ちなみに子供達はマリーが関わるものは『そういうもの』だとなんの疑問も抱かずに無条件で受け入れるようになっているらしく、ただ喜ばれるだけで驚かれることはなかった。人としての経験がまだ多くないため、世間一般のいわゆる常識をあまり多く備えていないことも原因かもしれない。
そしてその後、カゴに数種類のベリーを盛って、ぜひ今後のメニューに使ってもらおうと向かった食堂では、“突如出現したかもしれない、1本の木に数種類のベリー系の実が成る不思議な木”から収穫したベリーたちの話に、トーマス料理長以下厨房とサービスの面々から大いに、大いに驚かれた。
その様子を見たジェニーが密かに、(そうよ!そうなのよ!やっぱりそう思うわよね?!これが普通の反応なのよ!!)と思ったのは仕方のない話。




