弓削皇子に献りし歌三首
弓削皇子に献りし歌三首
さ夜中と 夜はふけぬらし 雁が音の 聞こゆる空を 月渡る見ゆ
(巻9-1701)
妹があたり 繁き雁が音 夕霧に 来鳴きて過ぎぬ すべなきまでに
(巻9-1702)
雲隠り 雁鳴く時は 秋山の 黄葉片待つ 時は過ぐれど
(巻9-1703)
※弓削皇子:天武天皇の第六皇子。文武三年(699)、三十歳頃に死す。
すでに真夜中、すっかり更けました。雁が鳴く声を聞き、空を見ると月も西に渡って行くようです。
愛しい妻の家のあたりで聞いた激しい雁の鳴き声が、夕霧の中、我が家の上を通り過ぎます。どうしようもなくせつなくなるのです。
雲に隠れて雁が鳴く時は、秋山の黄葉の中、一人待ちます。時はどれほど過ぎようとも。
弓削皇子の屋敷での、宴で詠まれたらしい。
雁の声や飛ぶ姿を名月を愛でながら楽しむ。
朝、妻の家で聞いた雁が、夕霧の中、鳴きながら我が家を通り過ぎたので、また妻が恋しくなる。
鳴き声は聞こえるけれど、その姿は雲に隠れて見えない。しかし私は黄葉の中、どうしても妻と逢瀬をしたくて、どれほど時間が過ぎようとも、一人待つ。
雁を第一テーマとして、秋の象徴としての「月」「霧」「黄葉」と、逢瀬を望む男の心を美しく結びつけた三首と思う。




