名木河にして作りし歌二首
名木河にして作りし歌二首
あぶり干す 人もあれやも 濡れ衣を 家には遣らな 旅のしるしに
(巻9-1688)
あり衣の へつきて漕がに 杏人の 浜を過ぐれば 恋ひしくありなり
(巻9-1689)
※名木河:諸説あり。宇治市南部を流れ、巨椋池に注いでいた川。あるいは山城国久世郡に「那紀」の郷があり、そこを流れる川とも。
※あり衣の:「へつきて」の枕詞。ぴったりと身に張り付く表現。
※杏人の浜:名木川川尻の地名。読み方は未詳。「からびと」との説あり。
火であぶって干してくれる人もいないのに、このびしょびしょに濡れた衣を、家に送ろうか、苦難の旅の証拠として。
衣が身体に張り付くように、岸辺に沿って漕がれたらいかがですか。
杏人の浜をそのまま通り過ぎてしまうと、恋しくなって仕方がないそうですから。
前の歌は、突然の降雨に遭い帰れなくなってしまった、だからその証拠として家で待つ妻に濡れた衣を送ろうというもの。
つまり、その歌を詠んだ時点で、名木川水辺の宿に泊まり、衣を脱いだらしい。
「杏人の 浜を過ぐれば 恋ひしく」は、その土地の女性の伝承。
通り過ぎれば後悔するのだからと、この土地の美しい女性たちにも、執着を示す。
いずれにせよ、家で待つ妻には言えないような、名木川沿いの宿で接待する女性を交えた宴会で詠まれた歌と思われる。




