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大宝元年冬十月、太政入道と大行天皇紀伊国行幸時の歌(2)
白崎は 幸くあり待て 大船に ま梶し貫き またかへり見む
(巻9-1668)
白崎は そのままの姿で待っていて欲しい。この大船の舷に櫂をできる限り貫き並べて、また戻って来て見ることにしたいから。
この歌には、斉明天皇の時代、謀反の嫌疑により殺された有馬皇子の歌
「岩代の 浜松が枝を 引き結び ま幸くあらば また帰り見む(巻2-141)」
を連想させる趣がある。
この歌の前歌「妹がため 我玉求む 沖辺なる 白玉寄せ来 沖つ白波(巻9-1665」は、斉明天皇の紀伊国行幸時の歌とほぼ同じで、往年追慕の感が強い。
それを考えると、この歌も、有馬皇子の歌を下地として、過去の悲劇への思いを詠っていると思われる。
やはり、有馬皇子の事件は、数十年経過しても、人の心から拭い去れない大事件だったのだろうか。
そうなると、この行幸そのものに、怨霊鎮めの目的もあるのではないか、そんな想像を禁じ得ない。




