山上臣憶良の七夕の歌(3)
彦星は 織姫と 天地の 分れし時ゆ いなむしろ 川に向き立ち
思ふそら 安けなくに 嘆くそら 安けなくに 青波に 望みは絶えぬ
白雲に 涙は尽きぬ
かくのみや 息づき居らむ かくのみや 恋ひつつあらむ
さ丹塗りの 小舟もがも 玉巻きの ま櫂もがも 朝なぎに いかき渡り
夕潮に い漕ぎ渡り ひさかたの 天の川原に 天飛ぶや 領巾片敷き
ま玉手の 玉手さし交え あまた夜も 寝ねてしかも 秋にあらずとも
(巻8-1520)
彦星は織姫と、天地が分かれた、はるか昔の時以来、川を挟んで向かい立ち、思う心の中は安らかでないのに、歎く心の中も安らかでないのに、遥々と横たわる川の青波のために、お互いを望む気持ちは、閉ざされてしまうのです。
そして遥かにたなびく白雲に遮られ、すでに涙も涸れてしまいました。
溜息ばかり、恋い焦がれるばかり、赤く塗った舟でもあればいいのに、玉を巻いた櫂でもあればいいのに、そうすれば、朝なぎ水を掻いて渡り、夕潮に櫂を漕いで渡ることができるのに、天の川の川原に織姫の領布を敷き、玉のような腕を差し交わして、幾晩も共寝をしたいと思うのです、七夕の秋だけではなくて
山上憶良が、天平元年(729)、大宰帥大伴旅人の邸宅にて、天の川を仰ぎ見て作った宴会の歌。
「涙は尽きぬ」までが、第三者の立場。
以下が、当事者の牽牛(彦星)の立場。
古代演劇の、まず第三者が状況設定を演じた後、当事者の思いを演じる型を用いている。




