河を詠みき(1)
巻向の 穴師の川ゆ 行く水の 絶ゆることなく またかへり見む
(巻7-1100)
ぬばたまの 夜さり来れば 巻向の 川音高しも あらしかも疾き
(巻7-1101)
右の二首は、柿本朝臣人麻呂の歌集に出づ。
巻向の穴師の川を、流れていく水が絶えることがないように、またここに戻って見たいと思います。
漆黒の夜になると、巻向の川音が高く響き渡ります。山からおりて来る風が嵐のように激しいのでしょうか。
一首目は、原則として巻向賛歌。ただ、人麻呂の巻向の妻のもとに川の水のように絶えることなく、何度も帰ってきて見む(逢瀬)を遂げたいとの愛情を歌う。
愛も恋も命があって、巻向の穴師の川が流れ続ければ、風(息)が動く(生き続ける)、恋愛という水が流れ続けていれば、干からびることはない。
二首目は、聴覚により川の流れの激しさを感じ、鋭く詠う。
一説に、巻向の妻が死んだ後の歌。
人麻呂は巻向の女の家にいて、自然の荒々しさに、作者自身の荒涼とした心を詠みこんだと言う。
確かに愛する妻の姿は無く、聞こえて来るのは轟くような川の音、山から吹いて来るのだろうか、嵐のような風の音。
その大自然の荒々しい音の猛爆の中、人麻呂は呆然として、亡き妻を思う。
この歌も、人麻呂歌集中、そして万葉集の中の傑作とする研究者もいる。
 




