御食向かふ 淡路の島に
敏馬の浦を過りし時に、山部宿祢赤人が作りし歌一首、短歌を幷せたり
御食向ふ 淡路の島に 直向ふ 敏馬の浦の 沖辺には 深海松採り 浦廻には なのりそ刈る 深海松の 見まく欲しけど なのりその 己が名惜しみ 間使も 遣らずて我は 生けるともなし
(巻6-946)
※敏馬の浦:現代の神戸港の東。淡路島の東北。
※深海松:深い海に生える海藻のミル。
※なのりそ:海藻のホンダワラ
淡路の島の真向かいの敏馬の浦の沖辺では、深海松を採り、浦のあたりではなのりそを刈る。
深海松のように見たいと思うけれど、なのりそのように浮名が立つのを惜しみ、使いの者を送ることもなく、こんな状態では私は生きる気力もない。
長歌は、淡路、敏馬、深海松、なのりそ等、男女が逢う、見ることに関する詞が多く含まれている。
赤人は、出立時に、妻に対して自分からも、使者を介してさえも、別れの挨拶を充分に尽くせなかったのではないか。
それが、旅に出た今となっては、悔やまれてならないので、自己嫌悪と寂しさで生きている気力も薄れてしまう。
自然や生き物の様子に自らの思いをかぶせ、自分の思いを詠む。
赤人らしい、羇旅の歌であり、妻恋の名歌と思う。




