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万葉恋歌  作者: 舞夢
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松浦河に遊びし序

余暫く松浦の県に往きて逍遙し、聊かに玉島の譚に臨みて遊覧するを以って、忽ちに魚を釣る女子等に値ひき。花容双なく、光れる儀匹なし。

柳葉を眉中に開き、桃花を頬上に発く。意気雲を凌ぎ、風流世に絶れたり。

僕問ひて曰はく「誰が郷、誰が家の児らそ。若し疑ふらくは神仙の者ならむか」といひき。

娘等皆咲ひて答へて曰はく「児らは漁夫の舎の児、草庵の微しき者なり。郷もなく家もなし。何そ称げを云ふに足らむや。ただ性水に便ひ、また心山を楽しぶ。あると

きには洛浦に臨みて徒らに玉魚を羨み、あるときにはは巫峡に臥して烟霞を望みき。今邂逅に貴客に相遇ひ、感応に勝へざるを以って、輙ち誠曲を陳ぶ。而今よりして後豈偕老に非ざるべけむ」といひき。

下官対へて曰はく「唯唯、敬みて芳命を奉る」といひきふ。時に日山の西に落ち、驪馬将に去なむとしき。遂に懐抱を申べ、因りて詠歌を贈りて曰はく


あさりする 漁夫の子どもと 人は言へど 見るに知らえぬ うまひとの子と

                               (巻5-853)


答へし詩に曰はく

玉島の この川上に 家はあれど 君をやさしみ 表さずありき

                               (巻5-854)


私がしばらく松浦の県に出かけて、様々に歩き回り、玉島川の岸辺を見物していた時のことになります。

偶然ですが、そこで魚釣りをする娘たちに出会ったのです。

その美しい花のような顔はくらべようのないほどで、これほどの輝くような姿は見たこともないほどなのです。

眉はまるで柳の葉が開いたようで、頬は桃の花が咲いたがごとくです。

その気品は、雲をしのぐように高く、魅力にあふれてこの世のものとは思えなかったのです。

そのため、私は尋ねてみました。

「あなたがたは、どちらのお里の、どなたのお屋敷の娘さんなのですか。それとも、もしかして神仙界のお人なのですか」


すると娘等は全員が笑って答えて言うのです。

「私たちは漁夫の家の子どもですよ、草庵に住むような下々の身分です。里と言う里もなく、家もありません。そんな特別にほめられるような者ではないのです。ただ生まれつき、水には慣れていて、山を愛でて楽しむだけ。時には洛浦の岸に立って、大きな魚が釣れないかなあと思ってみたり、またある時は巫峡に寝ころんで雲とか霞を眺めているだけなのです」

「そうしたら、今日は偶然に身分の高い旅の人にお会いして、本当にうれしかったので、つい打ち解けた話をしてしまったのです」

「今日からは、心の中を打ち明けたからには、いつまでも仲良く共に過ごしたいと思うのです」


私は「承知しました。お言葉のままに」と応えました。

その時に、日は山の西に沈み、私の黒馬は道を引き返そうとするのです。

そこで、私は思いのほどを述べようと、次のような歌を贈りました。


魚を取る漁師の娘と人は言うのでしょうが、一目でわかりました。貴方方は、とても貴い人の子どもであるということを。


娘等が答えた詩に言うのは、

玉島川の上流に家はあるのですが、貴方のような身分の高い人には、とても恥ずかしいので、はっきりとは申し上げられませんでした。


序文の作者は明記されていないけれど、おそらくは大伴旅人。

「松浦河」は佐賀県東松浦郡浜玉町を流れる玉島川。

神功皇后物語に、松浦川では男子が釣りをしても獲れず、それゆえに女子のみが釣りをするという伝説がある。

全般的に古代中国の「遊仙窟」の影響もあるとされる。

(勅命を奉じて故郷を離れ、黄河の源へと旅立った役人がは偶然「神仙窟」という桃源郷をたずねる。そこで、偶然美しい女に出会い、艶書を交わす)

洛浦は中国洛陽郊外を流れる洛水の水辺。

巫峡は巫山の谷間。楚王は夢の中で巫山の神女と契りを結び、神女は去り際に朝雲暮雨となり、王の前に現れようと誓う。煙霞を望むとは、楚王と神女の契りのような情事に憧れること。

誠曲はうちとけてかわしあう話。


日本の風土に中国のロマン小説の香りも漂わせた序文になっている。

実際に、大伴旅人氏の一行が、魚を取る若い娘たちと話をした、と考えたほうが面白くなる。

化粧などほとんどしない、若さがきらめく乙女たちは、気取った官女から比べれば魅力があふれている。



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