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八日、讃岐守安宿王等の、出雲掾安宿奈杼麻呂の家に集ひて宴せし歌二首
八日、讃岐守安宿王等の、出雲掾安宿奈杼麻呂の家に集ひて宴せし歌二首
八日:天平勝宝八歳(756)11月8日。
※讃岐守安宿王:香川県。安宿王は長屋王の子。この時正四位下。
※出雲掾安宿奈杼麻呂:島根県国司の三等官。百済系渡来人の家系。朝集使として帰京中。
大君の 命怖み 於保の浦を そがひに見つつ 都に上る
(巻20-4472)
右は、掾安宿奈杼麻呂
うちひさす 都の人に 告げまくは 見し日のごとく ありと告げこそ
(巻20-4473)
右の一首は、守山背王の歌なり。主人安宿奈杼麻呂語りて云はく、「奈杼麻呂、朝集使に差されて京師に入らむとす。これに因りて餞せし日に、各歌を作りて聊かに所心を陳べしものなり」といふ。
※守山背王:出雲守。山背王も長屋王の子。安宿王の同母弟。橘奈良麻呂の謀反を密告した人。
大君の命を、恐れ畏み、私は於保の海を向こうに見ながら、都へと昇るのです。
懐かしい都人に告げて欲しいのは、私は昔と同じように、元気でいるとだけ、お伝え願います。




