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由縁ある雑歌(24)
心をし 無何有の郷に 置きてあらば 藐孤射の山を 見まく近けむ
(巻16-3851)
※無何有:むかう:虚無自然、人智の計らいのない無念無想の心境。
※藐孤射の山:ばこやのやま:神仙の住む安楽境。
何も心配がなく無心となっていられるならば、神仙が住むという藐孤射の山を見る時も近くなるのでしょうが。
「莊子」からの作歌とされる。
当時の、かなりな教養人が詠んだと思われる。
そんな無心になれないから、安楽な神仙境を見ることや、行くこともできない。
諦めのような、願望のような、これも現世の名誉と利益に固執する人類の課題と言うべきなのかもしれない。




