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閑話 ココの奮闘記Ⅱ

 

「――ご来場ありがとうございました!」


 耳に入ってくるのは奴隷オークションの終了を告げるスタッフたちの声。


 ココはオークションの始まりから終わりまでステージから片時も目を離さず、ネロが現れたときすぐに気がつけるように待機していた。


 だが気づけば既にラストの奴隷。


 決してネロを見逃したわけではない。



 ――ネロが出なかったのだ。



「いったいどうなっているのです!」


 オークション会場から出たココは怒りに震えた。


 冒険者ギルドで得た情報に虚偽はありえない。

 ギルドを通しての依頼に嘘をついて報酬を得ることができてしまったらギルドの信頼はガタ落ちだ。

 よってギルドは裏が取れている情報でしか依頼達成にしない。


 つまり、このオークション会場にネロがいたことは確実なのだ。


 それなのにネロと会えなかった。

 これはココを怒らせるのには十分なものであった。



 ココは真相を探るべく会場の裏口にまわり、近くの物陰に隠れた。

 裏口から出てきたオークション関係者に問い詰めるためだ。


 しばらくすると裏口から一人の男が出てきた。


 頭はスキンヘッドで、身体は筋肉の塊。



 ――筋肉ダルマだ。



 その姿を目にした瞬間ココは歓喜した。


 筋肉ダルマ本人からネロについて聞ける、と。

 自分とネロを引き離した()を与えることができる、と。


 喜ばしいことがあったのか、筋肉ダルマはホクホク顔で路地裏を歩いている。


 これもココにとって最高のシチュエーションだった。


 おそらく筋肉ダルマは自分のマッスルと外見から襲われることなどないと考え、夜の路地裏を歩いているのだろう。


 まさかこれが文字通り命取り(・・・)になるとも知らずに……。




 ------------


 side 筋肉ダルマ



 ふはははは、最近の俺は最高についている!


 いつも通り、クティノスに続く道に木を倒しておいたら、それを退けようとしたイケメンを捕まえることができた。


 しかもこれが単にイケメンなだけだったら他のやつより少し高値で売れるだけだったが、こいつは頭も良いときたもんだ。


 俺はすぐにこいつを奴隷オークションに出すことに決めた。


 今思えばこの判断は英断だった。


 セレーネ伯爵が例の化け物娘のためにお目々が飛んび出るくらいの額であいつを買ってくれたんだ。


 まあセレーネの化け物のところに買われたあいつは可哀想だったがな!


 木を倒すことだけで大金が手に入る。これだから奴隷商人は辞められないぜ!


 今日は祝杯だ!!!




 ------------




 周りに誰もいないことを確認し、ココは呪文を唱えた。


「……συγκράτηση(拘束)


 呪文は形となって筋肉ダルマを縛り上げる。


「うおっ! な、なんだこれぇ?!」


 筋肉ダルマはいきなり縛り上げられたことに驚き、暴れ始める。

 そんな彼にココは静かに近づく。


「こんばんわなのですよ、筋肉。 聞きたいことがあるので教えるのです」


「な、なんだ、てめぇ! こんなことしてただで済むと思っ――」


「おっと、静かにしてないと危ないのですよ?」


 騒ぎだそうとする筋肉ダルマのすぐ横に魔力の塊を撃ち込む。


 撃たれた地面には直径五センチ、深さ十センチほどの穴が空いていた。


「…………」


 これには自慢の筋肉も敵わないと悟り、沈黙する。


「ふふっ」


 そんな筋肉ダルマを見て、黒い笑みを浮かべる。


「じゃあさっそく。 ネロはどこにいるのです?」


「……そ、それを答えたら俺を逃がしてくれるのか?」


「はぁ……。 訊ねていることをさっさと答えないやつは、ココ嫌いなのです」


 ココは怯える筋肉ダルマにおもむろに近づく。



 そして彼の指先を掴み、



 ――メリッ



 爪を、剥いだ(・・・)



「ぎゃぁぁあああ!!!!」


 路地裏に筋肉ダルマの悲鳴が響く。


 爪剥ぎは古来より拷問で愛用されている技だ。その痛みは想像を絶する。


 さらに、爪剥ぎの嫌なところは受けている者がすぐに気づいてしまうのだ。



 ――あと十九()もある、と。



「さあ、ココの質問には素早く答えた方がいいのですよ?」


 そう告げるココは、見たものを震え上がらせる、黒い顔をしていた。


 質問(拷問)の時間が始まった……。








「おえっ……。 ゲッ、グエッ。 はぁ、はぁ……。 お、俺の知っていることは全て話した! だ、だからもう逃がしてくれ!」


 あと一時間もすれば東の空に太陽が昇り始める時刻。


 だが、路地裏での残虐な行為はまだ終わりを迎えていなかった。


 筋肉ダルマが気に入らないことを言えば殴る蹴る。何も言わなくても殴る蹴る。骨が折れていようとも殴る蹴る。血を吐いても殴る蹴る。


 まさに暴力の嵐だった。


 逆らう気力などとうの昔になくなり、ただ嵐の過ぎることを祈ることしかできない。


 しかし、最後の気力を振り絞って、涙と鼻水と血でぐしゃぐしゃになった顔の筋肉ダルマは懇願する。


 もう助けてくれと。



 だが哀しいかな。 ココとネロを引き離した罪はこの程度で許されるほど軽いものではなかった。


 ココにとってネロは太陽。暗い袋の中に光をもたらした救世主。


 そのネロを奴隷に落として売り払うなど言語道断。


 ココに見つかった時点で筋肉ダルマの運命は決まっていたのだ。


 心身ともに疲弊している彼に向かって、ココは最高の笑みを浮かべてこう言った。



「――誰がお前を逃すと言ったのです?」



「あ、あ、あぁ……!」


 筋肉ダルマは夜の暗闇でも分かるほど顔を青くする。


 彼は悟ってしまったのだ。



 ――自分はもう助からないと……。




 ★☆★☆★




 路地裏でのゴミ掃除を終えたココは大通りに出た。


「うーん、セレーネ伯爵家ですか。 どこかで聞いたことのある名前なのです。 でも何故覚えがあるのか分からないのです」


 頭をひねって思い出そうとするも、覚えてないのはそこまで重要ではないからだと結論づけ、考えるのをやめた。


「とりあえずセレーネ伯爵家の屋敷を襲撃すれば何かわかるかもしれないのです!」


 ココは期待に胸を膨らませた。




なぜか二話で終わらなかったので三部構成になります。

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