八話 お出かけ
次の日、セレーネ伯爵家の使用人に送ってもらい、ベスティア獣国の首都――クティノスへやってきた。
クティノスは様々な種族の獣人が集う国の首都だけあって、近隣諸国の首都で最も広大な面積を誇る。
そんな広大なクティノスは貴族の居住区、商品の生産区(紡績や農地など)、スラム、そして今日散策する商業区の四つに分かれていた。
商業区では毎朝近くの港から揚げられた新鮮な魚が売られており、その魚を使った料理が有名で、海魚を食す機会の無かった俺は少し楽しみにしている。
「よし、じゃあ行きましょうか」
商業区へ向かうため、ルナに声をかける。しかしルナは俺の言葉を無視してスタスタと一人で歩いていってしまった。
「……今日一日で仲良くなれるのかな?」
俺は一抹の不安を抱きながらもルナのあとを追うのだった。
★☆★☆★
「おっ、あの魔道具何でしょうね? ちょっと見ていきませんか?」
「……」
「あの服ルナお嬢様に似合いそうですね。試着してみたらどうですか? あの服を着たルナお嬢様を見てみたいです」
「……」
一時間後の商業区のストリートに、兎族の少女に積極的に声をかける人族の少年の姿があった。
少年は、少女が無視していることを知りながらも諦めることなく話しかけいた。
なんとも健気な少年である。
そして、その健気な少年とは残念なことにも俺である。
今さら言うまでも無いと思うが、クティノスに着いてからルナはまだ一言も発していない。
なので俺はルナとどうにかして会話しようと努力しているのだ。
ルナは見た目に問題がある(ブサイク的な意味ではない)。
そのため他の獣人から恐れられ、外に出る機会はそうそうない。
ならば今回のお出かけを、少しでも満喫していってもらおう、と思うのが人情ってものだろう。
そんなわけで今回のお出かけはルナを満足させることも必須だ。
さらに言うと、ルナを満足させることが巡り巡って俺の好感へと繋がるのだ。まさに情けは人の為ならず。
きっとルナを俺と一緒にクティノスへ送り出したリゲルたちにもそういう意図があったに違いない。
だからもし仲良くなれなかったとしても、リゲルたちはルナが楽しんでいたと聞けば許してくれる……と思う。
そんな事情があるので、俺はショッピングでも楽しんでもらおうと、随分と前からルナに話しかけいるのだがいっこうに反応がない。
途中から、ルナの見た目をしたゴーレムなんじゃないかと疑ったほどだ。
眼前で手を振ったら睨まれたのでゴーレムではなさそうだったが。
「ルナお嬢様〜。少しくらい返事をしてくれてもいいじゃないですか。せっかくクティノスに来ているんですから楽しみましょうって」
横を向くと、険しい顔をして周りの様子を伺っているルナの姿があった。
しかし息をするかのように俺が話しかけ続けることで、とうとう痺れを切らしたようで、ルナはついにこちらを向いて口を開いた。
「もういいわ……。今日はもう満足した。私は馬車に戻っているからあんたは一人で見たい店を見てきなさい」
「……へ?」
そう言うと馬車が待っているはずの方へと歩いて行ってしまった。
「ちょ、ちょっと待ってよ?! なんでいきなりそんなこと言うんだよ?!」
俺は言葉を取り繕うのも忘れるほど慌て、ルナの正面に回り込み、理由を聞いた。
「あんたが私を楽しませようと頑張っているのは分かったわ。昨日のことも許してあげる。だから今日はもう解散。これでいいでしょ?」
俺を避けて馬車の方へ進む。
「いいわけあるか! まだ一緒にどこの店にも入っていないじゃんか!」
叫ぶ俺を見て、ルナは周囲の視線を集めてしまったことにため息を吐き、小さな声で喋りはじめた。
「私が獣人たちから嫌われていることを知っているわね?」
怒鳴ったことで幾分か冷静さを取り戻した俺は頷く。
「そんな私がこの国の店に入ろうとしたらどうなるか分かる?」
「――ッ!」
ルナが何を言わんとしているのか分かってしまった。
答えるすべのない俺は黙りこくる。
そんな俺を見るとルナは自虐めいた顔で呟く。
「そうよ。良くても冷めた対応。酷ければ店にさえ入れてもらえないかもね」
……それは思った通りの答えだった。
すると朝からルナが俺を無視していたことに納得がいった。
俺につられて店に入ってしまい、周りが不愉快な目に遭わないようにするためだ。
とても十五歳の女の子の考えとは思えない。
おそらく物心ついた頃から奇怪な目で見られていたのだろう。
嫌な思いをすることも多々あっただろう。
それなのにルナは周りが不愉快な目に遭わないように細心の注意を払っていた。
俺に対する態度はあれだが、根は優しい子なんだ。
それでいてベスティアの住民はルナを忌避している。
――そんなのあんまりだ。
顔を上げると、ルナが小刻みに震えているのが目にはいった。
クティノスに着いてから今まで周りからの恐怖の視線に耐えていたのだろう。
たとえ幼少期からこの不愉快な視線に晒されていたとしても、慣れることなんて無いに決まっている。
俺は黙って、震えるルナの手を握る。
「……大丈夫。俺がちゃんとついているから。俺はルナのことを恐がったりしないよ」
「……嘘よ」
その返事には先ほどまでの活力はなかった。
「嘘じゃないよ。嘘だったらあんなたくさん、ルナに話しかけたりなんかしないよ」
「……それはあんたが私の奴隷だからでしょ」
「違うよ。確かに俺はルナの奴隷だ。だけど今は自分の意思でルナと話しているんだ」
ルナと目があう。
絶対に目を逸らしたりするもんか。
「……ほんと?」
ルナの声は震えていた。
「本当だよ。俺はルナを避けたりしないよ。周りの人がなんと言おうとルナのそばにいるからね」
その言葉でついにルナは泣き出した。
張り詰めていたものが一気に切れてしまったのだろう。
次から次へと涙が流れ出す。
俺は泣いているルナをそっと抱きしめた。
そして俺は誓った。
ココと再会するその時まで、ルナの味方であろう、と。
その後、泣きやんだルナと夕方になるまでめいいっぱいクティノスを楽しんだ。
一時はどうなることかと不安に思ったお出かけだったが、結果最高の一日を過ごすことができた。
ルナとの心の距離が近づいた今日を、俺はいつまでも大事にしたい。
次回はココ回です。




