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魔法体験

あけましておめでとうございます。

十二月初頭に『今年中にはこれくらいいけるやろ』と決めたところまでまだいけてないくらいの遅れ具合ですが、今年は頑張って今年中には終わらせますのでよろしくお願いします(多分言い続けて三年くらい)




 早朝。僕は、ルルとサロメを伴って王城の廊下を歩いていた。

 いや、本来主従が逆で、ルルが僕を伴って歩くというべきなのだが仕方がない。僕のティリーへの納品にルルが付き合うと言ったのだから。

 彼女に頼まれた土壌改善剤。担いでいる袋が地味に邪魔だ。


「なんというか、久々に歩くと、王城の中でも新鮮に見えますね」

 横を歩くルルが、そう言って微笑む。

 そういえば、蟄居して以来これが最初の外出だ。ルルへの嫌がらせを行っている令嬢はいなくなったことだし、ということで出歩くことが出来るようになったのもまあ良いことなのだろう。なんとなく、彼女の表情も明るいのが見て取れる。


 朝食後ではあるが、少々早い時間。今日は少々涼しいらしく、やや湿り気のあるような風が中庭の方から吹き抜けてきた。

 夜中のうちに雨でも降ったのだろうか。


 僕は微かに漂う朝食の匂いと草花の匂いを嗅ぎながら、少しだけ声を潜めて言葉を返す。

「そういえば久々の外出ですし、帰りに書庫でも寄りましょうか?」

「……う……ん……。そうしたいところもあるんですけど、今日はいいです。カラス様がお疲れでしょうから」

「私のことは気にしないで構いませんが」

 忙しく面倒な仕事をずっとしている。それは否定しないが、疲れているという気はあまりしない。ルルがいきたいのならば付き合うのに。

「それでも、少しは休んでください」

「私としましても、ルル様に付き合うのは良い息抜きなんですけどね」

 僕は、はは、と笑って会話を終える。まあ、厚意に甘えるのもいいだろう。今日の朝までで、相当量の薬は作り終えた。アネットやルネス達から次の要望が来るまでとりあえずは休憩出来る。



 ティリーに言われたとおりの中庭に出れば、そこには彼女が待っていた。侍女を連れて、今日は黒みを帯びた赤黄色のドレスを着て。

「おはよう。カラス君に……ああ、ザブロック様も」

「おはようございます」

「ごきげんよう、クロックス様」

「ティリーでいいよ、カラス君もね」

 挨拶を返した僕らにティリーが笑い、道を空けるようにやや体を斜にした。

「頼んでおいたものは作ってくれたねぇ。感謝感謝」

 ティリーの言葉に応えて担いでいた麻袋を地面に下ろすと、ドス、という重たい音がする。内容物の比重は大分軽いはずだが、それでも量が集まるとそれなりだ。

「主な内容物は藁灰に木灰、鶏糞。その他に薬草、基剤としても栄養価の高い川底の泥を、と色々と配合してあります」

「ふむ」

 今は乾燥しているので、さらさらとしたもの。ティリーは袋を開けて、それを手に取り掌から落とす。その仕草と目が、昔よく見ていた老人のものと重なった気がした。


「一応要望には添った配合になっているはずですが……」

「うん。いいと思うけど」

 思うけど。そう、奥歯にものが挟まったようにティリーが返す。そしてまた一掴み薬を手に取ると、振り返ってそこに置いてあった鉢にそれを流し込んだ。

 中に咲いていたのはパンジーのような花。……今咲いているその品種は覚えていないが。


 ティリーがそこにしゃがみ込む。

「……どうだい?」

「…………?」

 呆気にとられた表情を、背後でサロメが浮かべた気配がする。そんなものを気にすることもなく、ティリーはうんうんと何度か頷いて、立ち上がって僕たちの方へと振り向いた。

「よさそうだねぇ。うん、じゃあ、仕上げを手伝ってもらおうか」

「仕上げ、ですか?」

「おいおい、何のためにこの中庭にわざわざ呼び出したと思っているのかね」

 ティリーが自分の侍女を見る。侍女はその視線に応えて、笑みを浮かべて円匙(スコップ)を二本取り出した。




 ……。

 …………。

「アッハハハハハ、そうだね、君は魔法使いだった。忘れてたよ」

 やることは簡単だった。僕が持ってきた土壌改善剤を、目の前の中庭の土と混ぜる。そのためにスコップを用意し、そのつもりで腕まくりをしたティリーだったが、僕の提案にはご満悦だった様子だ。

 要は混ぜればいい……が、聞いた限りではここから続くのはその比率の果てしない調整だ。

 ならば、より早く、より精密に出来るこちらの方がマシだろう。


 僕の目の前で、土がうねるようにまるで水の流れのように動く。念動力を使った土壌の攪拌。少しずつ、ここに混ぜていけばいい。

「少し入れるから、そのままでね」

「はい」

 袋を抱くように担ぎ、ザカザカと中身をその洗濯機状態の土に流し込む。はじめマーブル状に混ざった白っぽい土は、すぐにその中身と混ざり均一になった。

「はい、一度止めてぇ」

 そしてティリーが、その土をまた掴んで握り心地や臭いを確かめる。そして、もう少し、と思ったのだろう。袋を担ぎ上げる。

 僕はそれに応えて、攪拌を再開した。



「いやぁ、早く済んで良かったよ」

 けらけらとティリーが笑う。まだ袋の中身は半分ほど残っているが、それで充分だったのだろう、目の前の地面を見つめて、ティリーが満足げに頷いていた。

「あとは彼らを植え替えるだけだね。この王城の土には合わなかったらしいんだ」

「合わないというのは、どのようにでしょう?」

 ルルがそう尋ねる。何となく、興味はありそうだがその内容にはなさそう、という不思議な感覚があった。

 ティリーが頬を拭って振り返る。拭ったはずだが、手の土が付いて頬が汚れていた。

「なんか酸っぱいらしいよ。水気も多いから喉が詰まるって」


 酸っぱい。やはり、酸性土壌に近づいていたのだろうか。そのパンジーのような花がどんな土に向いているのか僕は知らないが、まあ灰などを混ぜて調整したのだからそうなのだろう。

 ティリーからの注文は、水はけをよくすることと、苦いものを使ったもの、ということだった。曖昧な注文だったが、グスタフさんのレシピに似たようなものがあってよかった。

 ……今思ったが、これは薬師の仕事じゃなくてどちらかというと庭師の仕事だと思う。

 いやまあ、どこかで、そういうものは各庭師の秘伝だとも聞いたことがある気がするので、頼れなかったのかもしれないけど。


「じゃ、植え替えも手伝ってくれるかい?」

「あ、じゃあ私もやります」

「助かるよ。簡単なことだけど一応一度やってみせるから」

 僕へ向けたティリーの言葉に、ルルが応える。彼女も袖を捲って一歩踏み出したが、その後ろでサロメがあわあわしているように見えたのが少し面白かった。

「今度は魔法は要らないからねぇ」

 そう言いつつ、鉢から丁寧にティリーがパンジーを引き出す。土ごと取れた根っこの塊をほぐすようにして土を払い、横にあった小さな水瓶に浸す。根っこを洗うようにしてしまうらしいが……まあ、専門家がやっているのだ、そういうものなのだろう。

「そこから二割くらいまで土を入れてから、株を入れつつ周りを土で固める」

「……はい」

 ティリーの解説に、ルルがふむふむと頷く。

 小さなスコップで土が鉢の中に流し込まれ、最後に手で周りを優しく固められると、先ほどまでと同じように綺麗に花が咲いている鉢が出来上がった。


「……とまあ、こんな具合だけど、君たちには花を植えるところだけやってもらおうかなぁ」

「お嬢様、私が……」

「わかりました」

 手を叩いて土を落とす仕草をしたティリーを見て、やはりとサロメが一歩前に出る。だが、ルルは普通に聞いてなかったようで、ティリーに向けて元気に返事をした。

 同じように、ティリーがまた根から土を落とす。そして洗うと、ルルにそれを手渡した。

 ルルは手や裾が汚れるのも構わず、受け取った花を鉢に植え始めた。

「ほい」

 そしてまあ、綺麗になった株を僕にもティリーが手渡してくる。鉢は五個。あと三つもあるわけだし。

「…………」

 僕は静かに受け取り、それを鉢に植える。自然に手伝う雰囲気になっていたが、まあ仕方あるまい。


 横ではルルが、同じように鉢に花を植えている。

 気分転換にはいいのだろう。その明るい表情に、水を差すことは出来ない。


 また一つ、株を手に取ったティリーが、水で洗おうとしたところで手を止める。

「……はいはい。君は寂しがりだねぇ……」

 そして水で洗わずに、土がやや付いたまま、僕にそれを手渡した。

「いいんですか?」

「この子がそう言ってるからねぇ。いいよ、そのままで」

「はあ」

 まあ、それならそれで構わないけれども。なんだろうか、何事かを花の様子から感じ取ったのだろうが、ティリーの今の動作はまるで……。


 僕は言われたとおり、渡された花を鉢に植える。

 やること自体は先ほど渡されたものと一緒だが、何だろう、花の方が違うのか、少しだけ手に伝わる感触が違っていた。

 次にルルに今までと同様、土が洗い流された株が手渡される。

 僕が自分のものを終え、そしてルルの方を見ているのを、ティリーは眠たげだが満足げな顔で見つめていた。



「いやいや、早く終わって助かった。彼らも機嫌良く終わってくれてよかったよ。寒いとか文句言う前で」

「それは何よりです」

 そういえば、一応液体石鹸も持ってきていたっけ。ティリー用に作ったものだが、僕とルルも使わせてもらおう。僕に関しては、魔法を使えば別に要らなかったりするけど。

「ジェシー、積み込み」

「は、はい」

 指を弾きながらのティリーの呼びかけに、彼女の侍女が小声で反応して脇にあった台車に花を積む。それにはサロメも無言で手伝いに入ったが、ようやく働けた満足感からだろうか、やけにテキパキとして見えた。

 使いかけの土壌改善剤も中身が捨てられた水瓶も、当然持って帰るように積み込まれる。小さな台車のせいで、それだけで満杯になってしまったが。


 そしてその台車を眺めていたティリーが、突然「あ」と声を上げた。

「言われるまで忘れてたよ。そうだ、手洗い用の水瓶がなかったねぇ……」

「水は捨ててしまいました」

 フフフ、と半ば隠れた目はそのままに、ティリーの侍女が口元だけで笑って応える。気が利かない、と怒られてもいい状況な気もするが、彼女らにとってはいいのだろうか。

 まあそもそも、捨てた水も根っこを洗う用で汚れていたものだ。適当に手の泥を落とすことは出来ても、手を洗うことは出来なかっただろう。

「近くの井戸は?」

「ええと、たしか……」

 ルルに問われたサロメが、顎に手を当てて宙を見つめる。この王城の中でも各地にある井戸、一番近くはといわれると僕も即答は出来ないが。

「……本物でなくともよろしければご用意出来ますが」

「本物でなくとも?」

 だが、井戸までいくのは面倒。それはわかるし、そのくらいの親切はいいだろう。ん? と聞き返してきたティリーに僕は先ほど台車に乗せた水瓶を指し示す。

 空気中から本物の水を集めるのは、エーリフの熱い空気よりも水分量の少ないここでは長い時間がかかる。だが、まあ、架空の水なら。

 サロメが横にあった水瓶を覗き込む。そこにはなみなみと綺麗な水が入っているはずだ。

「飲用や植物に与えるのは避けたほうがいいですが、手を洗う程度でしたら」

「いいのかい。ありがたい」

 僕の魔力により作り上げられた水。僕が魔力を通すことをやめたら、すぐに蒸発するよりも早く消えてしまう水のような物体。飲めばその分水分を奪うようなもので、逆に喉が渇く有毒のものだが、手の表面を流す用途ならば充分だろう。

「だから、君たちには駄目だってさ。そもそもさっき一杯飲んでるだろう?」

 喋りながらティリーが水瓶に歩み寄り、侍女から手渡された小瓶をひとまずポケットに入れてから水瓶を持ち上げる。重さも性状も本物と同様で、およそ五リットルはありそうなものだが、彼女は軽々と持ち上げていた。


 そしてこの前と同じく、中庭の隅まで移動する。手を洗う仕草は、この前と全く一緒だった。

 僕とルルもそれに付き添うように移動し、ご相伴に与る。いやまあ、僕からすると水が僕から離れると維持しにくくなるということもあるのだが。


 それを離れたところで見つめていたサロメと、ティリーの侍女。

「あの……」

 戸惑いを隠せぬように、サロメが、口元を隠しながら侍女に向けて話しかける。


「クロックス様、先ほどから、誰とお話しされているのでしょうか?」

 怖々とした声音。囁き声に近く、ここまでは本来聞こえないであろう小さな声。もちろん、ルルにもティリーにも聞こえていない声、だが。

「ああ、あれは……」


 侍女の答えを聞く前に、何となく、僕にはわかる。

 

 昔、リドニックで白い雪を浴びたプロンデが、誰と話しているのかわからなかったときがあった。けれど、そのときとは違う。

 そこにはサロメと侍女しかいないように見える。だが、聞いている誰かは、そこにいる。



 手を洗い終え、水瓶の中から残った水を流そうとしたティリーが既に空になっている瓶を見て驚いたのが中々新鮮だったが、今度は僕が瓶を持ってまた台車に載せる。

 そしてティリーも台車に歩み寄り、まずハハハと笑い、「仕方ないさ」と呟いた。




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― 新着の感想 ―
[一言] 植物の根っ子を口と称するならば、その根の根元こそが喉元でしょう
[気になる点] プロンデが白い雪を浴びた事あったっけかな、スティーブン? [一言] 植物に喉があったとは!? しかしカラスくんの時も思ったけどティリーはお野菜食べられない肉食女子ですね。
[一言] >その仕草と目が、昔よく見ていた老人のものと重なった気がした 仕事というより趣味だし、道としては違えども、高じた技巧としてはグスタフ爺に通じるところすらあるのか… しかし、ティリー嬢のコ…
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