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捨て子になりましたが、魔法のおかげで大丈夫そうです  作者: 明日
神聖にして侵せぬもの

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盗み聞き



「今日から会っても大丈夫と聞いたものですから」

 勇者がルルの部屋を訪ねてきたのは、遠征から帰ってきた次の日。噂に、ルルへの悪評を流していたヴィンキー・ネッサローズという女性がこの城を去った次の日だった。

 

 今は昼前。

 テレーズ達の団は遠征帰りの休暇といったところだろうか。今日の午前の訓練はなかった、と勇者からは聞いた。

 ルルの部屋からはもはや昼食の時に使った背の高い机は撤去されている。撤去するときの、ルルの『またやりましょう』という言葉と顔が、何となく複雑に見えたのが今でも目に浮かぶ。

 そして撤去した代わりにまた備えたのは、前までと同じく背の低い膝くらいまでの応接用の机だ。ルルはその机の上座に座り、そして斜め前に勇者が座り、団欒、という感じの空気を出そうと演出しているように見えた。

 

「お加減はいかがなんですか?」

「ええ……もう、大分、いいと……」


 ルルがサロメに目を向ける。

 本当に倒れたのは彼女だし、勇者の意図とは違えど答え的に間違いではあるまい。もちろん勇者はルルの体の具合はと尋ねているのだろうし、それに答えるとルルとしては『もとより万全です』といった感じの答えになってしまうだろうが。


「お姉さんも、倒れたとか……」

「…………」

 勇者に向けられた視線に頷くようにサロメが笑う。こちらは本当のものだ。ただし、一応礼儀的に声に出して答えられないだけで。

 勇者はその一応の受け答えに弾みをつけたのか、少しだけ体を前に倒してルルを見た。

「風邪って長引くと辛いですもんね。俺も、子供の時はよく体を壊して祖母ちゃんに卵酒とか作ってもらってました」

「卵酒というのは?」

 そして珍しく、ルルが興味を示したように間髪入れずに勇者に尋ねる。……そういえば、玉子を完全に固めるわけでもなく半生で仕上げるようなものは、飲み物としてはエッセンでは見たことがない気がする。

 スープとしては似たようなものを見たことがある気もするが、あれはたしか酒が入っていなかったと思う。

 勇者はルルの質問に答えようと口を開くも、その答えが中々出ないようで一瞬目を逸らした。


「ええと……まず……あ、ここのお酒ってどういうものから作るんですか?」

 そして前提条件に気が付いたようで、両方の世界を知っている僕からすると良い質問をする。

 ルルはまた勇者の言葉に悩むように少し俯き、拳の掌側を口に当てた。

「お酒……原料なら米か麦からでしょうか……。葡萄やなんかもありますね」

 正解。……とどういう立場で言っているのかわからないが、僕は内心そう裁定する。ルルの方が詳しいだろうに。

 まあとりあえず、僕は日本にいたときに飲んだことがないからわからないが、似たようなものがある、と考えていいだろう。発酵が必要な関係で、やはり甘いものから作るという手法が発展していくというのは両世界で共通らしい。ネルグには、中に酒のようなものがたまった瓢箪のようなものもなる木があったことだし。

 だがたしか、卵酒は日本酒で作る。この国では米が原料のものは、酒を造る米としてはもち米のような粥にしにくいものを使うようなので、日本酒とも……。

「ああ、じゃあ多分その米からのが近いかもしれません。日本酒という米から作るお酒があって、それを沸かして、甘くした玉子を溶くんです」

 日本酒とも多分違うのだが、まあ指摘はするまい。

 勇者がシャカシャカとマドラーでコップの中のものをかき回す仕草をする。

 しかし、それで想像は付いただろうか。今僕はルルの背後にいる関係で、表情などは見えないが。


「……玉子とお酒だけですけど……、効果はあるんですか?」

「あると思います、多分。体が温まった記憶はあるので」

 ははは、と勇者は笑う。日本酒を使うし僕は飲んだことがないからわからないが、まあ不味くはないだろうな、と想像は付く。



 そんな想像をしながら僕は手元に意識を戻す。僕がいるのは、ルル達の背後の部屋、炊事場。

 ちょうど乳鉢で鶏子殻(玉子の殻)を砕いていたところ。タイムリーだなぁ、などとぼんやりと思いつつ、背を向けたまま耳の端で僕は彼女らの様子を捉えていた。


 僕の調合した薬は、予想以上に好評らしい。

 ルネスやディアーヌ、ティリーのような立場の女性以外はアネットと未だに名前を聞いていない調理場の男性だけにしか僕は薬を渡していないが、そろそろアネットを通じれば要望が通るということに気がついたのだろう。

 それなりに多く頼まれるらしく、彼女が『(たし)けてー』とまたしても僕に泣きついてきたが、それほどとは本当に思っていなかった。


 そして広がり方も予想外だ。

 アネットを通じて横流しされた使用人たちが使うのはある程度想定していたものの、今度はそれを彼らの主が使っているということもあるらしい。

 実際今朝、廊下ですれ違った男爵家の令嬢に挨拶されたときに、消してはいるがわずかに残った軟膏の匂いが香った気がする。そんな噂を聞いたからそんな気がした、ということもあるかもしれないが。


 ともかくとしてその二つの要因から、僕は今少し忙しい状態にある。

 オトフシにすら、『警護の時間を少し融通するか?』と聞かれるくらいには。


 そんな僕の肩に、スイ、と一羽の何かが止まる。もちろん驚くこともなく、いつものオトフシの操る折り紙なのだが。


「順調か?」

「順調ですね」

 鶏子殻(玉子の殻)鶏子白(卵白)、それに鶏屎白(鶏糞)を主剤としたパック。それに染みやくすみなどに対応出来る生薬を配合し、効果を強めたもの。

 実はこれ今まで作ったことはなく、グスタフさんのノートの中でも数少ない僕が習っていないものだった。しかも、細かな材料が揃わなかったので、僕のほうで代用する生薬を配合している。

 一応先ほど下女に試してみてもらったところ、汚いわけでもない肌の彼女ではあるが、少しだけ肌に張りが出たと好評だったので、まあまだ手放しで誉められないが成功といっていいだろう。

 しかし。

「こんなところで雑談でしょうか」

「フフン。警護といっても他に客は来ない。妾も少々暇なのだ。付き合え」

 カサカサと僕の肩の上で紙燕が肩を揺する。

 さすがに紙燕の唇を読むことは出来ないので、お互い囁き声のような小さな音量だ。まあオトフシもルルたちに漏れないように気を遣っているのだろうが。 

「僕はまだまだやることがあるので……」

「本当ならもっと大きな場所で潤沢な道具で作れただろうに」

「どっちみち作ることは変わらないんですか」

「変わらんだろう。そして、選んだのはお前だ」

「そうですけど」


 どのみち変わらないということはわかる。

 ミルラ王女の言葉に乗って彼らに薬を配布すれば、同じように様々なものを作る必要があった。

 そして、ミルラ王女の協力となれば、もう少し設備が潤沢だっただろう。生薬の入手ももっと手軽だったのだと思う。

 それを僕の意地と反骨から蹴った今、この状況になっていることもわかる。だからそれは、仕方ないと言うべきだろうが。


 しかし、どこかで歯止めをかけなければとも思う。

 塗布する薬剤だけ配る予定が、今では塗布した後染みこませる過程が必要なものまである。毛染めなども頼まれていることだし、どんどん侵襲性が高くなってきている感じがする。

 そのうち飲み薬なども要望が上がるのではないだろうか。さすがにそれは『アネットが飲まないのならば』と断ろう。


 とりあえず今作らなければいけないのは、美容用のパックと布に染みこませて使う湿布用の薬液。あとはいつもの軟膏とティリーからは液体石鹸と土壌改良剤と……。



「オギノ様は昨日一昨日と遠征に出られたとか?」

「え、ああ、ああ、はい」

 適当にオトフシの話に相槌を打ちながら、僕はそれとなく背後の会話にも注意を向ける。

 ルルが会話を続けようとしているわけでもないだろうが、それでも話題を提供したらしい。……といっても、その『話題』で何となく勇者の声が沈んだのが僕にもわかる。

 ならば、目の前で顔を見ているルルならばもっとはっきりとわかるだろう。だがルルは、話題を変更しようとしなかったらしい。

「いかがでしたか? 森に入ったと聞きました。オギノ様の世界の森とは、随分と勝手が違ったのでは」

「かもしれません。っていっても、俺もそんなに森に入って何かしたりとかはあまりした覚えもないんですけど……」

 勇者が頭を掻く。どちらかのかはわからないが、森の様子を思い浮かべているように俯きながら。

「とりあえず、大変でした。寝る場所を作るのにも、まず地面を掘らなくちゃいけないので」

「地面を?」

「はい。斜面に穴をあけて、その上に天幕の屋根だけを張るんです。またその上から枝や葉っぱで隠すようにして」


 ……なるほど。

 僕は勇者の説明から大体の姿を思い浮かべる。多分、この国の猟師などと同じようなやり方なのだと思う。

 天幕を張って建物のようなものを作るのではなくて、寝床を作るのに特化したやり方。当然中では寝るかそれか獲物を待つかくらいしか出来ないが、建物を作るようなやり方よりも骨組みを少なくして……というよりも無くして可搬性を上げるのと、カモフラージュをしやすくするようなもの。

 ムジカルとは違うやり方だろう。ムジカルならば、隠れることはあまりしない。お国柄、大抵の戦争ではもともと存在する街を最前線として使えるということもあるが、作るときは煮炊き出来る程度の大きさの天幕を張り、砂漠の日差しに耐えて地面からの毒虫などの侵入を防ぐ設備まで備える。

 気密性を高めても死なない気候に、毒虫がいないわけではないが少ないこの国のやり方。

 あとは、軍事行動と生活が分かれているという思想もあるだろうか。食事や着替えなどの『生活』の一部が極端に制限される穴蔵は。



 僕は目の前の薬品に意識を戻し、木炭を更に魔法で加熱して灰にする。……ちょっと火加減が強すぎたか。

「……そういうのは前に本で読んだことがありますが、本当にやるんですね……」

「本で?」

「はい。山の騎士が歩む街に戻るための剣の道という連作の本があるんですが、……」

 言いかけて、ルルが言葉を止める。それはあれだろうか、誰かに持っていかれたとこの前書庫で聞いた本だろうか。

 ややルルが前のめりになった気がする。だが、コホン、と一つ咳払いをし、姿勢を正した。

「……そういう本の中で、山の中で山賊の本拠地を探す主人公が、そういう形で寝たところがあるんです。実際どうなんだろうとずっと気になってたんですが」

「へえ。じゃあ、他の描写もそうかもしれませんね。俺も読んで……」

 そして、勇者の方が今度は言葉を止める。

「……読めればいいんですけど、まだ俺字を読めないんですよね……」

 ようやく共通の話題が見つかった、という喜びが消えていくのがわかる。

「勉強しなきゃいけませんね。……そうしたらその本を貸していただけますか?」

「申し訳ないんですが、その本は今手元にないんです。友人に貸したきり、戻ってこないので……。ああ、でも、他の本なら」


 ルルがおそらく自分の文机を見る。積まれた本の山。一度以上は目を通しているだろうが、この城にいる間には読んでいないであろう本たち。

「ええと、是非、お願いしたいんですが……まだ読めませんから……」

「そうですか。残念です。カラス様以外にも、一緒に本が読める方が増えると思いましたけど」

 本当に、残念、と思っているだろうか。あまり感情が読めない声音でルルが一言応え、それから紅茶を口に含んだ。


「……お好きなんですか?」

 おずおず、と勇者が尋ねる。

「え?」

 だがその返答には、少しだけ感情が見えた気がする。恥ずかしい……じゃないか、焦り?

「あ、あの、本が」

「…………あ、はい。こちらの城に来てからは、それしか暇つぶしがなかったものですから。もっとも、家にいてもそれくらいなんですけれど」



 ……。

 …………。

「手が止まってるぞ」

「……。ああ、はい」

 背後の衝立の向こうの音を聞いて手を止めていた僕を現実に引き戻すように、オトフシが促す。またもう一度木炭を焼かなければならないのに。

 僕は排水溝に水と共に灰を流し入れ、もう一度拳大の木炭を取り出して山にして置いた。

「まったく、忙しくないのであれば妾の時間を返してもらうが?」

「すみません、ぼーっとしてました」

 今度は灰の焼き加減もちょうど。

「フフン。そんなに後ろが気になるか?」

「いえ、たまたま耳に入ったので」

「なるほど。たまたま、な」

 オトフシの言葉を半ば無視するようにしながら、今度は藁をざくざくと刻んでいく。他にも混ぜるものがたくさんある。水はけを良くし、栄養分を補強する土壌改善剤……ティリーも面倒な注文を。

 まあオトフシの言い分はもっともだ。手を止めてもいいのであれば、仕事を代わる必要も無かったのだから。


 背後で展開されている、鹿の肉を食べた話。そしてルルによる味のワンポイントアドバイス。

 なんとなく、ちょっと混ざりたい気もするが。

 その気分を誤魔化すように、僕はそれからいくつもの生薬を加工して混ぜていく。小一時間も経てば、出来上がり床に積まれた瓶が炊事場の一角を占めていく。

 どれも贔屓目に見ずとも一級品だと自負している。本当に、これだけで仕事でも出来そうなくらいだと思う。

 

 

「それでは、また。カラスさんにも、よろしくお伝えください」

 昼食も食べていく勢いだったと思うが、約束があるとかでそうはしないらしい。勇者が立ち上がり、出ていくのをサロメが見送る。

 僕もそもそもここにいるので、自分で言っていけと一瞬思ったが、まあ一応仕事中ではあるし気を遣ったのだろう。それに僕も本来は出ていくべきだったと思うし。

 

 足音が遠ざかっていく。

「今回は妾にも擁護出来んな、まるであの時と一緒だ」

「……何の話です?」

「お前は、見ているだけか」

 僕の質問に答えることもせず、紙燕が肩を飛び降りる。それから器用に衝立の隙間を潜り抜け、向こうへと戻っていった。


 僕はその姿も見送り、そして勇者の足音も消え去り。

 何故だか安堵しながら、残りの薬を作り上げた。




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― 新着の感想 ―
[良い点] 明けましておめでとうございます。 更新お疲れ様です。 [一言] このなんともいえない、甘さと酸っぱさ……飲み過ぎたかな?
[良い点] いつから恋愛小説になったんだ!甘酸っぱい!!!!! [気になる点] 来年完結は嬉しいような、悲しいような。生き甲斐が一つ減ります……。 完結後、新作を書く予定や気力はありますか? [一言…
[一言] まるで甘酸っぱい青春小説を読んでいるようだ…
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