内に潜むもの
「クロノ」
シィルは訓練を終えたクロノを呼び止めた。
「シィル様? どうされました?」
いきなり現れたシィルに少し驚きながらも、クロノは用件を尋ねた。
「えぇ、少し話があるの。時間ある?」
「はい、問題ありません」
「なら、着替えが済んだら貴方の部屋で話しましょう」
シィルはそう伝えると、先に行ってしまった。
待たせるわけにはいかない為、クロノはいつもの3倍くらいの速さで着替えを済ませ、後を追った。
部屋に着くと、シィルは当然先に到着しており、ベッドに腰を下ろしていた。
「シィル様、お待たせしました」
「あら、早かったのね。もう少しゆっくりでもよかったのに」
「いえ、長くお待たせするわけにはいきませんので」
「そう? クロノのそういうやたら真面目なとこ好きよ」
「ありがとうございます」
「うん、それで話なんだけど」
シィルはそこで一旦言葉を切り、クロノの目を真っ直ぐに見ながら話した。
「貴方、何故ルキアと会わないの?」
責めるような問いに、クロノは少したじろぐ。
シィルは基本的には穏やかな性格をしているため、こういった強い口調というのは滅多に出るものではなかった。
「それは、姫様のご命令だからです」
「なら、ルキアがその命令を撤回したら会うのね?」
「―っ」
クロノは言葉に詰まった。
確かに会わないのはルキアの命令だからだ。
しかし、それは真実の一面にしか過ぎない。
クロノは自分でも分かっている。
例えそんな命令がなかったとしても、会わないようにした、と。
「もう一度聞くわ。何故、ルキアと会わないの?」
シィルは一歩踏み出し、クロノとの間を詰める。
「私は……」
ぐっと押し黙る。
様々な本音が頭の中で掻き混ぜられ、言葉に出来ない。
その様子を見て、シィルが口を開く。
「国の為。王の為。父の為。民の為。姫の為。きっと全部が本音でしょう? でもきっと貴方が思ってない……いえ、思わないようにしている本音があるはずよ?」
いまシィルが言ったことが正しくクロノの脳内を巡っている事柄だった。
そして、最後の思い付かない本音が引っ掛かっているのも当たっていた。
(駄目だ。それは意識してはならない事だ)
クロノは自覚していた。
だが、それを必死に押さえ込む。
「私はね、結構酷い女なの」
唐突にシィルが語りはじめた。
「私は研究が好き。何よりも、何を差し置いても研究が好き。お父様やルキアやこの国よりも。私の中での一番は研究なの」
「そんな事はありません! シィル様は王も姫様も大切になさっているではありませんか!」 クロノが悩みに沈んでいた状態から覚醒し、咄嗟に反論する。
「うん、確かにお父様もルキアも大切よ。でもこれは優先順位の話。もし、研究かルキアかを選ばなければならないのなら、私は間違いなく研究を選ぶわ」
「そんな、ことは」
無い、とは言えなかった。
クロノは知っている、シィルは自分の命さえも二の次にする事を。
「でね、優先順位なのだけれど。一番は研究。でも、二番は貴方とルキアよ」
「え?」
「お父様は大切だけれど、それ程ではないの。この国に至っては正直どうでもいいとさえ思ってる」
「しかし、シィル様」
「しかしも何もないの。私はこういう人間なの。だから、言うわ」
シィルはそこで息を吸い、しっかりとクロノの目を見て言った。
「建前や責任を全て無くした貴方が、素のままの貴方がしたいことをしなさい」
なおもシィルは続ける。
「誰の為でもない、貴方自身の為を考えなさい」
そう言われた時、クロノの頭には確かに一つの答えが浮かんだ。
いや、引き摺りあげられた。
意識しないように努めていたものを、シィルによって無理矢理、明確にさせられた。
「私は」
クロノは戸惑い、その考えを押し込める。
それは考えてはならない、と。
しかし、一度ハッキリと頭の中に思い浮かべた事は消えはしない。
それは、刺のようにクロノの心に残った。
「私が言いたいのはそれだけよ。じゃあね、クロノ。ルキアを宜しくね」
シィルはクロノに優しく話しかけると、静かに部屋を出ていった。
クロノとルキアは、シィルに掻き回らされた気持ちを抱え、眠れない夜を過ごす。




