姉と妹
そしてルキアの誕生日まで10日となった。
その間、クロノはひたすらに仕事に没頭し、ルキアはクロノを避け続けた。
お互い最善の方法を選んでいるつもりだったのだろう。
しかし、周りからみれば無理をしているのは明らかだった。
クロノは少なかった口数が更に減っていき、険しい表情をする事が増えていった。
ルキアは太陽のような明るさは身を潜め、俯いて考え込む事が頻繁に見られた。
物心つく頃から1日とて離れたことのない二人には、その変化は無理からぬ事だった。
研究が一段落ついた事で久しぶりに城内に来ていたシィルはその二人の様子に驚き、そこで初めて事情を知った。
「なんだか、あの二人がああなってると、お城全体が暗い気がするわね」
シィルは困ったような顔になり、頬に手を当てた。
「少し、話をしてみようかしら。お父様は死にそうなくらいに憔悴しているし、グラフおじ様はその補佐で大変そうですし」
二人と、何でもいいから話をしてみよう。
シィルはそう決めると、まずはルキアの部屋へと向かった。
「ルキア、少しいいかしら?」
シィルが部屋を覗くと、ルキアは窓辺で空を見上げたまま、魂が抜けたかのような表情で立っていた。
少し間を置いてから、ルキアはシィルの方を振り向き、
「あ、姉様。久しぶりだね、半月振りくらいかな? 」
元気のない笑顔で挨拶をするルキアに、シィルは眉をひそめる。
「これは重症ね」
普段のルキアならシィルを見た途端に元気よく飛びついて来る。
「ねぇ、ルキア。結婚をする、と聞いたのだけれど」
結婚、その単語が出た瞬間ルキアの身体が一瞬だけ硬直し、顔からは表情が消え失せた。
すぐに表情を取り繕おうとするが、中々上手くいかず、あやふやな表情になってしまっている。 「う、うん。そうなんだ。私の誕生日にね、お隣りさんにお嫁さんに行くんだよ」
本人は笑顔のつもりなのだろう。
しかし残念ながらそれは成功しているとは言えなかった。
「ルキア」
「そんな顔しないで姉様。私は大丈夫だから」
辛いのは自分だと言うのに他人を気遣うルキアを見て、シィルの胸が痛んだ。
「でも、あなたクロノに会ってないみたいじゃない」
その名前はルキアに取って、甘美な毒のようだった。
それはルキアの全身を侵していく。
カタカタとルキアの身体が小刻みに震える。
自身の身体を抱くように、身を縮こまらせる。
「クロノ……会いたい。ダメ、会わない。クロノには会えない。会っちゃいけない」
ルキアはシィルがいることなど忘れてしまったかのように、クロノの名を呟く。
「ルキア!」
シィルは大きな声で名前を呼ぶと、ルキアの肩を揺さぶった。
「ね、え、さま?」
「全然大丈夫じゃないじゃない。クロノに会いなさい、今すぐにでも」
その言葉にルキアは激しく首を横に振る。
「ダメなの! クロノに会ったら絶対に頼っちゃう! 私はこれからクロノが、ううんクロノどころか姉様も父様もいない所で生きていかなきゃいけないの! だから、こんなことぐらいでクロノには会えない!」
興奮した様子で叫ぶように言葉をぶつけるルキア。
その姿を見たシィルは何も言えなくなってしまう。
「あ、ゴメン姉様。大きな声で」
一転してルキアは泣きそうな声で謝ってきた。
「大丈夫よ、気にしてないわ」
シィルはルキアの頭を胸に抱くと、頭を優しく撫でた。
しばらくそうしてルキアが落ち着いた後、シィルは手を離した。
「私はもう行くわね。それでルキア、一つだけ言っておくわ」
「何?」
「クロノに挨拶もしないまま、会わないままで行ってしまってもいいの?」
シィルは返事を聞くことなく、そう言い残していった。
ルキアは呆然と立ちすくしていた。