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三つ首わんこ  作者: ケルベロス=ポチ
1/3

pm 9:00

 今日もまた、労働者たちが火星に運ばれてゆく。三ヶ月も過ぎれば、みんな魂となって戻ってくるだろう。もともと肉体をもった存在が住める場所ではない。まともに生きていける環境をつくるために、一体どれだけの強制労働者(にんげんたち)が犠牲になるのか……。


 社長や所長が語るには、働き手は腐るほど余っているという。なるほどたしかに犯罪者は多い。たとえ死刑囚が底をついても、予備軍たる破綻者は収容所にあふれている。しかも次から次へと入ってくるのだ。権力を握った立場からすれば、犠牲者の数など考えるだけ無駄なのであろう。火星移住論者である国会議員など、施設の経費削減のためにも労働者数を三倍に増やせと注文をつけるほどだ。


 犯罪者の数は、生活困窮者の数と比例している。


 貧困とは病だ。悪意を媒介に猛威を振るう。力をもたない者には、ひとたまりもない伝染病。借金を背負った奴隷たちは、搾取され、尊厳を踏みにじられながら耐えに耐え、あっという間に息絶える。犯罪に手を染めたところで、待っているのはアルコールと薬物。束の間の快楽と終わらない苦痛。

 たしかに、火星移住も夢ではあるまい。

 理不尽が通る不平等な社会において、弱者が尽きることなどありはしないのだ。


 地獄。


 この世は地獄であると泣き叫び、自害した人間も数知れずではある。が、哀れなものだ。まだまだ甘いということを、あの者たちも思い知っている頃だろう。本当の地獄はこんなものではない。地獄を駆けまわっていた我がいうのだ。死ねば楽になれるなど夢物語だと知るがよい。


 まぁ、誰が地獄に堕ちようが知ったことではないのだが、愚者をみるのはさすがに厭きた。愚かさを知って疲れ果てた、引きこもりゲーマーを観察したほうがマシかもしれぬ。幸か不幸か、あやつは今夜もゾンビ狩りに励むであろう。風呂から上がった気配はある。そろそろ戻って来るはずだ。


 我は小さき肉球をもってテレビの電源を切った。


 缶ビールを片手にあらわれた廃人(ゲーマー)は、おいおいリモコンを踏むなよ、と我に言った。

 ポチはいつも俺の部屋にいるなぁ、とボヤいてもいる。


(まったく、なにがポチか……なにがマメシバか……)


 我は感傷に浸るあまり、一言二言、心のつぶやきを漏らしていた。

 もっとも、人間ごときにはわかるまい。

 我の心情などわかるまい。

 もしもわかっているのなら、ジャーキーはないぞ、などと声をかけてくるわけがないのだ。


 廃人は手馴れた様子でゲームをはじめる。


 まったく変化のない有様に厭いてきた我は、廃人の隣に伏せてゲームの進行を見守ることにした。

 腐ったとはいえ、さすがは時空間転移システムを開発した天才設計者というべきか。ゾンビを狩ってゆく熟練の技は、もはや匠の領域にまで昇華されている。たとえ群れをなして襲い掛かってこようとも、人間の腐乱死体ごときでは廃人を止められない。

 洗練された動作には美しさがあり、蹂躙してゆく様は爽快でもある。

 観察者としても気分はいい。


 いずれは我も、『牙』と『爪』をもってして巧みにコントローラーを操ってくれよう……貴様以上にな。


 そう宣言してやりたくなるほどに昂揚もした。

 が、しかしだ。あのゾンビ犬どもの不甲斐なさだけは気に喰わん。廃人相手に荷が重いのはわからんでもないが、無様にやられる姿をみていると歯痒くて仕方がない。


(我が対峙しておれば、地獄の業火をもって都市ごと焼き尽くしてやるものを……)


 嘆かわしいことだ。いまの我にそのような力はない。少しぐらいなら能力も使えるが、念動力はドアを開けるのが精一杯、得意とした発火能力でさえマッチ程度の炎が限界なのだ。

 たったひとりの枯れた人間すら炭化させることは不可能。

 それが現実。


 もっとも、唸るな唸るなと頭を撫でてくる、この廃人が、本当に枯れ果ててしまったのかは不明だ。


 魂を見極める能力など失ったに等しいが、骨の髄まで腐っていないことはわかる。だからこそ三日前、対象者が眠っている間ならば記憶を断片的に読み取れる事に気づき、あまりにも退屈だったので調べてみたのだ。そして、若き天才科学者として精力的に活動していた過去が判明した。

 幾重にも偶然が重なったとはいえ、時空間転移現象など運がいいだけで発見できるものではない。

 こいつは確かに天才だった。

 そして、己の理論を証明することしか考えない愚か者だった。

 誰がどんな目的をもって資金援助をしているのかも気にせず、好きなだけ研究に没頭し、動物実験にも成功し、早過ぎる人体実験に反対し、あっさりと開発チームから外され、研究データを根こそぎ奪われ、調整の必要性を叫んでいるうちに幾人もの被験者が壊れていった。

 研究が中断されるわけもなく、このまま犠牲者を増やしながら完成するのを黙って待つのか、もう一度チームに参加して人体実験に協力し、できるだけ被害者の数を減らすのか。

 こいつは後者を選び、マシンを完成させた後に研究所を去った。

 才能を惜しまれたのか、それとも処分する価値すらなかったのか。己の無力さと愚かさを嘆き、腐り、荒れ果て疲れきった男は、組織に抹殺されることもなく生き延びて、病院から故郷へと送られ……生まれ育った懐かしい家に、美しく成長した幼なじみの女が、よく似た幼女と二人だけで暮らしていることを知った。


 ドアが小さく叩かれて、廃人の返事を待つことなく幼女が顔を覗かせる。


「あっ、やっぱりパパの部屋にいた」


 と歓喜を表しながら我のもとに駆け寄ってきたのが、廃人の、二十ほど歳が離れた妹である。


 天才少年の部屋にある参考資料を求めて、幼なじみの少女が家を訪れることは頻繁にあった。その習慣が続いていたことは、十五の頃から故郷を離れて活躍していた廃人も知っている。だが、時空間転移システムの開発に没頭していた数年の間に、父親が間違いを起こしていたとは知らなかった。

 一人っ子だった自分に腹違いの妹ができており、それが原因で両親が離婚しており、さらには世間体のために利用されていて、幼なじみが『妻』を名乗り、幼い妹が『パパ』と呼んで慕ってくる。

 そんな『家族』が暮らしている家で、自宅療養。

 死に損ないでなければ暴れたであろう。いかに尊敬する父親であっても、疲れ果てていなければ居場所を探し出し、きっちりと鈍器で殴ってやったことだろう。

 さすがの我も、この家で暮らしている『家族』の真相には驚かされた。

 廃人の『妻』と『娘』が、あまりにもそれらしく幸せそうに、やっと帰ってきた『夫』と『パパ』との生活を楽しんでいるのだ。なにも知らない『娘』はともかく、いまだに照れまくっている『妻』には謀られた気がした。


 廃人の幼き妹は、我を胸に抱きかかえ、『パパ』の隣にぺたんと座った。


「もう、パパったら、いっつもポチをひとり占めするんだから」

「……勉強は終わったんだね」

「うん、今日もいっぱいがんばったよ」

 

 我の自由時間、すなわち幼女の勉強時間が終わると、我はこのような拘束状態に陥るのが常である。全力を出せば抗うことも可能ではあるが、どうせ暇なのだ。近所のクソガキどもに比べれば可愛いものであり、毎日の丁寧なブラッシングには恩義すら感じている。この程度の不自由ならば許してやってもよい。


 幼き妹はゲーム画面を見ながらも、ちらちらと期待のこもった眼差しで『パパ』の横顔を見つめていた。胡坐をかいた『パパ』の膝に座ってもよいのか、判断に迷っているのだろう。うずうずと身体を動かしながら、勝手に座るのは遠慮している。


(我が甘んじて不自由を受け入れているのだ。貴様も大人しく不自由を味わうがいい)


 我の声に振り向いて、廃人は『娘』の期待を察したらしい。

 勘がよいのか、それとも我慢できなくなったのか、幼女は膝立ちで移動して、廃人の膝に座り込み身体をあずけた。


「……そろそろ寝る時間じゃないかな」

「だいじょうぶ、ちゃんとできたらパパの部屋にいてもいいって、ママと約束したもん」


 往生際の悪いことを口にしているが、それこそ突き放すことができない証でもある。我を抱えた幼き妹をのせて、廃人はゲームを続けた。キャラの動作に精彩が欠けているが、すごいすごい、と称賛されるだけの結果は出している。

 ここにきて、我はふと思考を巡らせた。

 いまはまだ『パパ』のかっこいいところを眺めているだけだが、いずれはゲームで遊びたいと欲求を抱くだろう。この幼女がコントローラーを手にしたとき、おそらく我は解放される。そして……痒いところを的確に、心地よく攻めてくる絶妙なブラッシング技術に、天性のものを感じさせる、この幼き妹は……兄を越えるのではないだろうか。


 ドアが遠慮がちに叩かれて、廃人の返事を待つことなく『妻』が顔を覗かせた。


 立ち振る舞いもよく似た母娘は、アイコンタクトで意志が伝わるらしい。

 母はこちらの様子を興奮気味にながめると、あんまり遅くまで邪魔しちゃダメよ、と娘に告げた。名残り惜しそうに『父娘』を見つめていたが、静かにドアを閉めて、パタパタと足早に立ち去っていった。


「ママったら、パパの部屋にくるとき、すっごく恥ずかしそうなんだもん、おかしいよね」


 そういう娘の方もまた、部屋から引き取りにきたであろう母の許可を得て、どうにも嬉しくて仕方ないらしい。思うままに身体を摺り寄せ、『パパ』に甘えている。


 そうだね、とつぶやいた廃人は、ぼんやりとゲーム画面をながめていた。心ここに在らず。なにやら考え事に耽っている。己の人生を振り返っているのか、ただの現実逃避か、あるいは現実から逃避することで『娘』の期待に応えようとしているのか……なんだろうとかまわんが……貴様、キャラの動きが神技レベルに到達しているのはどういうわけだ。


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