ストライプな生活のシスター
帝国北西部にある、田舎の農村、シロサ
「これが、皇太后も好むハクセイ絡みのアクセサリーです」
そう言って、毎度の如く格安で手に入れたアイテムを、田舎町で売りさばくクーパであった。
そんな時に、目の前を一人のシスターが通り過ぎていく。
「今のギリナだよね?」
首を傾げると、客の一人が質問してくる。
「商人さんは、シスターギリナを知っているんですか?」
クーパが頷くと、客の町娘が感心した顔で答える。
「偉いですよね、戦争孤児を育てる為の費用を、出稼ぎで稼いでくるのですから」
頬を掻くクーパであった。
「それって別人じゃないの?」
宿に戻ってギリナの事を話したクーパにオシロが聞き返す。
クーパが首を横に振る。
「本人だよ。色々確認したけど、間違いない」
ウドンが不機嫌そうな顔をして言う。
「シスターが詐欺師の真似事など言語道断だな」
クーパは、苦笑をする。
「仕方ないよ。ウドンもオシロも特殊技能者だからいいけど、そんな力を持ってない小娘が大金を稼ぐには、犯罪紛いな事をするしかない。さすがにシスターが体を売るって訳には、いかないしね」
オシロが嫌そうな顔で言う。
「どうしてそんな事をしてまでお金が欲しいのかね? あたしには、無理だね」
クーパは頷く。
「だろうね、オシロみたいなお子様には、無理だね」
オシロがクーパを睨む。
「何を! あたしの何処がお子様だって言うの!」
クーパが淡々と答える。
「ギリナがお金を欲しがる理由が解らないのが証拠でしょ?」
「何だと!」
オシロが目を吊り上げて、輝石を構えようとした時、ウドンがその手を掴む。
「止めないで!」
文句を言うオシロを、軽く小突いてからウドンが言う。
「何を怒っているんだ?」
クーパが少し溜息を吐いてから、自嘲気味な笑顔で言う。
「あちきもまだ子供だ。ギリナがどうしてそんな事をしなきゃいけないのかも理解できない、貴方達の気楽さに腹を立てても仕方ない事なのにね」
オシロが意外な言葉に、目をぱちぱちさせる中、ウドンが少しの思案の後、答える。
「戦争孤児の数は、それ程多いのか?」
呆れた顔をしてから、クーパが鋭く切り返す。
「冗談だったら笑えないよ。今の状況で、戦争孤児が少ないとでも思ってたの?」
ウドンが言葉を詰まらせるが、オシロは、本当に解らない様に首を傾げる。
「多いの?」
クーパの目がウドンの方を向くと、ウドンは、容赦なくオシロの頭を叩く。
「次、無知なところを見せたら、勉強に実家に帰れ、とてもじゃないが、ロ親衛隊の任務なんて出来ない」
オシロが慌てる中、クーパが小さい溜息と共に言う。
「先帝も、ロも賢帝過ぎなの。帝国は、大敗を知らず、国力を増大させてる。帝国民には、万々歳な状況だけど、それが何を意味しているか解る?」
オシロが、答えに困っている間にウドンが言う。
「他国への侵攻を行う余力を意味している。そして、侵略戦争が起これば戦争孤児が生まれる。しかし、陛下は、戦争孤児の扱いにも十二分な配慮を行っていらっしゃる!」
クーパが首を横に振る。
「ロは、だけだよ。ロの影響力だってこんな田舎には、十分に行き届かない。侵略して増やした領土を治めるのに、先帝もロも過剰な干渉をしない方針を示している。その為、地域によっては、戦争孤児の扱いは、酷い場合がある」
唾を飲むウドンにクーパが一枚のスカーフを見せる。
「これは、元敵国の有力者に、パンを収めていたパン屋の娘だからって、散々な目に遭って死んだ子のものだよ」
「嘘だよね?」
オシロが信じられない物を見る目でスカーフを見るが、クーパは、同意しない。
「しかし、陛下は、常に帝国民の未来を考えていらっしゃる」
ウドンの必死の言葉に、クーパが強く頷く。
「だから、百人の人間を救う為に一人を殺す事を躊躇わない。戦争孤児を救う為だけに、地方に過剰な干渉をして、帝国の秩序を乱すことは、絶対しない」
ウドンは、何も答えられないで居た時、ギリナが駆け込んできた。
「クーパ、力を貸して!」
必死の形相での言葉に、クーパが驚く。
「どうしたの?」
ギリナがクーパの腕を掴み、必死に縋りつく。
「あたしの大切な弟が処刑されそうなの! 貴女だったら、皇帝陛下の名前を使って止められる。だから、お願い止めて!」
クーパが混乱するギリナを宥め詳しい事情を聞きだすのに、かなりの時間を必要とした。
「つまり、元の領主の親族だった子が、あなたの教会に居て、その子が、今の領主への反逆の疑いで捕まって、処刑されそうなのね?」
クーパの言葉に、ギリナが頷く。
「貴女だったら、何とか出来るわよね?」
クーパが頬を掻く、躊躇しているとオシロが胸を張って言う。
「クーパが陛下の従兄妹だって話せば、何でも言う事を聞くよ」
その言葉に救いを感じ、ギリナが安堵の息を吐くが、クーパが首を横に振る。
「それは、駄目。少なくとも、ロの名前を使って強制するのは、ロの立場が悪くなるから」
ギリナが睨む。
「貴女も所詮、お偉い帝国貴族って事!」
オシロもクーパに詰め寄る。
「少しくらいなら、良いんじゃないの?」
ウドンがそんな二人の前に立ち、柄に手をかける。
「陛下に害をなすつもりなら、ここで斬り捨てる。それがロ親衛隊の役目だ」
ギリナも怯まず睨み返す。
「何が、賢帝よ! 自分の母親に似た従兄妹に欲情する変態じゃない!」
ウドンの剣が抜かれる。
『我が戦いの意思に答え、我が前に戦いの姿を示せ』
ウドンの剣を、クーパの蛇輝が受け止める。
「はいはい、ここが公衆の前だったらともかく、真実を知る人間だけだよ」
ギリナがクーパにしがみ付く。
「お願い! 一回だけで良いの! それだけだったら、皇帝陛下の威光に影響は、無い筈よ!」
クーパが大きく溜息を吐く。
「ロだけのことならともかく、居なくなった時の反動が大きいよ。多分、下手にちょっかいかけられるぐらいなら、戦争孤児を完全排除って事あるかも」
「幾らなんでもそんな事ないよ」
オシロが気楽に言うが、ギリナが真剣な顔で悩み、悔しそうに言う。
「あの領主ならありえる。強い物には、ひたすら媚を売って、万が一にもトラブルになる要素を潰すのに躊躇しない、ひたすら小物だから。中央の威光から、多少なりにも寄付をして来た奴だもん」
クーパが思案顔で言う。
「処刑を止めろとか、戦争孤児を手厚く保護しろと命令したとしても、少しでも負担になると考えたら、中央に知られないように処分するタイプだね。そうなると、絡め手で行くしかないな」
首を傾げる一同にクーパが告げる。
「ギリナが得意な手だよ。相手にさも得が有る様に誤解させて、お金を出させれば良い」
ギリナが察知して詐欺師の顔が出てくる。
「なるほどね。色々手は、あるけどどんな手で行くの?」
クーパが笑みを浮かべて言う。
「あっちが勝手に勘違いするやり方にするつもり」
二人が邪悪な笑みを浮かべて、作戦を練るのを見てオシロが言う。
「止めた方が良いのかな?」
「陛下の威信に傷つかず、戦争孤児が助かるのだったら、目を瞑るしかないな」
ウドンが小さく溜息を吐く、それは、落胆というより安堵の物であった。
領主の館で、領主は、算盤を弾いていた。
「もう直ぐ始まる戦争で成果を挙げれば、わしにも中央への道が開かれる」
そして、振り返った先には、とらえた問題の子が居た。
「お前は、その為の起爆剤になってもらう。圧制を敷いた前領主の親族を処刑、戦意向上には、丁度良い」
「ゲス野郎!」
子供が憎しみを込めて叫ぶが、領主は、気にしない。
そんな中、一人の密偵が入ってくる。
「領主様、ご報告した事があります」
領主が視線で促すと、密偵が喋りだす。
「領地の宿に、陛下の血縁と思われる御方が、宿泊して居られます」
その一言に、驚き、目を点にする領主。
「何故、この時期に? もう直ぐ戦争になるのだぞ? 視察か?」
落ち着きをなくして、熊の様に歩き回る領主。
「いかがなさいますか?」
密偵の言葉に、領主が大声で怒鳴る。
「今すぐ会いに行く。支度させよ」
そして、慌しく、準備が始まる中、忘れ去られた子供が一人、憎々しげに呟く。
「どんな奴だか知らないが、呑気な奴だぜ」
「もう一度確認するけど、領主には、顔は、ばれてないのね?」
眼鏡を外して、ドレスを着たクーパの言葉に、メイドの格好をしたギリナが答える。
「あたしの変装の腕を信じなさい」
「ギリナさんは、地元の人間なんだから、ばれる可能性高いんじゃない?」
軍礼服を身に纏ったオシロの言葉にクーパが言う。
「あちきもそう思うけど、オシロやウドンさんじゃ、口が足らな過ぎの」
ウドンがそっぽを向いて呟く。
「俺達の仕事は、戦う事だ」
苦笑しながらクーパが言う。
「それって違うよ。ロ親衛隊の仕事は、ロの事を護る事。だから、ロが暴走しないようにあちきの警護してるんでしょうが」
ウドンが苦虫を噛み潰した顔で頷くとギリナが言う。
「そういうことだから、陛下のご威光を護る為にもボロを出さないでね」
そうしている間に、宿の主人が扉を叩く。
「お客様、領主様がお逢いしたいと来ておりますが?」
クーパがウドンを促す。
「本人なのだろうな? 滅多な人間を、クーパ様に会わせる訳には、行かないぞ!」
ドアの外にでて対応するウドンに、宿の主人が慌てて答える。
「間違いございません!」
「ならば、通すがよい」
ウドンが尊大な態度で答えると、宿の主人が慌てて駆けて行く。
「クーパ様のご尊顔を拝見できる喜び、なんと表現すれば良いのか解りません」
皇太后とのパーティー参加で、有名になったクーパを、本人と確認してから頭を下げ続ける領主。
配下の人間もそれに習って顔を上げようとしないので、ギリナが口を押さえながら爆笑していた。
クーパが笑顔で告げる。
「理解していただいて居ると思いますが、これは、忍びの旅です。周囲の注目を浴びる事は、止めてください」
「はい!」
反射的に答える領主を見て、ギリナは気分を切り替え、最優先事項の為の釘を刺す。
「間違っても公開処刑などといった、クーパ様の目を汚し、クーパ様に有らぬ敵意が向くことは、止めて下さい」
「そ……それは……」
領主が躊躇すると、ギリナがウドンを促す。
「まさかと思うが、公開処刑をして、陛下の血族であられる、クーパ様に反抗者の敵意を向けさせるつもりなのか!」
領主は、顔を上げて、慌てて弁解する。
「とんでもございません! しません、公開処刑等、絶対に行いません」
それを聞いて、クーパが申し訳なさそうな顔をして言う。
「すいません。領内の政治に口を出すような事を言ってしまって」
叔母似のクーパの憂い顔に見惚れる領主。
クーパの表情が明るくなり、ギリナの方を向く。
「お詫びに、例の件を伝えたらどうかしら?」
領主がいきなりの展開に戸惑うなか、ギリナが厳しい顔つきで言う。
「クーパ様、陛下のお考えを、このような場所で明かしては、いけません」
聞き捨てならない言葉に、領主が耳を大きくするのを横目で確認しながら、クーパが言う。
「しかし、ご迷惑をおかけしているのですから、少しくらいでしたら良いのでは?」
クーパの小さな主張にギリナが強い口調で反論する。
「絶対にいけません! 事は、政治的な事なのです。政治と関らないクーパ様がみだり口を出しては、いけません!」
領主は、その強い反論に出世の匂いを感じ取る。
「クーパ様、この私を信じてください。決して陛下の政治の邪魔になるような事は、致しません」
クーパがその言葉で笑顔になる。
「この人もこういっていますし、良いのでは?」
ギリナが難しい顔をして、悩んだ後、領主に詰め寄る。
「良いですかこれは、中央でも一部の人間しか知らない事。万が一にもその情報が漏れた場合、貴方には、それ相応の罰が下ると思っていて下さい」
領主が緊張の唾を飲み、頷くとギリナが話し始める。
「陛下は、今、戦乱で生まれた戦争孤児を集めて、新たな新設軍を生み出そうとしています。そもそも、その考えの基本には、身内の居ない戦争孤児という捨て駒になる兵力を使った神風作戦があり、その下準備の為、各地の領主には、戦争孤児の保護を通達しているのです」
領主が以前あった通達の意味に納得して頷く。
ギリナが内心でガッツポーズをしながら言う。
「新設軍設立の際に多くの戦争孤児を集められた領主には、それ相応の地位が与えられると思われています。これ以上は、言う必要はありませんね?」
領主が何度も頷く。
引き返そうとする、領主にウドンが一言。
「ちゃんとご飯を食べさせてない子供では、戦力にならないぞ」
「了解しました!」
思わず返事をする領主であった。
シロサの教会。
「あの子も戻ってきた上、領主からの寄付金も大幅増額で、他の土地で食うに困っていた子供達も引き取り、世話も大変よ」
大変といいながらも、本当に嬉しそうに言うギリナ。
「でも良かったの、あんな嘘を吹き込んで?」
世話の手伝いをしていたオシロの言葉に、クーパが平然と答える。
「あれが嘘だとばれたら問題だけど、どうやったらばれるのかな?」
「普通に確認取れば、すぐ判明する事でしょ?」
オシロの返答に、ウドンが頭を叩く。
「やっぱ実家に戻るか? 極秘事項で、一部の高官しかしらない情報を、一領主が確認とれるわけ無いだろう。その上、こういった計画は、数年単位で行われるのは普通だ。少なくともその期間は、援助は、続くだろう」
クーパが頷くが、思案顔でギリナを見る。
「その後、前より大変になるけど、良かったの?」
ギリナは、忙しそうに働きながら答える。
「そうなったらまた、あたしが出稼ぎに行けばいいだけの事。一人でも多くの子供が救えるのなら、それって苦労でも何でもないよ」
シスターの笑顔に、クーパ達は、尊敬すら覚えるのであった。
シスターギリナのお話し。
彼女が詐欺師をやっていたのは、戦争孤児を育てる為。
この世界では、連続する侵略戦争で多くの戦争孤児が居るので、彼女の苦労は、続くでしょう。
そろそろダークな面が加速してきた所です。




