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8.高まる熱


「カメリア、今日は君に伝えたいことがあって来たんだ」


 いつになく熱を帯びたサファイアの瞳がカメリアを射抜く。

 きっと想い合っているはずだとこれまでのやり取りから確信していたものの、エルネストの気持ちがいざ言葉になって届けられるのだと思うと、今にも破裂しそうなくらいに鼓動が速くなった。


「あのガゼボで激情を歌う君を見た時から、目が離せなくなった。こんなにも女性に気持ちを動かされるのは生まれて初めてだ」


 エルネストの紡ぐ言葉をじっと聞いている。

 溢れる気持ちが涙になって外へと出ようとしたけれど、愛する人の顔が見れなくなってしまうのが勿体無くて、カメリアは視界が潤むのをぐっと堪えた。


「カメリア、君を愛している。……君がいつまでも歌い続けていられるように、一番近くで守らせてはくれないだろうか」


 それは紛れもなく、カメリアが心の底から望んでいた言葉だった。

 いよいよ止められなくなった涙がポロポロとこぼれ、ドレスに染みを作っていく。

 エルネストは少し驚きながらも包み込むようにカメリアの手を取ると、まるで宝物を愛しむかのように口付けた。


「私、エルネスト様からその言葉をいただけたらどんなに幸せだろうって、考えない日はありませんでした」


 途切れ途切れになりながらも、少しでも伝わるようにと想いを込めてゆっくりと伝える。

 エルネストもその全てを聞き逃さないように真剣に耳を傾け、時折頬を伝う涙をそっと拭ってやった。

 愛する人から同じように愛を返してもらえることのなんと素晴らしいことだろう。

 これほどまでに幸せを歌いだしたくなる日は初めてで、それを伝えるとエルネストはぜひ聞かせてほしいと嬉しそうにはにかむのだった。


「今すぐ抱きしめてキスしたい気持ちだが、手を出すと父君に叱られてしまうな」


 そう言われてハッとする。

 そういえばそろそろアーノルドが戻ってきてもおかしくない時間なのでは、と控えていた侍女に目配せすると、やや申し訳なさそうに当主の帰還を伝えてくれた。

 ほんの少し前に訓練場から戻ってきたようで、応接間で歓待の準備をしているという。

 ゆっくり戻ろうか、と庭園を散歩しながら屋敷へ向かう最中もしっかりと手は絡めたままで、数段甘さを増したエルネストにカメリアの顔は熱くなりっぱなしだった。


 応接間ではすでにアーノルドが待機しており、挨拶を交わす二人を見守った後、カメリアは涙で濡れたドレスを着替えるべく自室へと下がっていた。

 せっかく想いを伝え合ったのだから大胆にいきましょう、と強引に勧めるニナにされるがままとなり、濃紺に銀色の刺繍が印象的なドレスへと召し替える。

 髪飾りと相まって全身でエルネストのものだとアピールしているようで、流石に浮かれすぎではと思ったものの、そのまま押し切られ応接間へと戻ることとなってしまった。


 入室した瞬間、カメリアはアーノルドの持つ雰囲気がほんの少し張り詰めているように感じた。

 アーノルドはエルネストの色に染まって戻ってきた娘に気づき目を見開いたが、やがて柔らかい表情となり、ぽつりと呟いた。


「……カメリアはエルネスト殿下を愛しているんだな」


 先ほどまでの空気感はどこへやらといった感じで、アーノルドは晩餐まで領地での滞在を楽しんでほしいと告げ、すぐにいなくなってしまった。

 カメリアが状況が飲み込めずぽかんとしていると、エルネストは二人で話していた時のやり取りについて教えてくれた。


 アーノルドはエルネスト――というより王族の訪問をあまり良く思っていなかったようだ。

 わざと鍛錬を長引かせ遅れてくる無礼もちょっとした仕返しで、いっそのこと気を悪くしてさっさと帰ってしまえばいいとでも思ったのだろう。

 いくらシリル本人でないとはいえ、血を分けた兄弟ならば同じように娘を扱われるのではと警戒していてもおかしくない。

 アーノルドはそれが不敬にあたることは重々承知していたが、王家からの信用よりも傷つけられて帰ってきた一人娘の方が大切だからと、包み隠さずエルネストに伝えたそうだった。


 カメリアが父の無礼な振る舞いに慌てて謝罪をすると、いつもと変わらない笑顔で気にしていないと許し、むしろカメリアがご両親に愛されていることがわかってよかったと話した。

 エルネストはラフォン辺境伯家に正式に婚約を申し込みたいと告げたが良い反応はもらえず、どう攻略しようか考えていたところにカメリアが自分の色を身につけて戻ってきて、現在に至ったのだ。


「君が帰ってきた時、時が止まったかと思ったよ」

「はしたなかったですわよね? あぁ、やっぱり別のドレスにすればよかったかしら……」


 今からでも着替えに行ってしまいそうなカメリアを縫い止めるように、長い指が絡まった。

 するりと隣に座るよう誘導し、絡めたままのしなやかな手を自らの膝へと乗せる。


「好きな女性が自分の色に染まっているのはこんなにも気分がいいのだな」


 カメリアのひとつひとつを慈しむように細められた瞳はとろりと甘く、繋がった手の温もりからは愛情を深く感じる。

 

 恋人になったばかりの二人の熱に当てられる前にと、ニナは部屋で控えていた侍女たちを静かに下がらせた。

 このまま二人を見ていたら頭の隅まで砂糖漬けにされてしまうのでは――そんなことを考えながら、多少の()()()には目を瞑ろうと、晩餐会まで敬愛する主人たちの幸せないちゃいちゃを見守るのだった。



 ***



 あのあと、カメリアとエルネストの間に特に()()()が起きることはなく、至って健全なお喋りをしながら晩餐会までの時を過ごした。

 口付けくらいなら見ないふりをしてあげたのに、とニナは内心残念な気持ちでいる。

 見目麗しい二人のラブシーンはロマンス大好きなニナにとってこの上ない栄養になるからだ。


 アーノルドは濃紺に染まったカメリアを見た時からころっと態度が変わって、今では完全にエルネストを未来の娘婿として可愛がっている。

 朝の鍛錬や領地の見回りに同行させたがり、カメリアは「エルネスト様を独り占めしないでくださいませ」と頬を膨らませることになった。


 また、騎士団ではアーノルドとエルネストの模擬戦が執り行われた。

 自ら武器を取り日々領地を守る騎士団長と王宮騎士団で無類の強さを誇る第二王子の戦いともなれば、一目見ようと押し寄せた団員や領民で溢れかえり、さながら祭りの様相だった。(模擬戦はギリギリのところでアーノルドが勝利した)

 

 エルネストはカメリアと下町で過ごすうちに領民たちともすっかり打ち解け、今では街を歩くたびに声をかけられるようになった。

 領民たちも初めは王族だからと遠巻きにしていたが、カメリアと仲睦まじく串焼きを食べている様子を目にしたり、本人が領民に気さくに話しかけていったことですぐに距離は縮まった。

 特にカメリアがよく歌っているレストランの店主とは酒を酌み交わす仲になっており、エルネストが王都へ帰る少し前にはアーノルドも加えた三人で朝まで飲み明かしたほどだ。


 そう遠くない未来に、エルネストはラフォン辺境伯領に戻ってくる。

 二人の結婚式には領民総出でお祝いの宴が開かれるのだろう。


 愛する両親と家族のような領民に見守られながら、カメリアは夫となったエルネストの隣で、世界で一番幸せな歌を歌うのだ。

 狭い籠から解き放たれた美しい金糸雀が、これからの未来が幸福で満ち溢れるようにと、高い空にのびのびとしたソプラノを響き渡らせて。



 

終わりに向けて駆け足になってしまいましたが、無事完結させることができました。

初めて一本の小説を書き上げた喜びで胸がいっぱいです。

拙い文章ではありますが、お楽しみいただけたら幸いです。

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