7.懐かしいもの
無事ラフォン辺境伯領へと帰り着いたカメリアは、両親にきつく抱きしめられて温かく迎えられた。
王家への輿入れが叶わない結果となったが、両親はひとつだって責めることはなく、カメリアが幸せになるならば何でもいいと笑ってくれた。
特にアーノルドはカメリアの不在が相当堪えたようで、しばらく嫁には出さないと言い張り母と二人で苦笑いしつつどうにか宥めたのだった。
しばらく長旅の疲れを癒した後、カメリアは孤児院へと向かった。
シンプルながらも丈夫な鉄の門をくぐり抜けると、庭で遊んでいた子供達にさっそく取り囲まれてしまった。
カメリアの帰りを随分と心待ちにしていたのだろう子供達から、子守唄をはじめとしたたくさんの歌をせがまれる。
カメリアはその全てをのんびりと歌いあげ、満足して眠ってしまった子供達の髪を優しく撫でるのだった。
それから教会やいつものレストランにも顔を出し、領民達に戻ってきたことを報告した。
王妃になることを期待していた領民達をがっかりさせてしまったのではないかと恐る恐る顔を出したカメリアだったが、純粋に帰還を喜んでいる領民達の様子を見て、いつしか以前のような自然な笑顔で過ごすことができていた。
歓迎ムードもやがて落ち着き、以前と変わらない生活がまた始まった。
心の赴くままに歌を歌い、下町で領民達と談笑する。
今まで通りに歌っているはずなのに、王宮でシリルに歌っていた頃よりもずっと声が出しやすいと気付き、カメリアはいかにストレスを感じていたのかを思い知った。
王宮での暮らしが嫌だったわけではないけれど、きっと自分にはこの街が合っているんだわ。
そう思うとますます辺境伯領のことが大好きになり、その日の夜はいつにも増して楽しそうな歌声が街に響き渡った。
そうして王宮で過ごした時間と同じくらい経った頃、カメリアの元に一通の封筒が届けられた。
「……エルネスト様」
紛れもない王家の紋章と、認められた愛しい人の名前をそっと撫でる。
久しぶりにその名前を口に出すと、それだけで頬が熱くなるような気がした。
二ヶ月ほどで帰ってくると言い残し遠征へ旅立っていったエルネスト。
婚約者候補でなくなったカメリアに気付き手紙を送ってくれるだろうかと、郵便が届くたびにそわそわしていたのだ。
丁寧な文字で綴られた手紙には、まずはじめに予定よりも遠征が長引いてしまい連絡が遅れたことへの謝罪があった。
約束なんてしていないのに律儀なところがエルネストらしい、と顔が綻ぶ。
続けて、カメリアがいないだけでいつものガゼボがくすんで見えるといった口説き文句と、近いうちにラフォン辺境伯領へ訪ねたい旨が綴られていた。
カメリアは慌ててレターセットを取り出すと、急いで返事を書き始めた。
伝えたいことはたくさんあるのに、私も早く会いたいです、いつでもお待ちしていますという在り来たりで短い文章しか浮かんでこない。
しばらく唸りながら文面を考えるもいいアイデアが浮かぶことはなく、せめてもの気持ちで愛用している香水を一振りしてから封をした。
少しでも早く愛しい人に届くようにと祈りながら。
***
最初の手紙が届いてから一ヶ月ほど経った頃。
カメリアは朝からそわそわしながら鏡の前で立ったり座ったりを繰り返していた。
「ねぇニナ、やっぱりこっちの髪飾りの方がいいかしら?」
「もう三回目ですよお嬢様」
普段はあまり身に着けない、ささやかにきらめく宝石のついた髪飾りを見比べながら、あぁでもないこうでもないと繰り返す。
今日はいよいよエルネストがラフォン辺境伯領へ訪ねてくる日だ。
カメリアは訪問が決まった日からずっと落ち着かない様子で、当日の朝からはずっとドレスやアクセサリーに悩み続けていた。
「この色はやっぱりはしたないんじゃないかしら? まだ婚約者になったわけでもないのに」
ゆるく結われたカメリアの髪で輝いているのは、虹色の光が美しい小さなオパールと静かな煌めきを湛えるサファイアがあしらわれた銀細工だ。
せっかく久しぶりに会うのだからと気合を入れて準備していた時、エルネストを思わせる宝石と精密な細工に一目惚れし、手元に迎えたものだった。
この髪飾りを着けて会えば、きっと一目で好意が伝わるに違いない。
「第二王子殿下もきっと喜んでくださいますよ。こんなに可愛らしいお嬢様に情熱的に迎えてもらえるんですから」
ずっと付き合わされていたニナはやや呆れた様子でカメリアを見た。
エルネストがカメリアを好いている――いや、愛しているのは誰の目にも明白だ、とニナは感じていた。
何をかくそう、エルネストからの手紙を読んでいる時のカメリアの表情は照れたりにやけたりと、とにかく幸せそうなのである。
流石に内容までは知らないが、おおよそ情熱的な口説き文句が並んでいるのだろう。
「……お嬢様に会いにはるばる王都からいらっしゃるのです。どうぞ自信をお持ちくださいませ」
未だ不安げなカメリアの手をそっと取り握りしめる。
そうしてカメリアを落ち着かせていると、ノックの音と共にエルネストの到着を知らせる侍従からの報告がやってきた。
「エルネスト様!」
慌てて転ばないように気をつけながら玄関ホールへ向かうと、そこには騎士団の外套に身を包んだエルネストの姿があった。
しばらくぶりに見る愛しい人の顔に、思わず抱きついてしまいたいような気持ちになるのをグッと堪え、カメリアは恭しく貴族の礼をとった。
「エルネスト第二王子殿下におかれましては、遠路はるばるラフォン辺境伯領までお越しくださり、恐悦至極に存じます」
「……久しぶりに会ったというのに、随分他人行儀なんだな」
エルネストはそっとカメリアの側へ寄ると、さっそく髪飾りに気付いたようで嬉しそうにはにかんだ。
薄桃色に色づいた頬を優しく撫でると途端に頬は薔薇色へと色濃く染まり、カメリアは嬉しさと恥ずかしさで隠れてしまいたい気持ちになった。
「遠征がこんなにも長く感じたのは初めてだ。すっかり君に依存してしまっているらしい」
「わ、私もご挨拶もできないまま帰ってしまって……また会えて嬉しいです」
明確な言葉は交わしてないものの、初々しい恋人同士にしか見えない二人のやり取りを使用人たちが柔らかく見つめる。
このままラフォン邸の玄関が二人の世界になってしまうかと思われたが、生暖かい視線に気づいたカメリアはその場から逃げるように庭園へと誘った。
「父はまだ訓練場から戻っておらず……せっかくエルネスト様がいらしているのにお待たせして申し訳ございません」
「いや、辺境伯も気遣ってくれたのだろう。そのおかげで君と二人で話せるのだから感謝しなくては」
庭に誂えられたガーデンテーブルに場所を移した二人は、久しぶりのお茶会を楽しんでいた。
もっとも、王宮のガゼボで密会していた時よりも数段豪華になってはいるが、二人の間に流れるほんわかした空気に変わりはない。
一度話し始めると止まらないもので、遠征中の出来事や辺境伯領での出来事など、手紙には書ききれなかったことを交互に語り合う。
そうしてしばらく話しているうちに、ふと静寂が訪れた。




