038_闘獣祭_⑥_【ディアドラ】
■Side:Deirdre
「馬鹿だねぇ、彼は」
神様が呆れ果てたようにいいました。少しばかり鼻で笑っていたようにも見えます。
競技場でのやりとりは、私たちも耳にすることができました。神様のはからいによるものです。
『彼女の言動を聞いたら、きっと配下に欲しいだなんて思わなくなるよ。なにせ彼女は納得しない限り、絶対に云うことを聞いてくれないからね』
といって、周囲にいる貴族家へ牽制しているようでした。
「せっかく彼女が面子を考えて、撤退する理由をつくってあげたのに、それを潰してあの様だよ。ただの人間が単騎であのサイズの魔獣をまともに相手にできるわけないだろ。
神話にでてくる英雄なんてのは、さんざん話を盛られてるから活躍していることになっているのさ。それに加えて、大抵は神器を貸与されているものだ。だから結果を出せている。
そこらで買った剣と意地だけでどうにかできるもんじゃない。やるなら用意周到に罠だのなんだのと、卑怯卑劣極まりない準備をしてどうにか運が良ければ――ってとこさ。
まともに討伐を考えるなら、ひとりで立ち向かうなんて馬鹿な真似なんてしないよ。
おかげで彼女が前言撤回して、あの馬鹿を助ける羽目になっちまった。
多分彼女、内心かなり憤慨していると思うよ。身の程を過剰評価しているリーダーなんて、仲間と部下を死地に追いやる害悪でしかないからね。
もし彼らを手駒に加えたいと思っているのなら、あのリーダーだけはやめときな。絶対に命令なんて無視するだろうからね」
神様の言葉は辛辣です。ですがそれは当然のこと。
そっと父と叔母上の方へと視線を向けます。叔母上はいつもと変わらぬ様子です。いえ、どこか楽し気な雰囲気が感じられます。
それもそうでしょう。お姉様、仮面の魔術師の戦闘を直に見ることができるのですから。
一方、父はというと僅かに表情を堅くしています。神様のお言葉が堪えたのでしょう。あの冒険者を評した内容は、お父様に当てはまる部分も多いですから。
まぁ、お父様は配下を撤退させ、自分だけで戦おうとするでしょうが。そうして副官に後ろから殴られて失神したところを運ばれるという失態を犯すのです。
……私が生まれる前にやらかしたらしいですからね。お爺様が嘆いていました。
闘技場では、突進する魔獣ゴーゴンを平然と受け流し、じっくりとゴーゴンを観察しているお姉さま。
自慢の突進をそらされたゴーゴンは、お姉さまが跳ね飛ばされも、踏みつぶされもせずに平然としていることに理解が出来ていないようです。
貴賓席でもザワザワと話し声が広がっています。
王妃殿下が避難せず、どっしりと席に構えていることから、臣下である私たちもまた避難するわけにもいかず、こうして観覧を続けています。
もっとも、王族の席にほど近い位置に座している私たちは、こここそがもっとも安全であると理解しているからこそ、避難もせずにいるわけですが。
闘技場を眺める、端正な顔立ちの金髪の男性の姿をした神様は、実に楽し気な様子。
「事前情報を渡しておいて正解だったな」
「事前情報ですか?」
クローディア叔母さまが訊ねました。
「釘差しとも云えるかな。だからああして時間稼ぎをしているんだよ。その気になれば、あの程度の【這いずるモノども】なんて消し炭にできるからね。いかに天使級並みの力を持ったとしても、所詮はただの【這いずるモノども】に過ぎないからね。能力事態は大したことはないのさ。
ああしておけば、あのゴーゴンは同類のゴートベア、【這いずるモノども】に憑かれた魔獣を呼び出して融合するはずさ。
個別に複数相手にするよりも、合体させてひとつになったところをまとめて始末する方が楽だろ?」
そ、そうでしょうか?
確かに、マウラが巨大な竜に変じた時はそのような感じではありましたが、あれは特殊な事例でしょう。
実際、マウラは巨大になったことによって、自身の体をまともに制御出来ていたようには見えませんでした。ほぼ置物のようでした。尻尾は振り回していましたけれど。
ですがあのゴーゴンは違います。元よりあの姿で活動していたのです。そうそう動きを封じる――
お姉さまが光の魔法を撃ち放ち、ゴーゴンの足を消失させました。確かあれは、クグローツ砦で【魔】を焼き殺した魔法。
そして更にお姉さまは後ろ足と頭部をおよそ半分消失させました。
本来なら、頭をあそこまで失えば魔獣とはいえ死亡します。ですが闘技場にいるアレは、そのような状態となっても咆哮をあげています。
【魔】の生命力の強さを改めて思い知らされます。
「ふむ。やっぱりアレ、ちょっと違うなぁ。下っ端の【這いずるモノども】なら、【光破】で十分消滅させられるんだけれどね。肉体の部分だけしか消せてないね。こっちで生まれたからかね。おかしな変異をしているみたいだ」
神様が目を細め、唸るような声をあげています。
「【支配】のヤツより、先に【増殖】の方が厄介になるのは予想外だったな。どうすっかなぁ。あのゴミの手伝いはしたくないんだよなぁ……」
ぼそりとつぶやいた神様の言葉が怖いです。
闘技場では変化ありました。
助けを求めるように吠えるゴーゴン。それに答えるように、闘技場の壁……いえ、魔物の出入り口となる大扉が破壊され吹き飛びました。
そこから這い出して来るのは、立派な角のヤギの頭に熊の体のゴートベア。その身の丈は一般的な民の住む家屋よりも大きいでしょう。
伯爵はあんな化け物をいかにしてとらえたのでしょう? いえ、冒険者ギルドに所属する冒険者が優秀なのでしょうけれど。
あたりを見回したゴートベアは、四つ足ではなく、まるで人のように二本足でお姉さまに向かって歩き始めました。
その足元にはゴブリンの集団。
どうやらゴブリンも多数捕獲していたようです。
「さて、お集りの貴族諸君。よく見ておきな。君らが【魔】と呼ぶ【這いずるモノども】がどれだけ厄介か、これからよくわかるよ。
もっとも、それはウチの子があっさりと倒してしまうけれど、それでも【這いずるモノども】がどれだけ化け物かわかるはずさ。
あぁ、あの子は絶対に君たちにはあげないよ。欲しけりゃ第七聖女があまりのクソガキっぷりに泣きながら面倒を見ている勇者ふたりにしとくといい。甘ったれた愚図だけれど、力だけは女神から与えられた本物だからね」
ゴーゴンの横を抜けようとしたゴートベアとゴブリンたちが、ゴーゴンの体から飛び出した触手につかまりました。
そしてそのまま引きずられ、ゴーゴンに吸収されていきます。
それはあの時、上半身を失ったマウラが周囲の死体を取り込んだ時と同じような光景。
ほどなくして吸収は終わり、ゴーゴンはその姿を変じました。ゴーゴンの半身、後ろ足、いわゆる腰の部分にゴートベアの上半身が生えたような姿に。マウラのように巨大化はしていませんが、その異様な姿に、周囲から恐れるような声が漏れています。
そしてゴーゴンが姿を変じている間に、お姉さまも変身していました。
それはあの時にみた、竜を模した仮面を被った青い衣装の色違いの姿。
薄青色の縁取りのついた白い竜の化身のような姿に。
「へぇ。あの変身は初めて見るな。以前云っていた白竜タイプの打撃魔術師仕様かな? 【這いずるモノども】相手に試用とか、また無茶なことを」
神様が呆れています。
って、試用って、え? お姉さま!?
「確か、白竜は冷気って云ってたかな? 結構、気温によって影響を受けそうだなぁ。熱する方向はともかく、冷やす方向となると効率が悪そうだ」
「冷やす方が、難しいのでしょうか?」
思わず神様に問うてしまい、私は慌てました。でも幸い、神様は気にしておられないようです。よかった。
「難しいというかね、温度には下限ってのがあるんだよ。それ以上は冷やせないって限界がね。一方、上限は理論上ないようなものさ。だから威力をだすだけなら、熱するほうが楽なのさ。
数値でいうと、水が凍る温度を0とした場合、下限は凡そ-273。上限は無し。ちなみに鍛冶屋が鉄をぶっ叩いてる温度は800くらいだよ」
神様の説明に、私は思わず目を瞬きました。
以前、鍛冶場を見学したことはあります。赤く焼けた鉄。あれの温度が800。だというのに、冷やす方は273で頭打ち。わずか273。なるほど、それでは、私たちが普通に活動している程度の温度でも、簡単に温まってしまいそうです。
闘技場ではゴーゴンの変化が終わり、戦闘が再開されました。
ゴーゴンの背に生えたようになったゴートベアが、見たこともない魔法を使い始めました。
頭上にいくつもの黒い球を生み出し、そこから黒い稲妻を無作為に周囲の落としています。
「なんだありゃ。完全に天使級並みじゃないか。単なるイレギュラー個体による統率結果ってんなら構わないんだが……」
神様がため息をつきつつ、ぼそりとつぶやきました。
あぁ、面倒臭い……。と。
お姉さまは魔獣の周囲を回るように走っています。時折、地に足をつけた地点がわずかに輝いています。
あれはマウラとの戦いのときに見ました。あの光が灯った場所に、魔法陣が設置されているのです。更には上空に何かが……氷の塊でしょうか? 先ほどから氷の魔法を使っていることから、あれを生成しているのはお姉さまでしょう。
ゴートベアが攻撃方法を変えました。頭上から撃ち降ろしていた黒い雷を、まるで剣のように両手に持ち、お姉さまに向け横殴りに降ります。そしてそれを華麗に、変わった跳び方で躱すお姉さま。
「あぁ、君たちは知らないか。あれは背面跳びって呼ばれている跳び方だよ。あれを初めてやった人物は、それはそれは笑いものになってね。でもね。あの跳び方が最適とされてからは評価を一転されてね。
君たちも気を付けるといいよ。なにかを笑いものにするときは特にね。でなければ、自分が恥をかいた上に、利益を得る機会を失うことになる。自身のプライドが邪魔をしてね」
ちらりと視線だけ、神様は周囲の貴族たちに向けました。たちどころに周囲の空気が微妙に不穏なものとなります。
ただ、王妃様や叔母さまは楽し気な様子です。
「お、氷塊を動かしたな。……あぁ、ヤツが結界からはみ出したのか。また押し込むのに強引な方法を――あ」
氷塊の激突を受けゴーゴンが傾くと同時に、ゴートベアがその左手から撃ちだした黒い雷が跳ねるような動きをしました。突然のことに、ゴートベアも慌てたのかもしれません。
ですが――
「お姉さま……腕が……」
「あー。やっちまったねぇ。まぁ、病み上がりみたいなもんだから、まだ感覚が狂ってるんだろうな。お、治すのは後回しか。実に彼女らしい。必要とあれば、腕が折れてようが、その腕で相手を殴りつけるのか彼女だからね」
は? 神様はいまなんといいましたか? いえ、いまは闘技場のほうに集中しましょう。このことはあとでお姉さまに直接聞けばいいことです。
魔獣の周囲に青白い光の柱が立ち上りました。その数は6本。そしてその柱の間に半透明な壁が現れました。
そしてお姉さまは、先ほど闘技場へと降り立った時のように、跳躍の魔法陣を以てして魔獣の上空へと跳び上がりました。その途中で、まるで花が開くように魔法陣が展開されていきます。
あぁ、この光景は――
お姉さまが体をひねりながら宙返りをし、蹴りを放つ姿勢を取ります。そして伸ばした右足が花開いた魔法陣に触れた直後、急激に加速して魔獣の体を貫きました。
魔獣を貫き、地上に再度降りたお姉さまは、地面を滑るように魔獣より距離を取り、余剰な蹴りの勢いを殺し止まりました。
身をかがめるような前傾姿勢で、右手を地につけて。
背後で息をのむような声ならぬ声が聞こえました。視線を向けると、アンナマリーが胸元で両手を握りしめて、目をキラキラとさせています。
えぇ、私も、周囲の目がなければ同じような、いえ、それ以上にはしゃいだことでしょう。
闘技場では、お姉さまが魔獣を抑え込んでいた結界を解きました。そこに現れたのは、真っ白に全身を霜付かせ凍り付いた魔獣の姿。
お姉さまはゆっくりと右手を掲げるように伸ばすと、指を鳴らしました。
当然、距離的に音は届きません。ですが、その直後、魔獣の背のあたりを始点に、バンッ! という音ともに空間が歪む? 撓む? とにかく、なにがしかの衝撃が起きたことがしっかりと視ることができました。
まるで、“音”を目で見ることができたかのようです。
氷の彫像と化していた魔獣は、その衝撃波を受けたからか、粉々に砕け、まるで塵の山となりました。
「ちょっと解説をしようか」
神様がこの状況にわずかに困惑している皆に向け云いました。
「さっきもいったけれど、温度には下限がある。その下限にまで冷やすと、物質はその形を保つことすら出来なくなるんだよ。
だから彼女はそこまでカチンコチンに凍らせて、衝撃を与えることで粉々にしたのさ。さすがにあそこまで粉砕されたら【這いずるモノども】も死ぬしかないね」
その事実に驚くしかありません。お姉さまからいただいたテキストには、そういったことは記されていませんでしたからね。基本の書物とのことでしたから、いま神様の仰られたことは、さらに深い知識ということでしょう。
闘技場ではお姉さまが天使の姿へと変わり、空に舞ったところでした。そして宙で消え――
「あちゃあ。見つけちまったか。まったく、どうやったらあの娘を休ませられるんだ?」
神様はまるで処置無しとでもいうかのように、深くため息を吐いていました。
そしてそれからややあって、スキンヘッドの大男をその手にぶら下げた天使様が、私たちの目の前に現れたのです。




