037_闘獣祭_⑤
牛も猪も突進するものだと、あらためて思い知らされる。
しかもその図体のせいで、速さが普通のサイズのものと比べ段違いだ。歩幅の差でここまで変わるのか。
そういえば、巨大ロボットアニメの話で、歩行の際の爪先部分がどれだけの速度になるのか、なんて考察を見たことがあるな。普通に時速にして50、60になるし、サイズによっては音速を超えるとかなんとか。
うん。なるほど。納得だ。
牙先がゴリゴリと盾の表面を削り掠める。その衝撃で私はゴーゴンの左側へと弾かれた。
よしよし。十分盾で逸らすことはできるな。
走り抜けたヤツに右手を向け、魔法を放つ。狙いは足だ。
「【光破】」
放たれた光線がゴーゴンの右後ろ脚、脛のあたりを消失させた。が、【這いずるモノども】本体にはさしたダメージが入っていないようだ。
頭部同様、半透明の形で足が残っている。だがその巨体をまともに支えるだけの強度はないのか、ぐしゃりとへしゃげるように足が捩じれ、ゴーゴンは横倒れに転倒した。
ほれほれ、とっとと仲間を呼べ。ここでお前を倒しきって、結果逃げられるとか面倒でしょうがないからな。
ヨロヨロとゴーゴンが立ち上がる。さすがに土台となっている肉体が消失しているせいか、【這いずるモノ】だけで足として支えるのは厳しいようだ。
まぁ、本体はスライムみたいなものだからね。骨格がないんだから仕方のないというところだろう。
っと、地面を掻いているな。3本足になったっていうのにまだ呼ばないか。それじゃ今度は左前脚を潰してやろう。
容赦なく【光破】を撃ち、左前脚を消失させる。
もちろんゴーゴンは無様に前のめりに倒れた。
さすがにここまでしてやられたらどうにもならないと思ったのだろう。天を睨むように咆哮を上げた。
ひとつ、ふたつと、息継ぎをしながら連続で咆哮する。
まさに隙だらけだが、私としてはとっととひとまとめになってもらいたい。大物二体を相手するよりも、超大物一体を相手にする方が楽だ。
騒がしい魔獣を眺めていると、奥の闘技場の壁が轟音を立てて吹き飛んだ。そしてそこから現れたのは、頭部が山羊となった熊。
ゴートベア。見た感じはずんぐりとしたバフォメットみたいな魔獣だ。身の丈はおおよそ3メートル半といったところだろうか。
この間のメイドが化けたものよりは小さいが、さて、多分、ひとつに融合するだろうけれどどうなるかな?
うん。ほかの魔獣も全部逃げ出してきたみたいだ。ゴートベアが檻を壊したかな。ゴブリンが多いな。よくもまぁ、あれだけ捕まえてきたもんだよ。
わらわらとゴートベアを中心にした群れが私の方へと向かってくる。
ゴートベアとしては、ゴーゴンのことなどどうでもいいのだろう。脇を素通りする勢いだ。
でもそれをゴーゴンは許さない。その体が弾け、触手のような半ば透明ななにかが飛び出した。
もとより、ゴーゴンは自己修復のために仲間を呼んだようなものだ。
うん。あの時のメイドと同じだ。おそらくは一方通行の変身であったろうに、迷わずに周囲の死体を取り込んで化けたからね。ま、体が焼け焦げたからだろうけど。
触手はもれなく魔獣どもを貫き、捕食するかのようにゴーゴンに取り込まれていく。ゴブリンや、サルのような人間サイズの魔獣はなすすべもなく食われていくが、ゴートベアは激しく抵抗している。
ふむ。同じ【這いずるモノども】でも、個としての意思はあるのかな? よろこんでひとつになろう、っていうのはないみたいだ。
動けないゴーゴンをゴートベアが殴りつけてるけど、これは不用意に近づいたゴートベアが食われて終わるか。
さてさて、どんな姿に化けるかな?
と、そうだ。私も今のうちに変身しておこう。
レッグホルダーから新作の 結晶を引き抜く。色は青みがかった乳白色。
構想だけして放置していたものを急遽創ったやつだから、神様もこれの詳細は一切知らない。神様には、基本、創ったものだけを説明していたからね。こいつのコンセプトは、できるだけ周囲に被害をもたらさない、だ。
人差し指と中指で挟んだ結晶を仮面に当てる。
「変身」
《Change White Dragon》
《become Strike Mage》
《mode Freeze》
姿を変える。ベースは白竜、ジョブは打撃魔術師。基本的にはこのあいだ変身した青竜版打撃魔術師の色違いだ。西洋竜を模した仮面に革製のハーフコートを纏ったライダースーツのような姿。あっちは藍色、今回は白色だ。ただ、装備の縁あたりはほんのりと青くなっている。ついでに冷たさを誇示するかのように、周囲に白い靄がでている。
……うん。ちょっと演出をやりすぎたか? まぁ、いいや。
演出といえば、今回はBGMが無いな。ってことは、仮面が自動判別しているわけではなさそうだ。きっと、神様が“必殺”な仕様の結晶にのみ反応するようにしているのだろう。今回の白竜は試作で、神様にはまだ見せていないやつだし。
うん。あれはちょっと気恥ずかしいから、BGMがないのはありがたい。
さて、あっちはどうだ? そろそろ完了したかな
【這いずるモノども】を見やる。うん。ほぼ完了かな。
姿はいわゆるケンタウロス的な感じといえばいいか。ただ、ケンタウロスは馬の首の部分が人の上半身となっているわけだけれども、目の前のこいつは違う。
ゴーゴンの首はそのまま。代わりに後ろ足の上、腰? 尻? そこの上部がゴートベアの上半身となっている。逆ケンタウロス、というのもなにか違うが、まあ、そういった姿に変わった。
ゴートベアはすっかりおとなしくなっているところ見ると、ゴーゴンの方の【這いずるモノども】が主導権をとったのだろう。
私が消し飛ばした足だけれど、そこはゴブリンが材料となって修復されている。ただ、あきらかにゴブリンが足にしがみついて溶けかけているような見た目になっている。
なんだか気色悪いな。
そしてゴーゴンの頭部。消し飛ばした部分はそのまま、【這いずるモノども】が露出したままだ。行動に支障がない部分は、そのままということだろう。
完全に変身……というか、この場合はニコイチの修復? いや、それもちょっと違うな。姿が変わってるし。まぁ、それはどうでもいいとして、どんなにイレギュラーな存在だとしても、やっぱり下っ端の【這いずるモノども】は下っ端ってことがわかった。
なにせ【光破】一発で消失させられた足を、なんの対策もなくそのままゴブリンを貼り付けて修復するだけとは、これ、完封できそうだな。
私の攻撃に対する対策が一切なしとか、どうやら変身してもお頭の出来はかわらないらしい。まぁ、普通の【這いずるモノども】は犬程度の知性しかないらしいからね。
また足をつぶして機動力をなくせば単なる的。あのメイドと一緒で神罰執行して終了だ。
まぁ、今回の私のこの変身の欠点は、足が遅いってことだけれど。青竜(雷竜)はその属性に合わせたように、高軌道型だ。で、赤竜(炎竜)は炎をブースターみたいにして、これまた高軌道を達成できる。でも冷気の白竜はどうにもならないから、素の私の機動力しかない。
人間の走る速度なんてたかが知れてる。
ま、そこは魔法て補うとしよう。
魔獣――【這いずるモノども】が吠える。
【光破】はもう撃てないが、ヤツの機動力を奪う方法はほかにもある。
さぁて、続きを始めようじゃないか。
私は【這いずるモノども】に向かって斜に構え、左手を突き出しサムズダウン。
「Let's showdown!」
いうと同時に自身に魔法を掛ける。いつもなら魔法名を唱えて発動させるが、今回は無しだ。
ここでバフをかけるのに魔法詠唱? したらちょっと興覚めだろう。攻撃するのならともかくも。
ゴーゴンに次いでゴートベアが両腕を大きく広げ吠えた
直後、周囲に黒い雷のようなモノが降ってくる。空から降ってくる。空から降ってきているわけじゃない、いいとこ5メートルくらいの場所に黒い塊いくつも出現し、そこから降ってきている。
なんだこの魔法!?
わけがわからん! いや、ある意味、これこそが魔法って感じだけれど。私が使ってる魔法は、大半が物理法則を“魔法”っていう謎論理で無理やり引き起こしてるだけだからな。
こういう【黒い雷】みたいなわけのわからないものこそ【魔法】そのものに思える。
っつか、当たってどうなるか予想がつかない以上、とにかく躱すしかない。……あれ? っていうと、白竜、相性悪い? く、青竜にしとくんだったか!?
幸い、発生源から雷が落ちるまでに若干のラグがある。位置を確認して避けることは可能だ。とはいえ、それは機動力をあげているからこそだ。
ちくしょう、地味に厄介だなこれ。
とはいえ、周囲に黒い雷をばらまいているため、自身も容易に動けない魔獣はまさに置物だ。予定通りに機動力をつぶしてやろう。
雷を躱しつつ、無造作に手を突き出し魔法を放つ。
「【氷刃】!」
即席で魔法を組み上げ放つ。【打撃魔術師】はほかの変身と違い固定の魔法を持たない。その変身の持つ属性に即した魔法を即座に創って放てるジョブだ。
融通だけは異常に利く。だからこそ、フィニッシュを元ネタの特撮通りにキックにできているわけだ。
今回のこの【氷刃】は、三日月状の氷の刃を撃ちだすもの。その氷の刃は極薄で切れ味抜群。もっとも、それだけだと簡単に溶けたり砕けたりするため、その切れ味と目標を切断するまでの強度を保持できるだけの魔力のコーティングがされている。
かくして、【氷刃】はゴブリンで補修した前後の足を再び分断された。
うむ。所詮はゴブリン。さして堅くない。
おっと、このままだと接合されちゃうかな。切り飛ばした足は氷で封じ込めておこう。
【氷壁】の魔法を発動。転がっている足を氷に封じ込める。これで再び立ち上がることはないだろう。
……思ったよりも魔力を使うな。切り飛ばした足先だけでこれか。となると、空気中の水分であのサイズの魔獣をまるごと氷漬けにするのは無茶なようだ。まぁ、十分想定内だが。
これはあとで研究しないと。もう空気から抽出じゃなくて、酸素と水素から作り出した方が楽かもしれない。空気中の水素含有量ってどのくらいだっけ?
急に二本足にされたゴーゴンはバランスを崩し、うずくまるように膝をついた。それに合わせるように落雷も止まった。
どうやらこの魔法は思っていたよりも繊細――
まるで立体感のない黒い剣? 棒? をゴートベアが横殴りに振る。慌ててそれに合わせ、走り高跳びの背面飛びの要領でソレを躱す。
あっぶな。危うく両断されるところだった。
なにあれ!? さっきの雷と一緒だよね? わけがわからん。神様に聞いたら教えてもらえるかな?
魔獣の周囲を巡るように走る。走る。走る。
魔法を躱すためでもあるが、本命は魔法陣の設置だ。以前の怪獣の時は、二段ジャンプの要領で空中に魔法陣を設置しまくったが、今回は地面に六つのみだ。
以前の時は逃がさないための結界兼電子レンジとするためだったが、今回は結界兼魔法の効果上昇を狙ったものだ。
ぐるりと一周し、設置完了。と、しっかり足を全部切断しておくべきだったな。
残った二本の足でわずかに移動したのだろう。体の一部が今しがた設置し終えた魔法陣の範囲からはみ出していた。
こいつを無理やり範囲内に押し戻す。
魔法の準備をする。使う魔法は【氷礫】。本来はテニスボール大の氷の塊を撃ちだす魔法だ。だが今回は建築物解体に使われる重機のオプション? 装備なでっかい鉄球サイズだ。そいつを上空に準備する。
さすがにサイズがサイズだけに、準備に時間がかかる。適当にちょっかいを掛けつつ時間を稼ごう。その際に範囲内に入ってくれたっていい。
ゴーゴンは半ば置物と化している。4本中2本の足を失っている以上、まともに歩くなんて出来やしない。
背のゴートベアは黒い剣を振り回すのを止め、手から雷を撃ちだす攻撃に変えた。正直、非常に避けにくい。態と当たって被害の程を確かめてみたくもあるが、見物されている以上、そんな無様は晒せない。
適当に標準的な【氷礫】を撃ち、準備中の本命に注意がいかないようにする。
黒い雷がバシバシと地面に落ちる。いまのところはどうにか躱せている。
落ちた場所の地面はわずかにえぐれたように弾けている。物理的ダメージを与える魔法のようだ。だが焦げ跡や匂いもないとことから、熱量は持っていない。見た目は黒い雷だが、完全に雷とは別物だ。
まさか重力魔法とかいわないよな?
と、氷塊もいい塩梅のサイズになった。
「【氷礫】!」
礫ってサイズじゃないけどな!
上空に形成した氷塊が、ゴーゴンの胴体側面に激突する。たとえるなら、過積載の軽トラが猛スピードでバスに突っ込んだようなものだ。
……例えが悪すぎるな。
実際、氷塊の軌道を考えると、建築物破壊用の重機オプションの鉄球のほうが近いな。
大質量の直撃を受け、ゴーゴンの体がズレる。
よし、結界範囲内に入――
衝撃が走り、私はきりもむように転倒した。少々不格好だが、どうにか受け身を取るように転がり、即座に立ち上がって移動を再開する。
とにかく動いていなければ、あのわけのわからない黒い魔法が直撃する。
というか、多分、いま直撃した。おそらくは、ゴーゴンの体をズラしたことで、そこに載っかっているゴートベアが体勢を崩したのだろう。それで射撃の始点がズレて、私の予測からずれた位置――私の左腕に黒い雷が着弾したのだろう。
やっちまった。気を抜いたつもりはなかったんだけどな。
痛みが酷い。それ以上に左腕がぶらぶらしているのが気持ち悪い。
完全に折れてる。とはいえ、ぬめるような感覚は一切ないから、解放骨折なんてことにはなっていないようだ。不幸中の幸いといっておこう。それにあれは単なる物理魔法ということも理解した。見た目同様の電撃のような付加効果はないみたいだ。
まぁ、もう喰らう気はないけどね。
それじゃ現状じゃ骨折を治せないし、とっとと終わらせよう。
「起動!」
地面に仕込んだ六つの結界魔法陣を発動させる。魔法陣サイズの青白い光が魔獣を掻っ込むように立ち上る。そしてそれら六本の光柱の間を同様の光の壁が塞ぐ。
よしよし。上手くいったな。切り飛ばした足先も結界内ということなしだ。
さぁて、これでお前はもうそう簡単に逃げられない。
ゴートベアは相変わらず手から魔法を撃っているようだが、その魔法が結界を抜けることはできないようだ。
前方に跳躍魔法陣を設置し、跳ぶ。上昇中にさらに2枚設置し更にに上へ。
高さにして20メートルくらいか。身の丈7、8メートルなった魔獣の頭上はるか上だ。
ムーサルトの要領で体勢を整える。
必殺技はもちろんキックだ。とはいえ自由落下での打撃じゃ、とてもじゃないが足りない。
私の下方に魔法陣6枚展開。加速が3枚。身体の硬化防御が1枚。残り2枚は貫通だ。
パパパパパパと、花開くように魔法陣が展開する。
落下が始まる。魔獣は結界で視界を塞がれたせいで、私が上に跳んでいることに気が付いていない。
さぁ、フィニッシュといこうか。
《Freeze Strike!》
《Divine Punishmet》
《Execute!!》
魔獣に向けて突き出した右足が魔法陣に触れ、そのバフ効果が私に乗る。
【加速】! 【加速】! 【加速】! そして激突時に自身の足がつぶれたりしないようにするための【堅固】、更には魔獣の体をぶち抜くための【貫通】×2!
角度は地面に対し垂直ではなく、やや傾ける。垂直になんかしたら、【堅固】を掛けているとはいえ、私は小学生が地面に叩きつけて遊ぶカエルみたいに潰れてしまう。
ゴーゴンの背面、首元から体を貫通。これで貫通バフを一枚消費。そして二枚目を消費してゴーゴンの背から胸へと貫通し、着地、そのままザリザリと地面を削りつつスライドし、止まった。
結界? あれは私の張ったものだから、私は問題なく通過できる。
結界解除。
魔獣は、ものの見事に凍りついていた。その表面を霜付かせ、真っ白な姿となって。
【Freeze Strike】。打撃魔術師白竜タイプの必殺技。キックする私の軌道を追うように、絶対零度の冷気が対象を凍結させる技だ。
絶対零度、すなわちすべてのエネルギーがほぼゼロの状態。つまり、分子間の遊電子すら動きをとめた状態。
これがなにを意味するのかというと――
「終わりだ!」
右手を掲げ、ぱちんと指を鳴らし魔法をひとつ発動。
【閃光の衝撃】から閃光抜いたもの。バン! と派手な音を立てて衝撃波がゴーゴンの背のあたりで炸裂し、周囲にまき散らされた。
運動エネルギーがゼロとなり遊電子の動きが止まるということ、それは分子間の結合がほどけるということ。
かろうじて形を保っていた氷像は、その衝撃であっさりと砕け崩れた。
さて、まさに原子レベルにまで砕いたんだ。まさかこっから再生するとかないよな。もしそうなら、もう白竜はただの産廃扱いにしかならないんだが。
崩れた山を眺める。外気温でたちまちの内に解凍されているが――
うん。再生の兆候無し。鑑定やら生命探知やらでも反応無し。って、そうだ。仮面に【這いずる者ども】を探知できる機能がついたんだっけ。
……よし、完膚なきまでに死んだな。
さて、コアトルあたりに変身して腕を――
ふと観客席に視線を向けた。そこにはまだ混雑のために逃げ出せていない者が大勢いた。
そしてそこに私は見つけた。
思わず歯を剥くような笑みを浮かべる。
予定変更。左の六番目……は、腕が折れてるから右手じゃ届かないか。
私はアイテムボックスからスペアをのそれを取り出し、仮面に当てた。




