この世界を最初に震わせたのはこの産声だったのだろう
この話でいったんの終わりです。
「あ~、くそ……」
全身を投げ出すように後方へと倒れ込む。防護の魔術を展開していたので、攻撃を直に喰らわずにすんだのだが、それでも身体中が痛かった。
念のため、イズの状態を確認したが、彼女は完全に伸びきっており、復帰にはかなりの時間を要するだろう。縄や魔術で緊縛しておきたいが、正直余裕がない。
『……トウテツ?』
「こっちはとりあえず終いだ。そっちの首尾は?」
無事なことをしめすため、起き上がってエイルへと向き直る。
『あ、いえ、えと……もうダイジョウブデス、はい』
龍の少女はどこか落ち着きなく、挙動不審に応答した。
どうにも様子がおかしい。こんな重要な時に一体どうしたのだろうと考えたが、すぐに答えに行きついた。
「お前さん、さてはさっきの話聞いてたな?」
『っ、き、聞いてません。何のことやらさっぱりです!』
「はは、というか、動揺っぷりを見るに今まで気が付いてなかったのか」
『……うう』
「まあ、何だっていい。早く済ませよう」
『そ、そうですね。では――』
瞬間、弛緩しつつあった雰囲気が引き締まる。エイルを中心に描かれている紋の輝きが増し、夜の帳がこじ開けられた。
『今はなき者、明日を持たぬ者、残滓を束ね、新しき明日を』
輝きは加速度的に強さを増していき、静かに佇む緋龍アルヴィトを照らし出す。
変化は迅速だった。
アルヴィトの遺骸が共鳴するように光り輝いた。胸部から眩く輝く光の球体が吐き出され、地上へと徐々に降下してくる。
甲高い音が遮るもののない平原に遠く響く。一定の規則性を持った鐘の音のような音。
――まるで産声のようだ。
トウテツは光の落下点へと急ぎながら、心中で呟やく。
いや、実際に産声なのだろう。この世界に再誕したことを喜ぶ祝福の産声か、はたまた、もう一度世界に呼び戻されたことを嘆く悲嘆の産声かは、分からない。
だが、確実に言えるのは、
――世界を最初に震わせたのはこの産声だったのだろうということだ。
◇
光は徐々に輝きを弱め、地上に着くころには、トウテツが両手で抱えられるほどの大きさになっていた。
慎重にそして確実に、光を抱き留める。
途端、光の収束は加速し、小柄な子供ほどの大きさになり、そして光は完全に消え去ってしまった。
紋から放たれていた光も消え、再び夜の帳が下りる。光源は夜空に輝く、月の光だけだった。
『トウテツ』
「……あ、ああ」
自身の腕の中の重みを感じながら、ゆっくりとエイルに振り返る。トウテツの腕の中には、一人の少女が抱きかかえられていた。
「成功、だ」
見た目は、人の状態のエイルよりもなお幼く、八歳程だろう。伸ばしっぱなしの透き通るような真っ赤な髪が、月光によく映えていた。
英龍アルヴィト。彼女の核と残滓を再構築し、人の姿を取らせたのだ。これが、最期の龍エイルと、トウテツの大願だった。
『……よかった』
言葉と共に、エイルは龍の姿をやめ、人の姿へと移り変わった。その顔には疲労が滲んでおり、鈍色の髪が汗でくっついている。
「やっと、だな」
「……そうですね。やっとです」
お互いに顔を見合わせ、苦笑し合う。二十年来の悲願が成就したのだ。もろ手を上げて喜びたいところだが――。
「それでは約束、ですからね」
「ああ。名残惜しいが、後は自分でやるんだろう?」
「はい、お世話になりました。……本当に」
切り出された別れの言葉に、エイルは躊躇しながらも頷いた。彼らが初めて会った時から決まっていたことだ。トウテツが手伝うのは、一匹目の龍への手引きまで。それ以降は、自身の力で何とかすると。龍を、仲間を呼び起こすのに、他者の手を借りたくないというのが、彼女の考えなのだろう。自身だけでやり遂げたいという気持ちは、トウテツにもよく分かる。
「まあ、困ったことがあったら尋ねに来い。俺はどっかで隠遁しているからよ」
『学び舎』への未練はない。二十年もの間、龍との交友を持てたというだけで、有意義な人生だったと言える。近くで倒れているイズは、もしかしたら文句をつけてくるかもしれないが、その時はその時だ。獄中で最期を迎えるというのも悪くはない。
「なら、みんなで行きます」
みんな、とはこの大陸に残る龍の遺骸たちのことだろう。彼女たちを全員、呼び起こしたら、会いに来ると言っているのだ。
「全員、お前さんみたいな大食いだと作る飯が大変だろうな」
「なっ、私は大食いではないです! トウテツが小食なだけで」
「どんな冗談だ、そりゃ」
身体中が痛むのも忘れて、大声で笑う。つられてエイルも笑みをこぼす。
「……寂しくなりますね」
両手を差し出し、エイルは切なげに呟いた。どうやら日の出を待たずに出立するらしい。
トウテツは抱えた少女――アルヴィトを彼女へと託すべく、ゆっくりと差し出した。
「ん」
不意に澄んだ鈴のような声が響いた。エイルかと思ったが、彼女の声よりも高くて幼い寝ぼけた声。
「んんん……」
腕の中の少女が、身動ぎして、まぶたを開いた。エイルとよく似た碧眼の瞳が、トウテツの視線と絡まる。
猫のような顔つきだな、と呑気に考えながら少女をエイルに渡そうとした。だが、
「や」
何故か離れてくれない。トウテツの腕にしがみ付き、降りることを拒絶する。
「ど、どうしたんでしょう?」
両手を掲げた姿勢のまま、エイルが戸惑っている。トウテツにしても、このまま抱っこし続けるのは、腰を痛めそうなので勘弁してほしいのだが。
「おい、どうした? エイルが待ってるぞ」
なるべくゆっくりとした口調で話しかけてやる。最初は無反応だったが、何度も繰り返すうち、アルヴィトは首を左右に振った。
「や」
「いやって、何が嫌なんだ?」
子供のように嫌々を繰り返すだけで、要領を得ない。
嘆息する。エイルに預けるのは諦めて、とりあえず降ろすところから始めようとしたが、がっちりと抱きつかれていて、離れてくれそうになかった。
それでも無理やり引き剥がそうとすると、彼女は明確な拒絶を示し叫んだ。
「や! パパと離れるの、や!」
「――は?」
「――はい?」
アルヴィトは涙目になりながら、トウテツに縋りついている。つまり。パパとは。
「俺?」
「パパ~!」
「な、何を言っているんですか、アルヴィト! 離れなさい! はーなーれーてー!」
「やー! エイル邪魔!」
引っ張るエイルに、小突くアルヴィト。二人の少女に揉みくちゃにされながら、トウテツは何とも言えない気分だった。
パパという歳ではない……と言いたいところだが、残念なことにもう三十を回っている。そういったオヤジ臭さが、アルヴィトからパパと認識された一因なのではないのか? もしくは、単純な刷り込み効果かもしれない。ともかく、今分かることは――。
「……かくも旅路はまだまだ続くか?」
トウテツと龍を巡る旅は、まだ終わりではないということだけだった。
龍の再生の物語。これを複数人に見せた時、幼女の出産と言われ、目からうろこでした。確かに、エイルが出産したと思えるかもしれない。どういう思考回路をしているんですか。




