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この世界を最初に震わせたのはこの産声だったのだろう

序章の序章。二人の旅の最初の目的地。二人が共に世界を旅するきっかけとなったそんなお話。

 あえて言葉で表現するならば、そこは薄暗い洞窟だった。


 外から入り込む光はなく、うちよりこぼれ出る明かりもない。


 しかし、視界は利く。大雑把な広さが目視できるし、高さも『学び舎』の時計塔を越えない程しかないということが分かる。


そんな不思議でおかしな場所、その片隅で少年は自身が立ち尽くしていることに気が付いた。


 見覚えのない場所。どこをどう歩いてきたのかも思い出せない。


 『魔術』の授業で落ちこぼれの烙印を捺されて、何もかも嫌になって逃げてきたことだけは覚えている。


 ――ここはどこなのだろう。


 周囲を見渡せども、目につくのは無造作に転がる石と岩の壁だけ。それ以外には何もない場所である。


 ――ここはどこなのだろう。


 もう一度、考える。少なくとも『学び舎』の中ではないと思う。


『学び舎』は広いが、この空間を収容してなお、誰にも目につかないようにしておくのは、不可能だ。


 引き返せばよいのに、一歩踏み出す。たまたま、つま先に石がぶつかる。弾かれたそれは、軽い音を立てて、巨大な空間に染み渡るように反響していった。


 不意に、何かが動いた。長い、蛇のような何か。


 この薄暗い世界の中にあって、少年が即座に【それ】を認識できたのは、単に【それ】が、巨大だったからである。


 あまりの大きさに今まで壁と認識していた何かが、身をもたげる。それだけで大気が震え、空気の流れが生まれた。少年の衣服がはためき、髪が揉みくちゃにされ、砂利の攻撃が目へと突貫してくる。視覚が潰され、少年は袖でグシグシと自身の瞼をこすることしか出来ない。


 次に瞳を開けた瞬間、少年の視界を埋め尽くしたのは、一面の鉄色だった。


 仄暗い場所でも暗い輝きを放つ【鉄色の鱗】。


 それが何かを理解するのは、この時点では不可能。

 

しかし、それも次に目に飛び込んできた2つの【蒼穹】によって、覆されることとなる。


 少年はその存在を知っていた。いやこの世界において、その存在を伝え聞かぬ者は、例え、大陸魔術同盟(ヴァルホルン)の庇護を受けぬ者であっても、有り得ないだろう。言葉で、文字で、そして絵で語り継がれ続けるもの。昔々の大昔、神様がこの世界へと訪れた頃の、文字通り神代の存在(・・・・・・・・・)


 破壊と戦いを集約した災厄が、目の前に顕現していた――。


 はたと目を覚ます。時刻は夜明け前、一際冷え込む時間帯であり、寝なおすには遅く、起きぬけるには早すぎる時間であった。


 顎のあたりに薄い無精ひげを生やした男、トウテツが身動ぎをすると、小気味良い音を響かせながら、骨が鳴った。


 その音に顔をしかめさせながら、トウテツは纏っていた外套を脱ぎ捨て、起床する。


 やはり、旅は苦手だ。野宿をする旅は特に。


 三十路を越え、思ったよりも身体がいうことを聞かなくなってきた近頃、この苦手意識はさらに強くなった。


 床で寝るのは苦ではないのだが、冷え込む土や岩の上では勝手が違う。無理をして天幕でも持てばよかったか。いやしかし徒歩での旅で天幕は荷物が大きすぎる。


 今更どうにもならない考えを巡らせていれば、近場の川へと辿り着いていた。陽はまだ東の彼方でくすぶっており、水鏡には期待できそうもない。


 トウテツは顔を洗い、口内をゆすぐ。手をチクチクと刺すひげが気になったが、どうしようもない。腰に吊るしていた手拭いで、顔をぬぐえば、纏わりつくような眠気は消え失せていた。


 気を引き締め、野営していた場所へと引き返す。道すがら、乾燥した枯れ枝を集めることも忘れない。身体を屈めると、腰が悲鳴を上げたが、こればかりは必要経費だろう。



 一抱え程の枯れ枝を集め終えるのと、目的地にたどり着くのはほぼ同時だった。


 燃え移るものが無いことを確認してから、適当な大きさの石を円形に配置し、その中央に枝の山を築く。とは言っても乱雑に積み上げるだけで、特別なことは何もない。


 ――火を熾し、朝食の準備に取り掛かろうか。


トウテツは背嚢に手を突っ込み、目当てのものを指先の感触だけで捜索する。


固い感触が複数。刻まれた模様で当たりをつけ、こぶし半分ほどのそれを2つ取り出す。


「――トウテツ?」


 ドンピシャだ。目当ての物だと確認し、地面へと放る。


「もう起きるのですか? 太陽は昇っていませんよ?」


「お前さんが寝坊助なんだ。あれだけ獣の夜鳴きが聴こえてくるのにぐっすりと熟睡しやがって」


 声のした方へと視線をやる。寝ぼけ眼で欠伸をする少女が、ミノムシの如く外套に包まっていた。鈍色の前髪が顔へと垂れ下がっており、その様子は例えるならば、『羊飼いから逃げ出し、全身の毛をこれでもかと生え狂わせた羊』といった様相である。長ったらしいが、そうとしか形容できない。


 見るも無残な少女の姿に呆れながらも、トウテツは自身の作業に戻った。


背嚢から、無駄に硬いパンと、それよりもさらに固いチーズの塊、小さく平らな鍋を取り出す。


「む」


 途端、少女の目が覚めた。ボンヤリとした目付きは猫のように鋭くなり、素早く外套から抜け出てくる。寝ている間に、あちらこちらへと転がったのだろうか、その衣服は乱れており、少女の華奢な肢体が際どく見え隠れしていた。


「エイル、服が乱れてるぞ。シャンとしろシャンと」


 主だった反応を示さず、トウテツは静かに告げる。本当は服よりも長い髪の方が大変なのだが、ひとまず捨て置く。


 トウテツの手には最初に背嚢から取り出された2つの【石】が握られていた。枯れ枝山の上で、【石】を近付け合せ、その表面に刻まれている模様を一繋ぎにする。


 途端、バチッと火花が熾り、枯れ枝が燃え上がった。


「まだ魔力の残りがあったか」


 パチパチと枝が弾ける音を聞きながら、安心の呟きを漏らす。


 この魔性石を使うのは久しぶりなので、魔力の貯蔵が不明瞭だったのだが、この様子を見ると、しばらくは使い回せそうである。


 鍋を火にかけ、十分に熱されるまで待つ。


「……トウテツ、あなた、火の魔術は使えなかったのですか?」


 そろそろ良い頃合いか、とチーズに手を取ると、少女――エイルが心底不思議そうな顔で自身を見ていることに気が付いた。


「別に、使えるさ。声紋、術紋は基本的な知識だからな」


 返しながら、鍋にチーズを放り込む。この鉱物を人間でも食べられる硬さに出来るかは些か懐疑的ではあるが、おそらく大丈夫だろう。


 ――これは捕捉であるが、声紋とは声帯から発声を行うことにより、空中に魔術の発動式【紋】を描き出す技法、術紋は地面や空中に指先を滑らせて、【紋】を描き出す技法である。前者が火を熾す魔術を使用する場合は『熾きて、灯せ、小さな太陽』『目覚め、弾け、枯れ枝と踊れ』などの声紋が代表的な文言だろう。後者は流派や個人個人により、若干異なるが、火を象った紋を効果の及ぼす範囲に描くのが一般的だ。そしてどちらの技法であっても、使える者は一部の人間だけであり、その素質は魔力を持つか否かである。


「なら何故、そんなものを?」


 エイルは尚も食い下がり、背嚢の近くに置かれた魔性石を指さした。


「好きなんだよ、これくらいでいちいち声紋を唱えるのも、術紋を描くのも面倒だしな」


「……あなたなら、その石を探している時間で何度でも使えるでしょうに」


 納得していないようだが、これ以上の追及も面倒になったのだろう。そのことを察知したトウテツは、顔を洗いに行かないと、飯は抜きだと笑顔で告げるのだった。



 チーズを突く。熱いが、それなりに柔らかくなっている。少なくとも歯が折れることはなさそうだ。


 エイルはまだ帰ってきそうにない。トウテツはパンを断ち切るように切り分けて、その一つを口に放り込んだ。非常に吸水性が高く、口内をこれでもかと攻撃してくる。


 ゆっくりと噛み締めれば、甘さのようなものが湧き出てくる気がするが、とても美味と言える代物ではなかった。


 魔性石を使う魔術師がいるのがそんなにおかしいもんかねぇ。


 転がっていた魔性石の片割れを拾い上げ、焚火へとかざす。何の変哲もない石ころに、火を象った紋が刻み込まれている。


 現実改変の力である魔術を、誰でも簡単に、しかも安価で扱えるようにした魔性石。ここ数十年で最も重要な発明だとトウテツは考えているのだが、『学び舎』の魔術師たちにとっては大した発明ではなかったらしく、急速に大陸全土へと普及したはずなのだが、その評価はすこぶる低かった。


 曰く、自分で魔術を使った方が強力である。


 曰く、発動の速度こそ早いが、術紋を書物に書き記しておけば、速度は同速である。


 曰く、自身の身を削って生み出された成果こそ魔術であり、魔性石はそれにあたらない。


 などなど、言いたい放題である。


 そういうことじゃないだろう、とトウテツは思うのだが。


「まあ、いいか。それよりも……」


 学会のいざこざなど、いまさら考えても仕方がない。トウテツは気を取り直す。


 ようやく、柔らかさを具現化してきたチーズを掴み、一口。若干の野性味あふれる香りが鼻に抜けるが、味はすこぶる良好であった。生のチーズとは違って、伸びたり、溶けたりはしないが、そのお陰で食べやすい。


「顔を洗ってきました!」


 2個目、3個目と、パンとチーズを口に詰め込んでいると、ようやくエイルが戻ってきた。どうやら、髪を手で梳いたらしく、のた打ち回っていた鈍色の蛇はその姿を消している。


 身だしなみがきちんと整えられていることを確認したトウテツは、切り分け――もとい、断ち切ったパンをエイルに放ってやる。


 少女はそれを両手で受け止めると、躊躇なく咀嚼し始めた。


 もぐもぐもぐ。


「よく美味そうに食えるな」


「何を言っているのですか。美味しいに決まっています」


 もぐもぐもぐ。


 げっ歯類のように、両手でパンを掴みながらニコニコと食べ続けるエイル。もしかしたら本当に美味しかったのかも、と考えたトウテツは、もう一つパンを口に放り込む。だが、相も変わらず、固くて味が無くて乾燥したパンにより、口内に甚大なダメージを与えられただけだった。


「……ほら、これも食べていいぞ」


 程よく熱され、柔らかくなったチーズを渡してやる。小鍋ごと渡したのだが、中身にしか興味がないらしく、手づかみでチーズを奪われてしまった。


「~~~~~っ!」


 大きく口を開け、一口。それと同時に少女の瞳が輝いた。喜び悶えるように手に持ったパンとチーズを上下しながら、声にならない声を上げてくるりくるくると回る。


 どうやらお気に召したらしい。トウテツは皮で作られた水筒で喉を潤しながらその様子を見守る。


 ――遠く東の彼方。遠方の山々の間から光が漏れだした。どうやら朝陽が昇ってきたらしい。

関節を鳴らしながらトウテツの重い腰が上げられた。


「そろそろ出発するぞ」


 小鍋に水を掛け、適当な布で綺麗に拭き取る。雑な手入れだが、どうせ毎日使うのだ。すぐに汚れるので、大差はない。


「むぐ、も、もう行くんですか?」


 最後の一口を味わっていたエイルが、名残惜しそうに声を上げる。碧眼の目尻が少しだけ下がった気がした。


「ああ、今から発てば、昼ごろにはルオンの宿場街に着く。そこで馬を調達したら、目的地までは半日もかからない」


「そ、そーですか。……え、えと、あのですね」


 背嚢を背負い、焚火を消す。着々と出立の準備をしているトウテツを横目に見ながら、エイルは何かを言いよどんでいた。


 お気に入りのおもちゃを取られた子供のような仕草は、枯れたトウテツの心に幾分の申し訳なさのようなものを芽生えさせる。だが、


「そういえば、ルオンでは街道に屋台が出ているらしいな」


「やたい、ですか?」


「ああ」


 きょとんと、首を傾げた。トウテツは枯れ枝のあまりを一つ手に取り、ガリガリと地面に何かを描いていく。それはいくつもの円が合わさった図形のような紋であった。


「食べ物を手軽な値段で提供する料理店のことだ」


 紋に手を翳し、呪文を詠唱。声紋と術紋の複合紋が光を放って世界を改変していく。


「これは、個人的な感想だが……屋台で食う飯はめちゃくちゃ美味い」


 ぐぎゅうう……と間抜けな音が何処からか響いてくる。それを苦笑して聞き流し、トウテツはもう一度エイルに問いかける。


「さて、そろそろ出発するか?」


「はい! 行きましょう、すぐ行きましょう! なんなら空を飛んででも――」


 一切の躊躇いもなく、少女は街道の方へと走っていく。上手く誘導できた。意外と容易に手綱を握れるものだ。


 自分に感心しながら、後をついていく。エイルがあの調子なら、昼より前に着けるかもしれない。


 自分がばてる方が早いかもな。


 苦笑しながらも、トウテツの足取りは軽快であった。


◇◆


 ――二人が立ち去ってしばらく後。そこには何の痕跡も残っていなかった。


 焚火の後の燃えかす。二人が横たわって潰されたはずの小さな草木の痕。勿論、足跡に至るまで。極めつけは、トウテツが最後に描きつけていた紋だ。見事な複合紋があった場所には何もない。その紋が何を成していたのかすら、誰にも分からないだろう。


 ジャリ。


 いつの間にか、赤い髪の女が立っていた。女は短い髪をなびかせながら、膝をつき、地へと手を当てている。しばらく停止してから顔を上げた。何かを察知できたのか否か、その顔には感情の色が一切見えない。ゾッとするような美貌を無表情で塗り固めている。


「……トウテツ」


 ここにいた筈の、ここにいない男の名を小さく呟く。その呟きは、森のざわめきで掻き消されたが、そこに籠った色は確かに存在していた。


「……どうして?」


 誰にも聞こえない問いかけ。当然の如く、答える者は誰もいない。女は立ち上がり、空を仰いだ。その朱い瞳に、ユラリと炎が揺らめく。


 風が吹いた。木々が枝葉を揺らし、草木が全身をくねらせ、枯葉や塵が舞い踊る。ほんの一瞬の舞踏会。その間に、女の姿は掻き消えていた――。



続くかは世界次第。

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