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そんなことを話しながら宿を目指していると気になるものが目の端にひっかかった。
「ん、あれは」
「あいつは!」
大通りにさしかかったときにヒルカワが見えたのだ。
それを僕と同時に気付いたコロも驚きの表情を見せる。
「おい、ババア目障りなんだよ! チョロチョロ歩いてんじゃあねえぞ! ゲヒャヒャ」
「ヒィッ! お許しを」
どうやらヒルカワは自分の前を歩いておばあさんに突っかかっている様子。
おばあさんは自分の身長の倍はあろうかという大荷物を背負っていて、すごくゆっくりとした歩調で歩いていた。そして、後ろから唐突にヒルカワに威嚇されてしまい、怯えながら謝る。
「ダメだあぁっ! その重そうな荷物は没収だぁっ! ゲヒャヒャ」
「か、返して下さい!」
ヒルカワはニヤニヤとした表情でおばあさんが背負っていた荷物を奪ってしまう。おばあさんは驚いてヒルカワへとすがりつく。
「あいつーーっ!!!」
そんな二人の様子を見て怒り心頭のコロ。
犬歯をむき出しにしてグルルッと吼える。
「おーっと、逃がさないぜえええっ。ゲヒャヒャヒャヒャ」
「な、何を!?」
そしてヒルカワは奪った荷物を背負うとおばあさんをすくい上げた。
突然の事に戸惑いを隠せないおばあさん。
「もう我慢できないーーっ!」
限界を迎えたコロが飛びかかろうとする。
「待って」
僕はそんなコロの肩を掴んで止める。
「歩いて移動しようたってそうはいかないぜええっ! 運動なんてさせてやらないんだからなぁぁああ! 残念だったなぁ! ゲヒャヒャヒャ」
「ヒィイイッ!」
「で、どこに行く途中だったんだぁ! 正直に言えぇっ! 殺すぞオラアアッ!」
「ど、どうか命だけはぁあっ! よ、四丁目のピーターさんの家です」
「四丁目だなぁっ! 絶対下ろさないからなぁっ! 絶対疲れさせないからなぁっ! ちょっとした散歩気分が味わえなくて残念だったなぁあっ。ゲヒャヒャヒャ」
「ああぁっ!! あんな遠いところまで連れて行かれるなんてっっ!!」
などと言いながらヒルカワはおばあさんをお姫様抱っこしたまま雑踏の中へと消えていった。
「行こうか」
「わふっ」
全てを見届けた僕はコロの肩を掴んでいた手を放して宿屋へと向かうのだった。
…………
その後、何事もなく宿へ到着し、食堂へと向かう。
今日も今日とて店のお勧めを頼み、注文の品が来るのを待つ。
するとほどなくして熱い湯気を纏った今日のお勧め料理が到着した。
テーブルの上に置かれたハンバーグセットを確認するとコロへと視線を向ける。
「よし、食べようか!」
「はい!」
気持ちいい返事を返してくれるコロと一緒にナイフでハンバーグを切り分け、同時に口へ放り込む。
「うん……、相変わらずまずくはないんだ……、まずくはないけど……」
ついそんな感想が漏れる。
「何か足りないですわん」
それに続くコロ。
コロは何か足りないと言っていたがお互い何が足りないかは重々分かっている。
――そう、塩気だ。
「コロ。一盛りいっとく?」
「わふっ!」
嬉しそうな顔をするコロ。
了承と判断し、僕はハンバーグの上にプリンを盛るようなイメージで塩を供えた。
コロのハンバーグにも同様の処置を施す。
イメージ的にはおろしハンバーグみたいなものである。
そして食す。
「これこれ……」
「これですわん!」
二人して無心で食べる。
とても美味しい。
「おい! お前らか! 俺の料理に勝手に持ち込んだ何かをかけて食ってる奴らってのはぁああああああッッ!!!」
急に怒鳴り声がしたかと思ったら厨房からすごい剣幕で男の人が出てきた。
そして僕達の前まで走ってくると息を切らせながら睨みつけてくる。
「んぐっ!?」
「わふっ!?」
驚いて喉を詰まらせる僕達。
僕は慌てて濃い目に淹れた塩水を一口飲む。
「ぱぁっ。す、すいません。つい物足りなくて塩を振りかけてしまいました」
素直に謝る僕。
「あ、塩だぁ?」
男の人はいぶかしみながら僕の皿にあった盛り塩を指ですくってペロリと舐めた。
すると――
「こいつぁっ!」
――目を見開いて驚く。
「あ、す、すいません!」
平謝りである。
「こいつぁすげえっ! 混じりっ気なしの上物じゃねえか! しかも妙に味わい深いというか……、なんというか……、むしろ別世界に旅立つというか、止められないというか!」
夢中で塩をすくった指にペロペロとしゃぶりつき、ここではないどこかへ旅立つ男の人。
「あ、大丈夫ですか?」
「おっと、悪い。俺の名前はクッコ。ここの店主兼料理人だ」
男の人の名前はクッコさんというらしい。
ここの厨房担当かと思ったらこの宿屋の主のようだった。
「は、はあ。あの、勝手に塩を振ってすいませんでした」
「いいってことよ。それよりこの塩をどこで手に入れた!? 教えてくれ!」
クッコさんは僕の両肩を掴んで激しく揺すってくる。
「えっと、すいません。き、企業秘密なんです」
「ちっ。まぁ、これだけの物なら仕方ないか。ならアンタの持っている分を売ってくれないか?」
「え、いいですけど」
「助かる! こいつはいい料理ができそうだぜ! 詳しい話は後で厨房に来てくれ。待ってるからな!」
僕が了承するとクッコさんは言いたいことだけ言って厨房の方へと戻っていってしまった。




