【番外編8】もふもふは正義だ企画・後編(グエン視点)
文の最後に、hal様からいただいたイラストを載せてあります。
「あっ、グエンおかえりなさい!」
結局夜までトールに付き合わされて帰れば、リサはすでに屋敷に戻っていた。
ベッドに寝転がりながら見慣れない首飾りを手に、上機嫌で鼻歌を歌っている。
こっちはあの後もトールの愚痴に付き合わされて最悪だったというのに、リサは楽しい時間を過ごしていたらしい。
屋敷にあるリサの部屋には、魔術が施されている。
ほんの少しの魔力を注ぐだけで、部屋の中は快適な温度に保たれる仕組みだ。
魔力の詰まった宝石を組み込んであるから、いつだって部屋は暖かい。
だからと言って、キャミソール姿で寝そべるのはダメだろといつも思う。
ラザフォード領でオレの部屋にいるときも、リサは無防備な格好でいることが多かった。
はっきり言って、オレの理性を試そうとしているとしか思えない。
意識しているみたいで格好悪いから、平気なふりをしているだけだ。
コートやバンダナを外し、酒のせいか暑かったのでシャツも脱ぐ。
「その首飾り、どうしたんだ?」
「ベネから貰ったの。前にあの子の魔術道具を直したお礼と、結婚祝いにって。この宝石、たっぷり魔力が込められてるみたいなのよ。この前の魔術で魔力切れ起こしてたから嬉しくて!」
この国は特殊で、空気中に魔力の元になる魔素がない。
魔術士であるリサにとって、これ以上のプレゼントはないんだろう。
「あれ、グエン。何でそんなに不機嫌なの?」
オレのところにやってきたリサは、ようやくそのことに気づいたみたいだった。
「わからないのかよ」
「いや、なんとなくわかってるけど……ベネと仲良くしてたのが、気に入らなかったんでしょ? でもベネはああ見えて、女の子だから別に嫉妬する必要は」
「嫉妬? そんなのしてない。オレにはあんなふうに笑いかけたことないのに、あいつにはどうしてあんな顔をするんだと思っただけだ」
「いやそれを嫉妬っていうんじゃないの……しかも、相当お酒飲んでるわね?」
リサはまったくしかたないわねといった様子だ。
「オレといるときには、いつもそういう顔ばっかりだよな。あいつが綺麗になりましたねって言ったら素直に喜ぶくせに、オレが褒めると黙ったり、変なこというなって殴ったりする」
「あれはグエンの褒め方がおかしいからでしょ! ホントにエロくなったな、とか。すぐに襲いたくなるくらい可愛いとか……恥ずかしいのよ!」
「リサは言い訳ばかりだ。そうやってまた怒る。オレのときは怒ってばかりいるな。オレといるより、他の奴といるほうが楽しいんだろ。あいつからの贈り物も、こんなに喜んでることだしな」
こんなこと、言いたくはなかった。
拗ねたような言い方は、かなりダサイなと自分で思うのに、酒のせいで言葉がとまらない。
はぁと、大きくリサが溜息をつく。
呆れたんだろうなってことはわかった。
心が狭いって言いたいんだろう。
そんなことは誰よりもオレがわかってる。
いつだってそうだ。
オレばかりがリサを欲しがってる。
昨日リサは、オレに嫉妬してくれていたけれど――全然足りない。
見せる表情も何もかも、オレだけのものにしたいと思う。
きっとそれはオレに余裕が足りないからなんだろう。
もっとリサに愛されているという自覚がほしかった。
――大丈夫だ。オレはリサに愛されてるから。
足りない分を埋めるように、頬の傷に触れる。
オレが傷つけられたときの、リサの姿を思い出す。
小さいときから何度も繰り返してきた言葉は、呪文のようにオレの心に少しの安定をもたらした。
目の前に本人がいるのに、思い出の中のリサに縋っている自分は相当に情けない。
余裕なんてない。
オレの側には誰もいなくて、多分ずっとオレは愛情に飢えていた。
押し殺してきた感情は、自分で制御することさえ困難なほどにふくれあがって、手の付けようがない。
それが全て、リサに向かっていることが怖い。
きっとこの気持ちは、リサを追い込む。
今以上に縛り付けて――酷いことをしそうで、危うい。
愛されるような人間じゃないという自覚がある。
そもそも狼人のオレは人間かどうかも曖昧だし、血なまぐさいことも進んでやってきた。
リサにふさわしいのはオレのような荒くれ者じゃなくて、優しい奴なんだろうと思う。
悩む癖に、手放す気はさらさらない。
独占欲の塊で、卑しくて、醜い。
愛し方もよくわかってない。
こんなオレがリサに愛されるのか、いつだって不安だった。
「まぁいいさ。誰よりも、オレが一番だってことをその体に教えてやるだけだ」
余裕ぶった笑みを浮かべて、虚勢を張る。
本当はそんな自信なんて、これっぽっちもないくせに。
壁にリサを貼り付けにするようにして、両手首を頭の上で一掴みにする。
首筋に吸い付き、跡をつける。
オレのものだという証。
リサがそれを拒まずに受け入れてくれていることに、情けないほど救われた気持ちになっているオレは――相当に格好悪い。
十分だろ、それで満足しておけと冷静な自分がいう。
でもそれじゃ全然足りないと、心の中にいる醜い獣が叫ぶ。
凶暴なそいつは、リサを捕らえて貪ろうといつだって牙を尖らせていた。
荒れ狂うこの気持ちをぶつけてしまえば、怯えてリサは逃げる。
わかっている。
大切にしたいのに、それ以上に無茶苦茶にしてやりたくて我慢ができない。
一度これで失敗しているのに、懲りないのかとバカな自分を笑いたくなった。
「例えリサが他の奴を好きになっても。もう、逃げられはしないけどな?」
乱暴な口調でそういって、掴んでいた手首を離す。
リサの手を頬の傷へと導き、もう一方の手で丸みを帯びたそのお腹を撫でる。
子供がいれば、リサはオレから逃げられない。
そう思うのに……このどうしようもなく苦しい気持ちは消えてくれない。
リサがいつか、オレに呆れてしまっても……こいつだけは手元に残ってくれるかもしれないと、そんなことを考える。
恐ろしく後ろ向きな考え。
こんな弱いオレを、リサには知られたくなかった。
「……グエンがその頬の傷を触るのって、不安になったときなのね」
いきなりリサにそんなことを言われて、驚く。
「何言ってるんだ……お前」
動揺して、リサを睨む。
見透かされてしまったことに焦った。
「耳と尻尾見てたら……わかるわよ。そんなにぺたんって耳を折って、尻尾を下げて。本当、格好悪い」
嬉しそうに、リサがオレの尻尾に触れてくる。
今日が満月の夜で、耳と尻尾が出ていたということをオレはすっかり忘れていた。
「格好悪くて、可愛い」
「可愛いって……あのな」
こんなオレを知られたら、呆れられると思っていた。
けどリサは、慈しむようにオレの尻尾を撫でる。
「グエン、耳も触りたい。しゃがんでよ」
「……」
蕩けるような優しい顔で言われて、あらがうこともできずにリサの前に膝をつく。
リサは鼻歌を歌いながら、上機嫌でオレの耳に触れてくる。
ふわりと包むように、ゆっくりとなぞるように。
時折オレの髪に手を差し込んで、その感触さえ楽しむ。
リサの手の温度が、火照っている熱を冷ましていくみたいだった。
オレの中の化け物が大人しくなっていくのを感じる。
されるがままに身を委ねて、リサのお腹にこつんと頭をよせた。
「カイル」
オレの本当の名前を、リサが呼ぶ。
ぴくりとオレの耳が反応して動く。
黒いもやのようなものが、胸に湧いた。
狼の姿のときだけでも本名で呼んでほしくて、オレはリサだけに、自分から本名を教えた。
いつだってリサは狼姿のオレに優しかったし、名前を呼ばれれば幸せな気分になった。
けど……今犬扱いされるのはごめんだ。
頭を撫でるリサの手を掴んで止めて、その顔を見上げた。
「カイル」
もう一度、今度はオレの目を見てリサがそう口にする。
狼のカイルを呼ぶときとは違う、甘ったるい声。
愛おしいというように、オレの名前をリサが呼ぶ。
「……っ」
その響きに、胸が苦しくなる。
今は誰も呼ぶ者のいない、オレの本当の名前。
リサの目には、まぎれもなくオレが映っていた。
白い指でオレの頬の傷を慈しむように撫でて、リサがキスをしてくる。
「可愛い。私なんかのことで、たまらなく不安になって格好悪いカイルが、とてつもなく可愛い」
「可愛いって……男にいう言葉じゃないだろうが」
どんな顔をしていいのかわからなくて、むっとしたような調子で言い返す。
狼姿のときもそうだが、オレを可愛いなんていうのはリサくらいだった。
「可愛いは大好きと同じ意味だと思ってよ。それならわかりやすいでしょ?」
すりとオレの頭にほおずりしながら、リサが言う。
「……」
「あっ、私の気持ちちゃんと伝わったんだ?」
黙っているオレの耳や尻尾の動きを見て、嬉しそうな……それでいて少し意地悪な声でリサが言う。
くそ、何でこんな……格好悪い。
リサの言葉一つで嬉しくなってるなんて、単純すぎる。
振り切るほどに揺れてる尻尾や、ピンと立っている耳を、今すぐに消してしまいたい。
けど満月だからそれは無理な話で……それがもどかしい。
恥ずかしすぎて消え入りたいのに、リサはオレから視線を逸らさない。
幸せだというような顔で、オレを見てる。
「カイル、可愛い。大好き」
「……ッ!」
耳元で囁かれれば、尻尾や耳どころじゃなくて顔にまで出た。
くすくすとリサが笑う。
いいように遊ばれてる。振り回されている。
なのに、悔しいくらいに嬉しくて……負けたような気分になった。
けど、赤くなるオレを見て、これ以上ないってくらいリサが嬉しそうに笑うから、取り繕うのもバカらしくなった。
「あっ、今笑った。いつもそうやって笑ってたらいいのに」
「オレはリサと違って、そんな器用なことできない。オレがこういう顔を見せるのは、リサだからだ」
「本当、あんたって……」
「ほらまたその顔だ。呆れてるんだろ? 嫌われるってわかってても……我慢がきかないんだ」
リサの兄弟であるカナタとの仲を疑って、前に酷い言葉を投げつけたことがある。
もうあれを繰り返したらダメだと、荒れ狂う感情を無理矢理に抑え込むたび、オレの中に積もっていくものがあった。
「もうホント……勘弁してよね」
そういって、リサがオレに抱きつく。
「私はね、呆れてるわけじゃないわよ。カイルのそういうとこが、たまらなく可愛くて……いつもどうしていいかわからないだけだから」
ふてくされたような声。
どんな顔でそれをいってるのか気になって、顔をのぞき込もうとすれば、こっち見るなと頭を手で固定された。
「カイルは格好悪いと思ってるみたいだけど、嫉妬とかそういうの……私は嬉しいから。それに、他の人達に言われて平気なことでも、カイルが相手だと照れるっていうか。その……普段通りにできないの。それくらい、言われなくても……わかってよ」
耳元で、絞り出すようにリサが言う。
「カイルが思ってる以上に、私はその……あんたのこと、好きで好きでたまらないから」
小さな、小さな声。
恥ずかしすぎるというように、逃げだそうとしたリサの手を掴む。
「走ったら危ないだろ」
リサの体を引き寄せれば、薄いその背中ごしに早い鼓動が伝わってくる。
なるほどな。
むしろこの態度が、オレだけのものだったのか。
そうと知れば、ニヤニヤとした笑いが止まらない。
「なぁ、今度はもっと大きな声で、オレの目を見ながら今のを言ってくれ」
「……嫌。さっきまで落ち込んでた癖に……何でそんなに元気になってるの」
不機嫌な、怒った声でリサが言う。
耳まで真っ赤にして、我慢できなくなるほどにかわいい。
「リサがかわいすぎるのが悪い。オレも、お前のことが好きでたまらない」
「……ッ!」
囁けば、リサが動揺したのがわかる。
こんなオレを、丸ごとリサは受け入れてくれる。
格好悪いところも、内に潜む黒い衝動も何もかも。
そのままベッドに運び込んで、後ろからリサを抱きすくめる。
手を絡めたまま横に広げさせて、その白い腕のどこにオレの跡を残そうかと悩んだ。
「グエン、くすぐったいから……嫌なんだけど」
「呼び方が元に戻ってるぜ?」
腕に唇を滑らせれば、リサがそんなことを言う。
別に力を入れてるわけじゃないから、リサが本気で嫌なら逃げられる。
でも逃げないのは、期待してるからだ。
素直じゃないところも……愛おしくてしかたなかった。
「隊長、イズミ様達が来てて、今夜の鍛錬は……」
ノックもせずにドアを開けて、ヴィルトが入ってきた。
オレとリサを見て続く言葉を失っている。
満月の夜は魔物の血が騒いで、どうしても気が高ぶる。
だから、ヤイチに頼んで、鍛錬に付き合ってくれる相手をお願いしていたのをすっかり忘れていた。
「悪いが鍛錬はなしでいい。今夜もリサがオレの相手をしてくれるそうだ」
リサはこんなところを見られて、恥ずかしすぎて声も出ないみたいだった。
そんな可愛いリサを他の男に見せたくなくて、隠すように後ろから腕で抱きしめる。
「し、失礼しました! ご、ごゆっくり!」
ピシャリと騒々しくドアを閉めて、ヴィルトが出ていく。
「最悪……こんなところを見られるなんて……」
ありえないと、腕の中でリサが少し涙目だ。
恥ずかしがってる顔も、やっぱりいいなと思う。
「オレには見られても平気なのに、他の奴に見られるのは恥ずかしいのか」
「……当たり前でしょ。本当はカイルに見られるのだって、死ぬほど恥ずかしいんだから」
言いながらベッドに押し倒して、体を密着させる。
毛布を被って、腕の中にぬくもりを感じながら目を閉じる。
「リサ、愛してる」
「……うん、私も」
気持ちを伝えれば、やっぱり恥ずかしがりながらリサは応えてくる。
そのことに幸せを感じて、満たされて。
そっと、キスを落とした。
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hal様より、以前融資していただいた素敵なイラストを元に書きました。
hal様ありがとうございます!




