第1話 「うるさいクォーターエルフ」
「リリア、お前は本当に女の子なのか?」
朝から父がそう言った。
「失礼だなぁ、お父さん。女の子だよ?」
「その木の上から言われても説得力がない」
「ほら、ちゃんとスカート履いてるよ!」
「見せるな!」
怒鳴る父の頭上十メートル、木の枝に逆さまにぶら下がっている少女がいた。
リリア・フォルネス、十歳、クォーターエルフ。見た目だけなら村一番の美少女候補、性格は村一番の問題児候補である。
「ちなみに今朝はレベル上がった!」
「おお、いくつになった」
「レベル3!」
「まだ3か」
「まだ3だよ!」
胸を張ることでもなかった。
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この世界には『レベル』が存在する。生きることで上がり、学ぶことで上がり、戦うことで上がる。剣士も、魔法使いも、農民も、商人も、全員が持つ成長の指標だった。
もっとも、十歳でレベル3は決して高くない。むしろ普通だ。
「お父さん見て!」
「嫌な予感しかしない」
「いくよ!」
リリアは枝から飛び降りた。着地、砂煙。そして、
「うおおおおぉぉ!」
猛烈な勢いで走り出した。村の広場を一周、二周、三周。犬が追いかける。リリアが追いかけ返す。犬が逃げる。なぜか勝負が始まる。
父は頭を抱えた。
「お前は本当に何をしてるんだ」
「朝の運動!」
「犬を巻き込むな」
平和な朝だった。
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家へ戻ると母がいた。
「おかえりなさい」
美しい、ものすごく美しい、村の男たちが何度見てもため息をつくくらい美しい。元冒険者、ハーフエルフ。銀色の髪、透き通るような肌、整った容姿。リリアはその特徴を受け継いでいた。顔だけは。本当に顔だけは。
「お母さーん!」
「どうしたの?」
「今日も犬に勝った!」
「そう」
母は慣れていた。完全に。
「あと魔法の練習する!」
「井戸の近くでね」
「はーい!」
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村外れ。リリアは両手を前へ向ける。集中。水魔法。まだ初心者だった。
ぽたっ。水滴が出る。終了。
「……」
ぽたっ。終了。
「……」
ぽたっ。終了。
「難しい」
その時、通りかかった農夫が声をかけた。
「何してるんだ?」
「雨の予行練習」
「そうか」
普通なら笑うところだった。しかし相手がリリアなので誰も突っ込まない。村人達は慣れていた。
その時だった。三滴目の水滴が近くの木へ落ちる。傷付いた木の表面、そこが少しだけ再生した。
農夫が固まる。
「ん?」
リリアも固まる。
「ん?」
二人で木を見る。
「今の治ったか?」
「治ったかも」
「治癒魔法か?」
「分からない」
「お前が分からないのか」
本人も分からなかった。ただ、昔からそうだった。リリアの水は少し変だった。
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夕方、村の診療所。
「先生ー」
「ああ、リリアか」
老医師が顔を上げる。
「実験」
「嫌な単語だな」
リリアは指先へ水滴を作る。ぽたっ。医師の手へ落とす。長年残っていた細かな傷が薄くなった。
静かになる。医師が傷を見る。もう一度見る。さらに見る。
「……」
「……」
沈黙が長かった。かなり。
「リリア」
「うん」
「お前これ結構すごいぞ」
「そうなの?」
「かなりだ」
老医師は断言した。だが、リリアは首を傾げる。
「じゃあ明日から肩こりも治せる?」
「方向性が違う」
医師は頭を抱えた。
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その日の夜、家族三人で夕食を囲んでいた。シチューだった。
「リリア」
父が言う。
「来年から冒険者見習い学校に入る年齢だ」
「えー」
「えーじゃない」
「面倒」
「お前なぁ」
母が苦笑する。
「でも友達できるかもよ?」
「友達かぁ」
リリアは少し考えた。学校。友達。知らない人。あまり興味はない。だが、
「可愛い子いる?」
「いるんじゃない?」
母が適当に答える。リリアの目が輝いた。
「行く!」
「早いな」
父が呆れる。
「可愛いは正義だからね」
「誰に似たんだお前」
「お父さん!」
「違う」
即答だった。
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夜、リリアは窓から星空を見上げていた。遠くには帝国の旗、さらにその向こうには四つの同盟国。大人達は難しい話をしている。戦争とか、国境とか、差別とか、色々。リリアにはよく分からなかった。
でも、困っている人がいるのは少し嫌だった。悲しそうな顔を見るのも、あまり好きじゃない。だから、強くなりたいとは思う。なんとなく。まだ理由は上手く言えないけれど。
そして今の興味は、やっぱり別のことだった。
「学校かぁ」
ベッドへ倒れ込む。
「可愛い友達できるかなぁ」
帝国の未来でも、世界平和でもない。十歳の少女らしい願いだった。
しばらく考える。そして、
「十人くらいほしい」
誰に言うでもなく呟く。友達がたくさんいたら楽しそうだから。可愛い子ならなお良い。そんな理由だった。
だが、この何気ない願いが、不思議な仲間達との出会いに繋がり、神様を巻き込み、被害者の会を生み出し、やがて帝国そのものを変えることになる。
まだ誰も知らない。本人ですら、その未来を、知らなかった。




