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花染め屋の四季彩〜森に隠れ住む魔法使いは魔法の花の力で依頼を解決する〜  作者: 花房いちご
第四章 天上の青、地上の雫

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天上の青、地上の雫 九話

「これは私の顔じゃない……手も、腕も、足も違う。髪だってもっと長かった。なんで今まで気づかなかった?いつから違って……」


 行き倒れて意識を取り戻した時だと悟った。


「そうか。私は、もう……」


 水鏡は砕け、地面に落ちた。

 ふっと、セレスティアの身体が軽くなる。

 いや、身体から魂が浮き上がったのだ。

 セレスティアは、今までセレスティアの魂が取り憑いていた身体を見下ろした。まだ十歳にもなっていないであろう、男の子だった。意識のない身体が倒れそうになり、ジェドが抱き留めた。


 ーーー私……そうだったんだ。一度目に行き倒れた時に死んで……(ゴースト)になってたんだねーーー


 (ゴースト)の中には、自分が死んでいることを自覚できない者も多い。セレスティアも、まさにそうだったのだ。倒れてから(ゴースト)を見かけないはずだ。死者は生者に惹かれる。同じ死者には近づかないものなのだから。


「セレスティア様……」


 ーーー花染め屋様、私、死んでいたみたいです。飢えと渇きで死んで(ゴースト)となって、それから多分【ガニュメデスの水瓶】の側でずっとうずくまって……それから、気づいたらその子の中にいたーーー


 ティリアの新緑色の目と、ジェドの琥珀色の目が悲しみに揺れる。眩く美しい、生者の輝き。しかし、ジェドの腕の中の男の子は青ざめた顔のまま目覚めない。


 ーーーその子は大丈夫でしょうか?私のせいで死んだりしないでしょうか?ーーー


「大丈夫だ。気を失っているだけだ」


 ジェドは力強く温かな声を上げた。セレスティアを見る目はどこまでも優しい。


 ーーーどうして私を祓わなかったのですか?ーーー


 出会った時、ジェドの周りには光属性魔法の使い手も闇属性魔法の使い手もいた。何より、霊を討伐しに来ていたというのに。


「君には、この少年を取り殺す気がなかったからと、ルディア王国の情報が欲しかったからだ。国境に行く依頼を受けたのも、ルディアからの亡命者かまともな会話が出来る霊を見つけるためだった」


 それならセレスティアを生者のように扱う必要は無いだろう。疑問を読み取ったのか、ジェドは答えてくれた。


「……それに、少しでも未練を晴らしてやりたかった。君は、十年前のティリアにとても似ていたから」


 悲しげに揺れる琥珀色の目。数度の瞬きの後、覚悟と決心の光が灯る。


「全部、俺の勝手な都合と自己満足でしたことだ。君は、君を利用した俺を恨んでいい」


「待って下さい!わかっていて黙っていた私も同罪です!取り憑くなら私にして下さい!」


「ティリア、それは駄目だ」


 セレスティアはなんだかおかしくなった。

 なんて身勝手で優しい人たちだろう。

 セレスティアは苦しんで死に、強い未練を遺した。短くも苦悩の多い人生だった。まだ生きたかった。しかし。


(霊のままいつまでも彷徨うのは嫌だし、最後にこの二人に会えた。もういいや。心残りのないようにしてくれるだろうし)


 なにより、あれほど痛烈に感じた『まだ生きたい』という感情は弱まってしまっている。


 ーーーやだなあ。恨みませんよ。たくさんお世話になったのに。ジェド様、初めて会った時にお水をくれて、私と旅をしてくれて、花染め屋様と巡り合わせて下さりありがとうございましたーーー


「こちらこそ。楽しい旅だったよ」


 ーーー花染め屋様、花染めと、お食事と、ローブをくれて……なによりも私の物語を聞いてくれて、ありがとうございましたーーー


 ティリアの目から涙がこぼれた。何か話そうとしているが、声にならない。ほろほろとこぼれる悲しみを、セレスティアは目に焼き付けた。


 ーーー最後にお願いがあります。【ガニュメデスの水瓶】を故郷に帰して、私が死んだことを伝えて下さいーーー


「ああ、元よりそのつもりだ。必ず果たすよ。……だからセレスティア、もう大丈夫だ」


 約束はきっと果たされるだろう。

 セレスティアは心の底から安心して、天高く昇っていく。

 セレスティアを殺した太陽の光、セレスティアに一雫の水も与えなかった青空に包まれる。だが、死の間際とは違い清々しい気持ちだ。


 ーーーなんて綺麗な私の色。ああ、そうかーーー


 セレスティアは悟った。行き倒れて死んだ時の一番の未練は『私の髪と目と同じ色の青空を憎んだまま死にたくない』だったと。

 ジェドに助けられ、その背後に広がる青空を『美しい』と思えた時に、一番の未練は晴らされたのだと。

 セレスティアの魂は歓喜で満たされ、どこまでも天高く昇ったのだった。


 ◆◆◆◆◆


 セレスティアを見送ってから、ティリアとジェドはセレスティアが取り憑いていた男の子を介抱した。

 男の子を客間のベッドに運び、状態を確認する。男の子は自我を完全に乗っ取られていたというのに、疲労と魔力をそれなりに消費しただけだった。

 無意識だろうが、セレスティアが取り殺さないよう制御していたからだろう。


(優しい子……どうして、あんな目に)


 ティリアは堪えきれず、客間を出た。ドアから一歩出た瞬間、涙が決壊して座り込む。


(もっと、何か出来たはずだと、どうしても思ってしまう。だっておかしい。あの子は私と同じ。ただ国を出ようとしただけなのに!)


 涙も後悔も止まらない。

 そんなティリアの背に、優しい手が触れた。そっと寄り添うジェドは何も言わず、泣き止むまで側にいてくれた。



閲覧ありがとうございます。よろしければ、ブクマ、評価、いいね、感想、レビューなどお願いいたします。皆様の反応が励みになります。


次で四章完結です。最終話は今日の午後更新予定です。


四章テーマソング Cocco「セレストブルー」志方あきこ「晴れすぎた空の下で」

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