桃色は爛漫の恋をする 六話
リズは浮き立つ気持ちのまま王都を歩いていた。ふわふわの髪の色は、淡くて澄んだ優しいピンク色。茶色かったワンピースも、今はピンクベリーと同じ鮮やかなピンク色。
『魔道具を染めるよりはるかに楽ですし、花もたくさんありますから』
そう言って、花染め屋がおまけしてくれたのだ。
髪の色も、一番リズに似合う色にしてくれた。
『かしこまりました。ですが、この中で一番リズさんに似合う色で染めさせて下さい』
花染め屋が選んだのは、リズのオリーブ色の目と温かみのある色の肌に合う、淡いピンク色だった。
代わりに、茶色いワンピースは全体を引き締めるため、ピンクベリーに似た鮮やかなピンク色にした。
花染め屋も満足そうだったなと、ついさっきのやり取りを思い出す。
『お似合いです』
家の奥から出してもらった鏡を見て、リズは笑い返した。
『はい!ありがとうございます!本当にありがとうございます!』
何度も礼を言うリズに、花染め屋はこちらこそ新しい楽しみを教えてもらったと頭を下げた。
『私が髪や目の色を変えるのは、そうしないと目立ち過ぎて危険だったからです。ですから、髪染めに良い気持ちはなかったのですが……。髪の色を変えるのも楽しいですね。私も今度、気分に合わせた髪色にしてみます』
リズは、思わず花染め屋の手を握った。
花染め屋の過去も事情も名前さえ知らないが、寄り添い励ましたかった。
『きっとお似合いです。その時はぜひ、うちの店に寄って下さいね』
花染め屋は嬉しそうに笑って頷いた。
しかし、リズはあることに気づく。
『あ、でも、デートとかをするならうちの店はあまり向いてないかな……』
花染め屋がまた目を見開いた。
『あら?私、デートのお相手なんて……』
『そうなんですか?私の話を聞いていた時、好きな人のことを考えてる目をしてた気が……』
(余計なことを言ってしまったかしら)
リズの心配をよそに、花染め屋はほんのり頬を染めて照れ笑いをこぼした。
『ふふ。そうでしたか。……では、いつかデートをした時も寄らせて頂きますね』
『はい!』
リズは弾む気持ちのまま頷いたのだった。
(いつか、花染め屋さんにアイバーさんを紹介できたら嬉しいな)
明るい未来を浮かべながら、リズはアイバーを探す。
まずは【水精硝子工房】だ。
「こんにちは【小人のお気に入り屋】のリズです」
顔馴染みの職人たちが、リズの姿に目を剥く。
「リズさん?!えらい変わったなあ」
「はい!旅の髪結い屋さんに染めてもらったんです。似合いますか?」
「……あ、ああ。似合う。いい色だな」
「おう!さらに別嬪さんになったな!」
「リズさん素敵です!春の女神様みたい!」
「可愛いぜ!俺がもう十年若かったらなあ」
「……うん……似合うよ」
何人かが微妙な反応だったが、概ね好評だ。リズは嬉しくて仕方ない。早くアイバーに会いたいが、ここではなくタイニーツリー通りにいると言う。どうやら、うちなどの馴染みの店に用があるらしい。
微妙な反応をしたうちの一人が「忙しいから、会うのは明日以降の方がいい」と小声で告げた。大事な商談でもするのだろうか?一部の職人しか知らないのかもしれない。
「ありがとうございます。邪魔しないよう気をつけます」
リズは晴れやかに御礼を言って、タイニーツリー通りに向かった。
振り返らなかったので、心配そうな眼差しには気づかないままだった。
◆◆◆◆◆
タイニーツリー通りは、工房がある地区より王都の中心に近い。近づくほど、道や窓に花や果物の飾りが増えていく。
(ああ、春の花実祭りの。そういえば明後日からだった)
花実祭りは、春と秋に行われる祭りだ。
いま飾られているのはほとんどが造花だが、祭礼がはじまると生花と生の果物が加わる。花と果実の恵みに感謝し、次の恵みを祈願する。祭礼は三日三晩続き、いつも以上に多くの人で賑わうのだ。
(だから、ピンクベリージャムの生産を急いだんだった。今日は休ませてもらったし、明日は頑張らなくちゃ)
けれどもしアイバーと結ばれたなら、祭礼の間のどこかで休みたい。夫婦や恋人同士は、互いを同じ花で飾って歩くのが習わしだ。
想像だけで真っ赤になった頃、タイニーツリー通りに着いた。
すでに通りのいたるところに、花と果実が飾られている。見慣れた通りが特別な彩りに華やいでいる。
リズは目を細めたが、耳障りな声に顔をしかめた。
「この売女が!離れなさいよ!」
(この声、まさか)
聞き覚えのある声は、リズの店の方からした。近づくと人だかりが出来ている。往来の真ん中で叫んでいる女がいた。
「ちょっと!見てないでその女を取り押さえなさいよ!早くして!」
「し、しかしベリラお嬢様、それはあまりにも……」
「ああもう!使えないわねえ!」
案の定、叫んでいたのはベリラだ。ピンク色の髪を振り乱し、ピンク色の目を充血させて若い男女を睨みつけている。リズは息を飲んだ。
(何が起こっているの?)
「アイバー!私の元に来なさい!そんな売女に近寄らないで!」
怒鳴られ、睨みつけられてる男女はアイバーと、知らない金髪の女性だった。
(綺麗な人……)
佇まいが凛と美しい人だった。歳はアイバーと同じ頃だろう。金色の髪を編み込んで一つにまとめ、品のある水色のワンピースで身を包んでいる。そしてオレンジ色の目は理知の光に輝き、わめくベリラを見据えている。
金髪の女性をそっと抱き寄せているアイバーも、ベリラを見据えている。いつもは優しい水色の目は、信じられないほど冷たく厳しい。
「ひょっとしてリズさん?」
「え?あ、ニコさん」
小声で囁かれて振り向く。【水精硝子工房】の職人、ニコがいた。少しだけ肩の力が抜ける。ニコはほぼ同い年の硝子職人だ。仕事でぶつかったり協力したりと、それなりに親しくしている。
ニコは普段は明るい顔を曇らせた。
「とんでも無い時に来たね。しばらくかかると思うよ。どこかに避難してた方がいいと思うけど、この人混みじゃ難しいな」
「あの、それより何が起こってるんですか?」
ニコはあたりをはばかりながら、リズの耳に囁いて説明した。話を聞くごとにリズの血の気が引いていく。
(あの金髪の綺麗な人は、アイバーの婚約者)
アイバーは、タイニーツリー通りの馴染みの店を回っていた。婚約者の紹介と、もう一つの祝いのためだ。どちらも花実祭りの後で改めて祝うので、祝宴の招待状を携えていた。
アイバーの婚約者気取りのベリラが聞きつけ、周囲が止める間もなく怒鳴りつけたのだという。
ベリラは止めようとする従業員を叩き、アイバーの不実をなじり、婚約者を激しく罵り続けている。
やがてベリラはゼエゼエと息をし、犬のように舌を出した。
ふっと、冷ややかな嗤いが溢れた。溢したのはアイバーだ。側から見ているだけなのに、リズの胸がヒュッと冷える。
「ジェラス準男爵令嬢、見苦しい真似はおよしなさい。確かに貴家からの縁談を何度も何度も頂いておりましたが、その度にお断りしています。貴女と私の間には何もありません。これ以上、騒ぎ立てるなら然るべき処置をとらせて頂きますよ」
ベリラは、アイバーの言葉にこれ以上ないほど目と口を開く。次に歯が割れそうなほど強く歯軋りし出した。異様な光景に、人だかりが少し距離を置き、傷だらけの従業員がベリラを止めようと肩を掴んだ。
「下僕が私に触るな!」
ベリラは従業員を殴りつけた。パリンッと、硝子の割れる音がする。ベリラの手の中、割れた香水瓶が光る。
「アイバー!よくも私を弄んだわね!」
そこからは瞬きの間だ。ベリラはアイバーと婚約者の元へ走り、香水瓶を振りかぶった。アイバーは婚約者を庇う。割れ目が手を傷つけ血が飛び散り。
「ぎえっ!ぐべっ!」
ベリラは無様な声を上げ、鋪道に叩きつけられた。
「確保した!縄を出せ!」
「場所を開けろ!」
誰かが呼んだのだろう。衛兵が十名ほどやって来て、ベリラをあっという間に拘束した。ベリラはそれでも騒ぎ、アイバーを呼ぶ。
「離しなさい!私はジェラス準男爵令嬢よ!離せ!アイバー!助けなさい!私を愛してるでしょう!」
それを受けるアイバーの声も目も、やはりどこまでも冷たい。
「まさか。魔獣より凶暴な女に誰が懸想するか。言い寄られる度に怖気が走ったものだ」
「アイバーのために!髪を染めたのに!」
「貴様が勝手にやったことだ。恩着せがましいことを言うな」
言葉の鋭い刃が、リズの心を切り裂いた。
アイバーの言葉を受け、観衆がベリラを嘲笑う。
「暴力女」「あのひでぇ面見たか?」「髪の色変えたぐらいじゃなあ」「何度も振られてたのに」「相手にされてないのに無様ね」「未練がましい」「見苦しい」「鬱陶しい」
ぐるぐると言葉が頭の中を回る。リズは目眩をおこし、その場にへたり込んだ。
「えっ?リズさん?」
「お嬢ちゃん、大丈夫か?」
「意識はあるか?」
「ジャム屋の娘か?あれ?こんな髪の色だったか?」
さっと、周りから人が退いた。リズの目とアイバーの目があう。
冷たかった水色の目にピンク色に染めた髪が映る。わずかに温度が戻り、揺れた。だが、それだけだった。
リズは、アイバーに想いが伝わったことを悟った。
しかし。
(ああ、私じゃないんだ。ピンク色の髪にしても、しなくても、アイバーさんの好きな人は私じゃない)
立たなくちゃ。立って、今すぐここから離れなくては。リズはどうにか脚に力を入れようとしたが、遅かった。
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二章完結まで毎日更新予定です。時間はまちまちだと思います。
三章連載再開しました。また、2023/07/24。「プロローグ」を「はじまりの章」と改題。大幅に加筆修正しました。花染め屋の過去と、一章直前までの話を盛り込んでいます。修正前のプロローグを読んだ方にも、ぜひ読んで頂きたいです。




