桃色は爛漫の恋をする 四話
ジャム用の硝子瓶を開発し初めて半年後。
秋深まる十月の初め。【小人のお気に入り屋】で、硝子瓶詰めジャムの販売が始まった。
第一弾は高級葡萄の一種【紫甘露】だ。
贈答品扱いなので、蓋を包む布とリボンだけでなく木箱にも美しい葡萄模様を描いた。
母たちの案で、店の壁の一部を工事して小さなショーウィンドーを作って飾ったところ、たちまち話題となって飛ぶように売れた。
もはや【小人のお気に入り屋】のジャムをたかが保存食と笑うものはいなくなる。
十二月。リズたちの工房兼自宅の客間。お互いの売り上げを報告し合う席にて、リズの両親とアイバーはニコニコ笑顔だった。アイバーは言う。
『私ども【水精硝子工房】も、新しい硝子瓶を流行らせる足掛かりが出来ました。すでに、様々な店から発注が入っています。そこでご相談なのですが……』
その一部に、リズの硝子瓶デザインを使うことを打診された。
【小人のお気に入り屋】専用硝子瓶の試作過程で、山ほど使わなかったデザインが生まれた。それらを全て買い上げると言われたのだ。また、これからも良いデザインが出来たら買い取るとも。両親と相談の上で頷いた。
リズは無料でいいと言ったが、両親からもアイバーからも反対された。
『開発してくださったのは工房の皆さんですし、デザインもだいぶ手を入れてもらいましたし……』
アイバーは珍しく厳しい顔になった。水色の目が鋭い。いつも優しい印象のアイバーだが、こんな時は少し怖い。
『もちろんその分は引いています。これはリズさんのデザインに対する適正な報酬です。お受け取り頂けれない場合は買取もできません』
アイバーの言葉に父も頷く。
『当然だ。リズ、お前も職人の端くれなら自分を安売りするな。報酬を受け取れ』
『全くです。この機会に勉強してください』
アイバーにも家族にも叱られ、適正な価格で取引した。
加えて、リズのデザインであることは大っぴらには話さず、サインも入れないで欲しいとお願いした。家族にも口止めした。
『何故ですか?勿体ない』
『リズ、お前は欲がなさすぎる』
『ちょっとリズ!あんたのことをお客さんに自慢したいのに!』
リズは目立つのは苦手だ。看板と硝子瓶のデザインも、包装の色合いなども、ほとんどリズのデザインだが、それが自分の仕事だと知られて注目されたくなかった。
特に、店があるタイニーツリー通りの同世代の女の子たちには。
『とにかく。言わないで』
理由は単純。何を言われて、何をされるかわからないからだ。
◆◆◆◆◆
それを裏付けすることが、今から一週間ほど前の早朝に起こった。
店にジャムを運ぶ道すがら。色とりどりのワンピースやアクセサリーで着飾った少女たちが、すれ違い様に嘲笑う。
『なに?あの地味なワンピース。おばあちゃんみたい』
『でも地味な髪にあってるじゃない。身の程を知ってるのよ。お母さんたちと違ってね』
『台車なんか押してる。使用人みたい』
『あの子だけ他所の子って噂、本当じゃない?』
リズにだけ聞こえるよう、軽蔑の眼差しが見えるようにして。
いつものことだ。リズは無視した。
タイニーツリー通りは、ここ五年ほどで裕福な平民や下級貴族の子女ための店が増えた。ドレスなどを扱う仕立て屋、帽子屋、宝石店、香水屋、カフェなどきらびやかだ。文房具や雑貨を扱う店も高品質なものばかり並ぶ。下級貴族が店主か後ろ盾にある店も多い。
その中で、【小人のお気に入り屋】は浮いていた。また、たかがジャム屋とあなどられることが多かった。
それが今や、売り上げは右肩上がり。貴族家の使いが頻繁に買いに来るとくれば、一部の店が妬み嫉みを抱くのは当然の流れだった。
店の店主や従業員の子供たちは、攻撃しやすいリズに嫌味を言うようになっていった。リズの母や姉たちに言えば返り討ちだからだ。母たちは、小金持ちのお嬢様とは度量も胆力も生命力も違うのだ。
彼女たちは、リズの家族の目を盗んで言葉の毒を浴びせる。
『あら。だっさい不細工がまた来てるわね。うちの店に近付くなって言ったはずだけど?』
中でも、店の向かいにある雑貨屋【妖精の香水屋】の一人娘ベリラは攻撃的だった。
【妖精の香水屋】は、香水と匂い袋を扱う人気店だ。
リベラは、派手なピンク色の髪と目の少女だ。常に香水の匂いをプンプンさせている。父親が準男爵なので、一応貴族令嬢でもある。
ベリラは、リズを見るとわざわざ店から出てきてぐちぐちと絡んでくる。絶妙に人目につかないようにしながらだ。
今も、裏口で父が戻るのを待っているところを狙われた。ある意味で才能がある。
(嫌いならわざわざ構わないでよ)
小さい頃からずっとそうだ。何度かわざわざ教会学校に侵入して来て罵られたこともある。
リズは嫌悪と鬱陶しさから無視しているが、最近は危害を加えられることが増えた。蹴られたり、つねられたりする。
理由は単純だ。
『ねえ?なんでアイバーがアンタなんかと話してたのよ。硝子瓶を卸してるだけでしょう?アンタまさか身体でも使ったんじゃないでしょうね!』
(そんなことをしてる訳ないでしょう。仕事だよ)
『ああ嫌だ。これだから賤しい女は。アンタなんかがアイバーに釣り合うと思ってるのかしら』
(言われなくてもわかってい……痛っ!)
ベリラはリズの髪を引っ張り、ギラギラした目で睨みつけた。化粧と香水の匂いが鼻を刺す。
『泥水色で下品に広がる髪。ドブ色の目。おまけに手は固くて荒れてる。なんで堂々とアイバーと話せるの?穢らわしいドブ鼠は恥を知らないのかしら?ねえ?……答えなさいよドブ鼠が!』
リズは怒りと恐怖に震えながら唇を噛んだ。
ベリラは一応とはいえ貴族令嬢だ。下手なことを言えば家族に類が及ぶ。黙って耐えるしかない。
『アイバーはねえ、ピンク色の髪が好きなの。私みたいな艶やかなピンク色よ。アンタじゃ無いの。わかってるでしょう?』
ベリラはいつもそう言って、リズの髪の色を罵る。反応が無いのに焦れたのか、ベリラは髪を掴む手をさらに強めた。頭皮が、首が痛い。頭が持ち上げられる。
『アンタなんか!』
(まさか台車に当てる気?!)
ザッと血の気が引いたその時だった。
『おはようございます!【水精硝子工房】のアイバーです!』
アイバーの、いつもより大きく明るい声が裏通りに響く。ベリラはリズからさっと手を離して距離を取った。
表通りに通じる路地からアイバーがひょっこり現れる。
『おはようございます!リズさん、親方は奥にいらっしゃいますか?』
優しい笑顔に泣きたくなりながら頷いた。
『……はい。もうすぐ戻ってくるはずです』
『では、ここで待たせて頂きますね。……おお!これはジェラス準男爵令嬢!気づかず失礼しました』
アイバーは滑らかな所作で頭を下げ、口を閉ざす。ベリラは頬を染め、しおらしげな声を出した。
『いえ。どうぞ楽になさって。堅苦しい挨拶など不用ですわ』
アイバーは顔を上げ、極上の接客用の笑顔を浮かべる。
『寛大な御心に感謝します。もしや、お話し中でしたでしょうか?』
『ええ。リズは仲のいい幼馴染ですので、お話していましたの』
『そうでしたか。重ねて失礼しました。お邪魔をして申し訳ございません』
『いえ、アイバーなら大歓迎ですわ。だって私たちはいずれ婚約するのですから』
リズの胸が痛む。アイバーは平民だが、【水精硝子工房】は王都一、いや国有数の硝子工房だ。工房長は、いずれ授爵するであろうと囁かれている。
ベリラの家は、副工房長であり経営を担うアイバーを後継に望んでいるのは有名な話だ。
ベリラの父親はジェラス準男爵。さらに、経営する【妖精の香水屋】は、香水瓶の大口客だ。断りにくい話だろう。
ただし、アイバーはいつもつれない対応だ。
『私には恐れ多いお話です。どうか相応しいお方をお選びください』
一瞬、ベリラは顔に怒りを浮かべた。
が、すぐに淑女然とした笑みで覆い隠した。
『誰が相応しいかは、私と父が決めることです。いずれお分かりになりますわ。それではアイバー、リズ、ご機嫌よう』
アイバーとリズは静かに頭を下げ、嵐が完全に去るのを待った。
『リズさん、怪我はない?』
アイバーの水色の眼差しに見つめられて固まる。なんとか首を横にふった。
『だ、大丈夫です。ありがとうございます』
『……ひょっとして、これが初めてじゃないのかな?親方たちは知っている?ああ、リズさんを責めてるんじゃ無い。言いたく無いことは言わなくて良いから、前から続いているかどうかだけ教えて欲しい』
リズは頷いた。心配してもらえる嬉しさと、心配させてしまった不甲斐なさで涙がにじむ。
アイバーは厳しい顔になった。リズが報酬を断ろうとした時よりもずっと。
(私を心配して、怒ってくれている?こんなにも……)
思わず心が浮き立つが、アイバーの言葉に叩き落とされる。
『そうか……。リズさん、済まない。私にも責任がある話だ。あの方がここまで嫉妬深いとは思っていなかった。無関係のリズさんにまで嫉妬して手をあげようとするなんて……。リズさん、しばらくは一人にならないでくれ。少なくとも今月中はだめだ。親方には私から言っておく。工房にいる時もだ。エリスあたりに声をかけて、工房で作業するようにしてもらおう』
(無関係……)
当たり前の言葉がリズの心を抉る。リズとアイバーの間には何もない。
その後、自分がどんな顔で話を聞いていたか思い出せなかった。
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二章完結まで毎日更新予定です。時間はまちまちだと思います。
三章連載再開しました。また、2023/07/24。「プロローグ」を「はじまりの章」と改題。大幅に加筆修正しました。花染め屋の過去と、一章直前までの話を盛り込んでいます。修正前のプロローグを読んだ方にも、ぜひ読んで頂きたいです。
2023/08/19。二章「桃色は爛漫の恋をする」一話追加して全九話になりました。九話(最終話)は、三章につながるお話です。ぜひご一読ください。




