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91話:1年半の変化

 十三歳の春。

 私シャノン・メイヴィス・メアリ・テルリンガーは着実にゲームの『不死蝶』に似た顔かたちに成長した。


「このドレス、ちょっと私には可愛すぎじゃないかしら?」

「ミントグリーンはお気に召しませんか? 春めかしさがあると思いますが」


 赤毛のエミリが靴に付随するリボンを結んでくれながら首を傾げる。


「刺繍やレースが淡いミモザ色だからでしょう。引き締めるような強い色は髪飾りにしましょうか」


 青い瞳のブレンダは、差し色として赤いリボンを取り出した。


「レースひらひらで、袖もスカートもふわふわなのが可愛すぎるんじゃないですか? こういうの着れるの今だけなんですから楽しんだほうがいいですよぉ」


 金髪のケリーが正解だけど、どうやら侍女たちはこのドレスが私に似合うということで意見は一致しているようだった。


 改めて鏡を見ても、決して似合わないと言うほどではない。

 胸元には蝶々を象った刺繍があるし、私らしさを損なうことはないんだけど…………『不死蝶』っぽくないんだよね。


「私、紫や黒が似合うと思ってるのだけれど」

「髪と瞳の色ですからね。確かにお似合いですよ」

「落ち着いた色合いがお好きでしたら緑や青もお似合いになります」

「そこは赤ですよ! 紫や黒に負けない赤で!」


 侍女たちの意見は、結局何色でも似合うものは似合うということらしい。


 着替え終わった私は、椅子を立つのを躊躇う。


「お嬢さま、私が先に出て申し付けましょうか?」


 ブレンダの気遣いに、私は首を横に振った。


「大きくなったのは身長ばっかりなんですよね」

「ケリー、そういうことは言わないで」

「そうよ、口も達者になってるんだから」


 エミリの冗談にちょっと心が軽くなって、私は立ち上がった。


 室外で待っていたのは、急激な身長の伸びに体がついていけてない細身の少年だった。


「エリオット」


 呼べば金色の睫毛に縁どられた緑の瞳が私を見返す。

 そこに親しみはなく、頑なな光が宿っていた。


「あなたは呼んでいないわ。下がりなさい」

「いいえ、お嬢さま」


 まだ声は幼いままのエリオットが淡々と否定の返事を口にする。

 無視して歩き出せば、黙って後ろをついて来た。


 この一年、エリオットは私の言うことを聞かなくなっている。


「エリオット、あなたの同席は許可しません」

「公爵家子息と余人を挟まず会われることは慎まれるべきです」

「友人と会うことであなたに口を挟まれる謂れはないわ」

「本当にそれが侯爵令嬢として正しい行いであるとお考えでしたら、改めるべきでしょう」


 こんな言い合いで埒が明かないのはもう嫌というほど繰り返して知っている。

 立ち止まって振り返ると、エリオットは一年前よりずっと上手くなった無表情で私を見返していた。


「お兄さまの下へ戻りなさい」


 すでにお兄さまは三年制の魔法学校を卒業して家に戻っている。

 私専属の従僕だったエリオットは、今やお兄さまの従僕に変わっていた。


 年齢を考えれば当たり前の措置。

 なのにエリオットはこの配置換えを未だに受け入れてはくれない。


「あなたはまだ学ぶことが多いはずよ」

「学んだ上で、お嬢さまのお側にお仕えできます」

「私の側にいるなんて効率も悪ければ、必要もないわ」

「効率も必要も、私にはいりません」


 潜めたエリオットの言葉の意味を理解して、私は思わず眉を顰める。

 エリオットが継嗣であるお兄さまにつけられたのは、同じ継嗣教育を受けさせるためだ。

 王籍のなかったエリオットなら私と一緒に貴族教育で良かったけれど、将来ロザレッド伯となるエリオットには継嗣教育は必須。

 なのにそれをいらないというのは、ロザレッド伯になりたくないということと同じ。


「我儘を言わないの」

「我儘に生きられたら、どれほど…………」


 ようやく表情を動かしたエリオットの顔に浮かぶのは皮肉げな笑いだった。


(反抗期かなぁ…………)

(反抗期でしょうね…………)


 胸の中で私は溜め息を吐き、悩ましげに頭を振る。

 高校生だった私は反抗期相手に正論や将来を解いても無駄だと知っていた。


 なので、ここは侯爵令嬢の私として対処するしかない。


「エリオット、命令です。お兄さまの下へ戻りなさい。これ以上口答えをするようでしたら、お父さまへ報告してしかるべき対処をしていただきます」


 ロザレッド伯にならない限り、エリオットはお父さまであるルール侯爵の庇護下から抜け出せない。

 お兄さまの下に配置換えしたのはお父さまである以上、従わなければいけないのが今のエリオットの立場だ。


 私はエリオットに背を向け、客を待たせている応接間へと歩き出す。

 背後からついてくる足音はない。


「はぁ…………」


 応接間を前に、私は気の抜けた息を吐き出した。


「お、やっぱりシャノンだ」

「ジョー、お待たせしてごめんなさい。アンディも」

「いや、またエリオットだろう?」


 ジョーの開けた扉から中に入ると、待っていたアンディは苦笑を浮かべている。


 二人にも成長期が来ていた。

 一番身長が伸びているのはジョーで、アンディはまだ私と同じくらいの身長だ。

 私に『不死蝶』の面影が浮かんでいるように、ジョーとアンディもゲームのイラストに似てきている。


「使用人の身分では侯爵家の対応が間違っているとは言えないけれど、あの兄上につけられるエリオットには同情を禁じえないな」

「あらアンディ、私のお兄さまに文句があるのならエリオットと一緒に連れて来ましょうか?」

「やめてくれよ、シャノン。勉強や訓練の合間の息抜きで来てるんだぜ? 無理難題を押しつけられたくないって」


 ジョーのあんまりな言いように、私は本当に呼んでしまおうかと迷う。

 正直、必要なこととは言えエリオットとこの二人の親交を妨げてしまっている現状に心は痛んでいた。


 思わずまた溜め息を吐くと、アンディが手を引いてソファに私を座らせる。


「シャノン、君がエリオットの将来を考えて距離を取ろうとしている考えはわかってる。責めてるわけじゃない」

「えぇ、ありがとう。けれど、エリオットは自分の将来についてどうでもいいと思っているみたいなの」

「そりゃそうだろ。あいつにとって世界はシャノンで完結してる。そんなの出会った頃から変わらない」

「ジョー…………それじゃ駄目なのよ。エリオットにはもっと道があるのに」


 私がまた溜め息を吐くと、隣に座ったジョーをアンディが肘打ちする。


「いて…………! えーと、うーん、あ! だったらシャノンのほうからもっと決定的に距離取ってエリオットに諦めさせるのはどうだ?」

「ジョー、いったい今度はどんな碌でもないことを思いついたんだい?」


 アンディの呆れた視線など気にせず、ジョーは応接間に持ち込んでいた荷物を持って私の前に膝を突いた。


「俺と婚約して、親族への挨拶回りの旅に出るんだ」


 さらりととんでもないことを言うジョーの贈り物は、金刺繍に赤いリボンが飾られた靴だった。


「ジョー! またそういう抜け駆けをして。今度エリオットに会った時にはしっかり伝えるからな」


 そうジョーに釘を刺しつつ、アンディは空色にブルーグレーの落ち着いたリボンを飾った帽子を差し出す。


「とは言え、シャノンが僕を選んでくれたなら悩みさえも共有したいと思っているよ」

「まぁ…………」


 繰り返される求婚に、さすがの私もこれは本気なんじゃないかと感じる今日この頃。

 けれどやっぱり傷物になった疑惑のある私を引き取るなんていう義務感から始まってるのは申し訳ない。

 それに、どうしてもエリオットとの仮の婚約が頭をよぎる。


「気持ちは嬉しいわ。けれどごめんなさい。今は、考えられないの」


 肩を竦めたジョーとアンディは、贈り物をひっこめずに私の膝に乗せた。


「また振られた。あいつもこれだけ思われてるのにな」

「エリオットは果報者だね。なのにシャノンを困らせてばかりだ」

「…………私の前では強がっているように思うの。二人に会う時は、どう?」


 私は定期的にアンディ宛の手紙をエリオットに持って行かせている。

 表向きは私を挟んでの交流だったので、私の従僕でなくなったエリオットと交流を続けてもらうために考えた手法だ。


「お嬢さまお嬢さまってうるさい。けどまぁ、立場が立場だしなぁ」

「昔はもっと余裕があったのにね。素を見せている感じはするけれど」


 容赦のない言葉だけれど、どうやら友情は続いているようだ。


「なぁ、手紙送るの俺のほうにしないか? 父上がアンディと文通してるって知って煩くなってさ」

「筆不精が何言ってるんだ。…………まぁ、うちも父上がジョーと差をつけるチャンスだって変な文言入れるよう言ってきて煩いけれど」


 それぞれに悩みは尽きない。

 そんなことが当たり前になった日々だった。


隔日更新

次回:留学命令

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