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86話:約束のサンドイッチ

 私たちは揃ってミックと待ち合わせた川に向かった。

 そこは水泳教室を行っていた場所で、水辺に焚かれた火を枯れ木を椅子にして囲むという見慣れた準備がしてある。


「ミック、モーリー。なんだかすごく懐かしい気分になるわ」

「お嬢さま。…………改めまして、この度はありがとうございました」

「…………っす」

「もう、ミック! ちゃんとお礼しなきゃ」


 モーリーは言葉の足りない兄に喝を入れた。

 大泣きして不安な表情を浮かべていたのが嘘のようだ。


「お礼なんていいのよ。ミックを助けられて良かったわ」

「や、その…………世話になりました。なんと言えばいいか、わかんねぇっすけど」


 ミックは迷った末に深々と頭を下げた。

 その姿勢には言葉にしなくても深い感謝の気配がある。


「俺は大したことできてないけどな」

「それ言ったら俺、ほぼ関わってねぇよ」


 また忸怩たる思いに顔を顰めるルーカスを、ジョーは明るく笑い飛ばした。


「いえ、お嬢に助けようとしてくれたことは聞いてます。そっちのお嬢の友達さんもあの執事捕まえるのを手伝ってくれたってのは知ってるっす。ありがとうございました」


 改めて頭を下げるミックの後ろでは、モーリーとエリオットが準備を始めている。


「お礼にもならないでしょうけど、どうぞ」


 モーリーの手によって並べられたのはサンドイッチ。もちろんミックお手製の。


「ジョー一人増えただけにしてはずいぶん作ったね」


 今まで以上の量に、アンディも驚いてサンドイッチの数々を眺めた。


「なんか気合入ってるみたいだけど、本当に俺もいいのか?」

「っす。お口に会えば、いいっすけど」

「ジョー、ミックの作るサンドイッチはどれも美味しいのよ」


 エリオットは我が家から持ってきた茶器のセットを使って全員分のお茶を淹れている。

 お皿を用意したモーリーは、私に笑顔で聞いて来た。


「どれにしますか、お嬢さま。ハム、チーズ、野菜、ポテト、ローストビーフに魚。どれも味は私が保証します」

「魚はこれ、生なのかしら?」

「いいえ、塩蔵してあります。この辺りでよく食べられるものなので、お嬢さまの口に合うかはわかりませんが」

「あら、モーリーが保証してくれるなら大丈夫よ。いただくわ」


 白身っぽい魚のサンドイッチを一噛みして感じたのは魚独特の癖。けれど美味しい。

 魚の癖は強めだけど、その分噛むたびに旨味が出てくるのがわかる。

 今まで魚料理で生っぽいものはなかったから、今の私には新鮮で懐かしい感覚があった。


「美味しいわ、ミック」

「…………っす」


 赤くなるミックはもしかして照れやなのかもしれない。


 お喋りしながらサンドイッチを食べていると、ジョーが大きな溜め息を吐いた。


「いいなー、俺も泳いでこんな風に気軽に食べたい」

「ジョーはいつも気軽に食べてるだろ」

「テーブルマナー嫌がって堅苦しい食事は逃げるじゃないか」


 途端にアンディとルーカスから突っ込みが入る。


「ちなみにジョージさま、泳ぎは可能なのですか?」

「学生時代に泳げなくてローテセイ公爵に馬鹿にされたからって父上から教えられた」


 こんな所で公爵の因縁が出てくるとは、本当に根が深い。

 ジョーとアンディが親の関係性を話すと、ミックとモーリーは驚いていた。


「なんか、お貴族さまも俺らとあんまり変わらないっすね」

「本当はそこまで仲が悪くないから言ってるんですか?」


 モーリーに確認されて、私は首を横に振る。

 あれは例えるなら水と油だ。

 高位の貴族という矜持が歯止めしてるだけで、平民だったら普通に殴り合いをしていると思う。


「水泳もいいけどジョーが来たならシャノンと魔法の訓練をしたいな」

「アンディは別荘にも家庭教師を連れてきていると聞いたけれど?」

「シャノンを守れなかったのが悔しいんだろ」


 笑って言うジョーを、アンディは拳で打って不服を訴えた。


「そう言えばシャノンはすごい才能を持ってると聞いてるけどどうなんだ?」

「そんなことないわ、ルーカス。入学して捜せば同じくらいの魔法使いはいるわよ」

「そんなことはありえません、お嬢さま」


 即座に否定するエリオットだけど、これがありえるのよね。

 こんなところでイエスマンを放棄しないでほしいなぁ。


「うちの別荘、今俺だけだし魔法の練習ならみんなで来いよ」


 親を置いて来たジョーが気軽に親指を立てたけど。


「ごめんなさい、予定があって私は別荘地を離れるの」

「え!?」


 アンディも驚くけれど、ミックとモーリーは平然としていた。


「侯爵さまって島に来ても一つ所にじっとしてないっすよね」

「そうなのか?」


 一年に一回来るかどうかのルーカスは私に目を向けた。


「えぇ、島の各街を回って視察をするの。長期休暇じゃなきゃできないから」

「旦那さまがルール島にお戻りになるのは基本的に執務のためですから」


 もちろんエリオットは一緒に移動する予定だ。


「えー! 俺せっかく来たのに!」

「ジョー、僕たちが休暇でもルール侯爵はそうじゃないんだ」

「ということは、別荘地に留まっていたのはミックのためだったのか?」


 ルーカスの言葉にミックは口を大きく開けた。


「マジっすか?」

「ミック、言葉」


 モーリーが肘を入れる間に、私は首を横に振って笑いかける。


「ミックのためというより事件解決のためよ。そんな申し訳なさそうな顔をしないで」


 私のほうこそ、留まってくれてて良かったとお父さまには感謝しているのだ。

 本当はもう移動してる予定なのに、領主や代官たちの予定にまで影響する責任を負ってまでミックの冤罪について自ら動いてくれた。


「別荘地には島を回って休暇の内に戻ってくるわ」


 今いるのは島の東で、そこから魔法学校のある南へと西に向かって移動する。

 そして島の最西端を回って北へ。また東に向かって時計回りに一周するのだ。


「そう言えば、この島に帝国の王子が来ると聞いた」


 ルーカスは王家に近いからこその話を無造作に振る。

 ミックたちがいる前で言ってしまうのはルーカスの素直さだろうか?


「もしかしてまた亡命っすか?」


 ミックの感想に私は苦笑を禁じえなかった。


「違うわ。湯治よ。生まれつき病弱な方だそうなの」


 このルール島は元国だ。

 そして現在、魔法学校がある関係で色んな国の者がやって来る。

 ニグリオン連邦だけど、他国の目が多いという特殊な場所。

 その上海を隔てる島なので、故国から距離がある。

 それらの理由で昔から亡命目的で来る者がいる。


「帝国の王子ってあれだよな、アンディ」

「そこで僕に振るあたりわざとじゃないよね、ジョー?」


 アンディの祖父は帝国からの亡命者だ。

 本人が皮肉と思い違うとおり、このルール島から渡りをつけてニグリオン連邦に亡命していたりする。


「帝国の王子と言うからには噂の継嗣かい?」


 アンディが気を取り直して私に確認する。

 体が弱くて皇帝になってもすぐ死にそうだから、今の内に別の後継者を用意しておこうと思われてるあの王子ではある。

 ただここではっきりと肯定するにはちょっと問題があった。


 まぁ、私からすればゲームの攻略対象がこの島に湯治に来るという全く別の意味があるんだけど。

 私は確認のためエリオットを見る。


「どの方かまでは警備の関係上お答えできません。帝国の王族の方が来年湯治にいらっしゃり、長期滞在をなさるとしか」


 王子と明言してしまったルーカスはこの段階でようやく手を打つ。


「言ってはいけないことか」

「気づくのが遅い」


 アンディが突っ込むと、ジョーはルーカスを指差して笑う。


「こういうの天然って言うんだろ」

「どうかしら?」


 ミックとモーリーが静かになっている。

 どうやら貴族間の極秘情報と判断して聞かないようにしてるらしい。


「えーと、念のために他言無用でお願いね」

「「はい」」


 ミックとモーリーはしっかり頷いてくれた。


「何処の王子も面倒ごとばっかりだな」

「あまり他人ごとではないだろう、ジョー」


 王妹を母に持つジョーに、アンディが呆れる。

 けれどジョーの目は王子の側近であるルーカスに向いていた。


「向こうで何かあったのか、ジョー?」

「いいや。逆に何もなさすぎて父上が殿下を心配してたくらいだ」


 ジョーの答えにルーカスは難しい顔をする。

 私も短い会話でなんとなく予想がついた。


 どうやらジョーがいた王家の別荘地では、継嗣であるウィリアムがいなくても何も問題がない状況だったらしい。

 それだけ生まれた新たな王子に注目が集まっているのだろう。


「ウィートボード公爵が心配するなんて、何があったんだい?」


 アンディはジョーの言葉を逆に捉えたようだ。


「うーん、皇太后さまがなぁ…………。第二王子にはベタ甘なんだよ。その上、それを陛下も気にしてないみたいで」

「それは…………ウィリアム殿下もやりきれないな。どうりでお一人でこちらにいるわけだ」


 アンディは言いながら、ルーカスから否定の言葉がないことに困ったような顔になった。


 皇太后はエリオットの祖母にもあたる方で、駆け落ちしたロザレッド伯の母にあたる。

 息子の醜聞に心痛めた皇太后は、皇太子となるべく生まれたウィリアムに厳しいことで有名だった。

 国王も皇太后の教育方針を支持してウィリアムには自制を教え込み、結果ゲームでは表は完璧王子に育つ。

 そんな皇太后が弟には優しく甘いなんて、確かに居た堪れないだろう。


(そんなだからルート選択でウィルは主人公の国に婿入りしちゃうんだよ)


 女子高生の私がそう胸の中で呟くのに、私は頷くしかなかった。



隔日更新

次回:新たな精霊

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