85話:事件の後に落ちる影
事件後、私たちはアンディの別荘に改めて集まった。
「よ、ルーク。お前が稽古でもないのに殿下の側を離れるなんて珍しいな」
「ジョー、来ていたのか。殿下からは休暇中くらい自由行動をさせてくれと言われたんだ」
ジョーもいることに驚いたルーカスは、肩を竦めて答えるという親しげな様子をみせた。
「ルーカス、呼び出してごめんなさい。ミックのことを説明しようと思って」
「いや、呼んでもらわなかったらこっちから行くつもりだったんだ。真犯人が捕まったと聞いた」
前のめりになるルーカスに、私はアンディと共に陥った危機を軽く説明する。
そしてジョーとエリオットに助けられて執事を捕まえたことも語った。
「…………犯人を捕まえたにしては暗い顔だ」
「えぇ。実は執事を役所から移すことになった後のことなのだけれど」
執事は町長について回っていたため、役所の人間に顔が効いた。
まだ牢にいたミックが執事が入れられると聞いた看守の反応から私に忠告をくれたのだ。
ミックの忠告はお兄さまからお父さまに伝わり、執事の交友関係を調べた。
その結果、役所の牢に入れておくのは逃亡の恐れがあるとして移送が決定したのだけれど。
「鍵のつく馬車に入れようとしたところで、町長の息子のポールに襲われたそうよ」
「襲われたと言うことはつまり」
「…………殺されてしまったの」
ルーカスはじっと考え込むように黙った。その顔には何処か無念さが滲んでいる。
正直私も悔しい思いでいっぱいだ。
重い沈黙が降りると、ジョーとアンディがルーカスに説明を続けた。
「どうもな、冤罪を既成事実化させるためにそのポールって奴に町長殺しの犯人に対する憎悪を助長させるように執事本人が吹き込んでたんだ」
「僕とシャノンが屋敷に行った時も早く殺せとしつこかったよ。けれどその煽った復讐心が事実の露見と共に自らに向いてしまったんだ」
「…………実はその場面を偶然見た」
黙っていたルーカスがそう呟くように告げた。
「殿下が真犯人が捕まったと聞いて気にかけられていて、忍んで様子を見に行ったんだ。あの殺意に濁った鬼気は、本物だった。あの場にいても俺は動けなかった…………」
ルーカスは自省するように目を閉じる。
執事がポールに襲われた後、殺人犯の側に王子を置いておくこともできず足早に去ったため、執事の死は知らなかったらしい。
そしてルーカスが言うとおり、ポールの狂気に移送を担当した役人たちも動けなかった。
犯行後に捕まったポールと言えば、殺人のショックで今も興奮状態のまま会話もままならないそうだ。
「…………だからそんなに暗い顔をするな。ミックは助けられたんだ」
「え? 私、そんなに顔に出てた?」
慰めるようにルーカスに言われ、みんな頷く。
まずい。落ち込んでいることをそんな簡単に見破られるなんて。
けど私が気にしてるのはポールのことだけじゃない。
執事は私たちに内情をばらしていたため、観念したのか聴取では密輸組織のことを口にしていた。
そんな執事が死んでしまったのだ。
「解決に何も手助けできなかった。俺のほうが忸怩たる思いだ」
「ルーカス…………」
忸怩たる思い。きっと今の私の気持ちもそう言えるものだろう。
執事を捕まえた後、お説教のためお兄さまがいた。つまり付き添いでオーエンも来ていた。
その時言われたのだ。
今回の事件は密輸組織が活動を停止して潜るための時間稼ぎだと。
お父さまが町長にかかりきりになっている間に、オーエンの部下は潜ってしまった。つまり、もう密輸組織は追えない。糸口は執事だけだったのに。
「…………悔しい」
だからオーエンは私が密輸組織と関わる町長殺害を調査することを止めなかったのだ。
全てが掌の上だと言われて、悔しくないはずがない。
私はどうやっても密輸組織に近づけないの? バタフライエフェクトよりもゲームの強制力のほうが強いの?
そう考えると気分が落ち込んでしまう。
「シャノンは本当に噂とは違うな。君と出会って他人の噂が当てにならないと学んだ」
「ルーカス…………私の見定めはもういいの?」
聞いてみるとルーカスはびっくりした様子で私を見つめる。
正直すぎる反応に、ちょっと笑ってしまった。
「だって、あなたが私につき合う理由なんてなかったもの。それにことあるごとに話題に出して噂のことを確かめようとしてるみたいだったし。なら、あなたとの接点はあの殿下にお声をかけられたお茶会だけ。あまり良い関わりではなかったのだから、勘ぐるなというほうが無理よ」
私をはた目から見たら、あのお茶会で王子と問題を起こしたことになる。
護衛のルーカスとしては問題解決のために私の人物像を確認する必要があると判断したんだろう。
「あぁ、なるほど。でもあの崖のことは?」
「あれは本気だと思うわ、アンディ」
「泳ぎの必要性について考えていたのは本当だ。偶然出会ったし、利益になる誘いだったから乗ってみた」
ルーカスは誤魔化すことなくはっきりと頷いた。
こういう一本気なところはゲームと同じだ。
そう言えば、腹黒王子と対照的な人物として描かれる攻略キャラだった。
「試すようなことをして怒っていないのか?」
「まさか。殿下の護衛として当たり前のことでしょう?」
「…………ジョー、面白い以外にもっと表現方法があったと思うんだが」
何故かルーカスはジョーへと文句を向ける。
確かに面白い令嬢なんて想像がつかないけど、どうしてそんな責めるように見てるの?
「不用意なこと言ってこれ以上ライバル増やせるか」
「ジョー? ルーカスは同じ火属性の攻撃適性なのだから、腕を競う相手として不足はないでしょう?」
私とジョーを見比べたルーカスは、突然手を打った。
「なるほど。ジョーはシャノンを好きなのか」
「そうだよ」
「あら、ありがとう」
微笑むとジョーとルーカスは見つめ合う。
「無理だろ」
「うるさい」
「諦めてください」
何故か短いジョーとルーカスのやりとりにエリオットが参戦する。
私は話しの流れがつかめず口を挟めないのに、アンディも当たり合えのように加わった
「家族枠はひっこんでいてほしいな」
「アンディもなのか」
何故かルーカスはびっくりしてる。
「これはなんの話になっているの? 私にもわかるように言ってくれないかしら」
「そしてそっちも無理だろ」
「うるさい」
「諦めてください」
ジョーと同じやり取りをして、男の子たちが私を蔑ろにする。
「なぁに? 私だけ除け者?」
「いや、シャノンは中心だ。婚約者はいなかったよな?」
「あら、ルーカスもいきなり求婚なんてやめてね」
「は?」
忸怩たる思いとかでって思ったら、ルーカスは怪訝な表情をする。
だから王都では有名な誘拐事件の後のことを話した。
「すでに婚約を蹴られておいてそれか」
「本気にされてないだけだから、蹴られたんじゃなくて保留だ保留」
「ジョー、まだ諦めてないの? そんな責任の取り方してもらわなくていいのに」
「シャノン、責任は責任だけどそうじゃなくて僕たちは本気で」
「往生際が悪いですよ」
アンディを遮るようにエリオットが私の側に控えたまま鼻で笑った。
ルーカスはじっと私の反応を見る。
「シャノン、俺が謝罪でもなんでもなく求婚したら受け入れてくれるのか?」
「え?」
伯爵家は名目だけなら侯爵より下だ。
ただし貴族社会には歴史背景である身分と、現在の権力である地位が存在する。
それで言うならグッドナー伯爵家は王家に近く、外様の侯爵家である我が家にとって家格としては申し分ない。
「俺はシャノンの性格はいいと思う。なんにでも一生懸命でわけ隔てないのも好感が持てる。それに色白で程よく引き締まっているのも好みだ」
「え、え?」
家について考えていた私は、いきなり個人的なことを言われて思わず顔が赤くなる。
しかもルーカスは真面目に言うものだから、反応に困って言葉が出なかった。
「待てよ、ルーカス! いきなり横やりとはいい度胸だな!」
「シャノン! 僕たちの時と反応が違いすぎるのはなんでだい!?」
「お嬢さま、こんな体目当ての相手に絆されてはなりません!」
「そ、そういうわけじゃないわ! ちょっと驚いただけよ。求婚されてもお断りします!」
誤解されて慌てる私に、エリオットは側に膝を突いてまで疑いの目を向けてくる。
本当にないわよ?
というかルーカスも攻略対象だ。つまりは主人公に恋をするはずの相手。
お願いだから私なんかに転ばないでほしい。
「ルーカス、冗談でも軽々しくそんなこと言っちゃ駄目よ」
「反応を見るために言ったのは否定しないけど、冗談ではないよ。シャノンなら」
「言わせねぇよ!」
「シャノン、この後の予定があるだろう!」
「そうです、お嬢さま。ミックとの約束があります」
ジョーがルーカスを遮り、私はアンディとエリオットに急き立てられる。
「あ、えぇ、そうね。ルーカス、時間はある? ミックに会いに行きましょう」
「あぁ、もちろん」
ルーカスは様子のおかしな友人たちを気にする様子もなくすぐに応じる。
うん、やっぱり冗談だったみたいだ。
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