48話:海上の聖女の荷物改め
「シャノン、いつからそこにいたのかな?」
「オーエンも、いつから目を離していた?」
「ちゃ、ちゃんと見てましたよ、若さま」
「その口の食べかす拭いてから言いたまえ」
お兄さまの指摘にオーエンを見ると、確かに口の端にチョコレートらしい汚れが薄っすらついてる。
慌てて反対側を擦るオーエンは、アリスに食べかすの場所を教えられさらに慌てる。
「シャノン、ここは働く人たちがいてだな。軽々しく子供が遊んでいい場所じゃ」
お父さまのお説教を聞いていると、こちらに向かって来る人がいた。
「侯爵さま? どうかなさいましたか?」
商人の呼びかけに、お父さまは一旦私へのお説教を中断する。
「問題ない。…………それで?」
「いえ、やはりお望みどおりとは難しく。こちらとしても信用に関わることですので」
何か断りを入れる商人に、お父さまは粘ろうと言葉を探す。
その様子を察して、商人は私に目を向けた。
「そちらは? なんとも愛らしい方ですな」
「あぁ、娘とその友人で」
お父さまが言った途端、商人は目を見開いた。
「お噂の海上の聖女さまですか! いや、これはお会いできて光栄です!」
商人の良く通る声に、近くの港関係者が反応して寄って来る。
「海上の聖女? 本物かい?」
「そう言えばルール侯爵がいらっしゃると聞いたぞ」
「聖女さまはルール侯爵家の者なのか? 知らなかったなぁ」
「王都にいたんじゃなかったか? いつこちらにいらしたんだ?」
まさか海上の聖女を見物に仕事の手を止めて寄って来られるとは。
ここまでその話広がってるなんて、あの王姪令嬢はどれだけの影響力があったのか今さらちょっと怖くなる。
「え、えっと…………お話しをするなら腰を落ち着けられる場所へ移動しませんか?」
「と、ともかく中へどうぞ」
一気に寄って来る人に驚いて助けを求めると、商人はすぐに移動させてくれた。
「申し訳ない。つい声が高くなりまして。しかし、海上の聖女さまもこちらにいらしているとは」
「そんなに話が広まっているのか。まさかここでも囲まれるとは思わなかった」
「それはもちろん! 我々は稼業に関わることならいくらでも話を集めますので」
商人曰く、港関係者だからこそ、海上の聖女の話に敏感なのだとか。
「クラーケン退治も陰ながら助けたとお聞きしておりますよ」
王姪令嬢そこまで言っちゃったの!?
商人の一言で、お兄さまは眉を寄せた。
「シャノン? クラーケン退治の時、何処で何をしていたのかな?」
「きゅ、吸盤を乾かしただけで…………危険なことは何も…………」
「あれか。いきなり剥がれたとは思っていたが、シャノンだったのか」
お父さまも頭を押さえて困る横で、商人は目がきらきらしていた。
「海賊もそのお姿を見て逃げたと聞きましたが?」
「単にわが国で指名手配されてるだけですから」
「セイレーンも指一本触れられずにいたとか?」
「この私の従者が魔法で守ってくれていたからですよ」
「船から落ちたというのに濡れてもいなかったというのも?」
「魔法を使っただけです」
「全て本当なのですね!」
なんで!? どうしてそこでテンション上がるの!?
ぐいぐい来る商人を相手に、私たちはまた船での武勇伝を語る羽目になってしまった。
「お話を窺えて良かった。侯爵さまの申し入れは少々難しく心苦しくはあるのですが」
「そこをなんとかならないか?」
「こちらも商売であるので。荷の横流しになってしまいます」
え、お父さま何してるの?
犯罪教唆?
「必要分の料金に上乗せをしてもかまわない」
え、お兄さまも?
いったい何をしようとしてるの?
「商人は確かに金を稼ぐことを生業にしていますが、同時に信用あってこそです」
商人が正論で突っぱねるから、お父さまもそれ以上言えなくなった。
「そうだ、聖女さま」
「そ、その呼び方はちょっと」
「あぁ、ではシャノンさま。罪滅ぼしということでもありませんが、船を見て行かれますか? 海上の聖女が乗ったとなればこちらとしても箔がつきます」
その申し出に、お兄さまが考え込むような目をする。
どうやら船に何かあるらしい?
あとこの商人の扱う荷物に興味がある?
知らないところで身内が犯罪を犯すより、側で止めたほうがいいよね?
「でしたら、お願いしてもいいですか」
「はいはい。ではご案内を」
「ただ客室は見飽きたのです。船の荷物を乗せる部分を見せていただけませんか?」
「船荷を?」
うん、言わなくてもわかるよ。変な子だよね。
普通綺麗な客室とか甲板を見たがるはずなのに。でもここは適当に理由をでっちあげさせてもらう。
「はい。故国で一度港の倉庫に入ったことがあるのです。色んな物が積んであって、ちょっとした冒険のような気分で楽しかったのです。せっかくの旅先ですから、少し変わったことをしてみたくて」
「それはそれは。はは、私などは幼い頃、倉庫が迷路のようで恐ろしく感じましたよ」
「見たことのない物が多くて、私は目新しさが先立ちましたね」
「なるほど、そういうこともあるのですな」
頷く商人はどうやら私の理由を受け入れてくれたようだ。
「良いでしょう。指示に従ってくださるなら案内いたしましょう」
「まぁ、ありがとうございます。お父さまも行きますでしょう?」
「あ、あぁ」
お父さまがすごくびっくりして私を見る。
あれ、違った? 船荷が気になってたんじゃないの?
「わ、私も、シャノン、いい?」
アリスが控えめに聞いて来てるけど、ちょっとワクワクしてる雰囲気がある。
私よりずっと女の子らしいけど、目新しいことやってみるのもアリス好きみたいだしね。
「ご友人とおっしゃいましたか、…………その髪、もしや…………お名前をお聞きしても?」
「えぇ、彼女はディオギュラ家の」
「え!?」
突然の声にアリスはびくっと肩を跳ね上げた。
商人は驚きと疑いの目でアリスを見てる。
どういう状況かわからないけど、アリスは行っちゃ駄目とか?
私は親しさをアピールするためにアリスの肩を抱いてみせた。
「アリスは私のお友達です。何か問題がありますか?」
商人はぽかんとした表情でもう一度アリスを見た。
「一緒に行ってはいけませんか? でしたら私もアリスを置いてはいけませんので」
「い、いえ、そのような…………そのような…………」
何かに驚いている商人は、もう一度アリスを見て、複雑な笑みを浮かべる。
ちょっと優しいような違う目をして…………あれは憐れみ?
「シャノン」
商人の案内で船に向かって歩いていると、消え入りそうな声でアリスに呼ばれた。
「私…………私ね、シャノンに、言ってないことが…………あるの…………」
苦しそうにそう告白したアリスの様子から、言いたくないことだということはわかる。
だったら言わなくていいんじゃない?
「あら奇遇ね。私もよ」
「え?」
「けれど、教えてあげないわ。まだ誰にも言ってない秘密なの」
「え、え? それはエリオットにも?」
「もちろん」
「え!?」
私の答えにエリオットがびっくりしてしまう。
けど教えないわよ。
私が日本人だなんて、教えたって証明できないし。
エリオットのことだから、頭を打った後遺症かもなんて心配しそうだし。
「でも、私もきっとエリオットのことまだまだ知らないことばかりよ。どんなに一緒にいても知らないことは増えて行くわ。だから一つ一つ知って行く楽しみも一緒にいればずっと続くの。秘密があることが必ずしも悪いとは私は思わないわ」
あえて軽く言って、笑ってみせる。
「だから、アリスも黙ってることを気に止まないで。言いたくなったら言ってくれればいいわ。でも、私が先に暴いてしまうかもしれないけれど」
「えっと…………」
「今は、船荷の探検をしましょ」
気後れしたように足を止めるアリスの手を、私は握って引いた。
途端にアリスは頬を染め、戸惑いながら笑顔を返してくれる。
きっとアリスは人を傷つける嘘を吐ける子じゃない。
もしくは言ったほうが誰かを傷つけることになる秘密を持ってるんじゃないかと思う。
だったら笑っていてほしい。そんな悪いことしてるみたいな顔しないでほしい。
「行きましょう、アリス」
「うん…………!」
私とアリスが先に行くと、背後で押し合うような音がした。
「待て、ロバート。エリオットも待つんだ。この状況で二人を引き離すのはあまりにも情けないぞ」
「お父さま、僕のシャノンが秘密を…………!」
「お嬢さまについて知らないことはないと思っていたのに…………!」
身内が騒がしいけど知らんふりさせてもらう。だって絶対面倒なことになるもん。
アリスも振り向かないでいいから。
困る商人に笑いかけると、そのまま案内してくれた。
沈黙を守って空気を読む。うん、きっとこの人はいい商人だ。
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