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46話:嘘の上書き

「お兄さま、港に行きたいです」

「シャノン、いきなりどうしたんだい?」

「この船を見たいんです」

「あぁ、これか」


 私は用意した資料をお兄さまに提出する。

 有名な商船で、その装飾の豪華さだけでも見物客がいるほど。

 資料には商船の詳細なデータから、商船を見ることで何を学ぶかというプレゼンまでが書かれていた。


「熱意はわかったけれど…………」

「人ごみには入りません。このお店で見物しようと思っています」


 却下と言わせず、私はさらに資料を提出した。

 資料には港を望む商館の情報。

 他国が営む商館で、その他国の売り物を実食できる施設もある。

 基本は商談のための施設であるため安心安全の個室。

 そして窓からは件の商船が見えるという好立地。


 そう全ては調べ済みなのだ。

 オーエンの手によって。


「なるほど確かにこれなら…………でも…………」

「僕はいいと思いますよ」


 まだ頷く気配のないお兄さまに、オーエンも参戦する。

 これはお兄さま説得の策としてオーエンが言い出したことだ。

 まずは私から言い出せと。そしてオーエンの用意した資料を効果的に出す。そこからオーエンが迷うお兄さまの背中を押すという段取りだ。


 もちろんオーエンが調べたため、商館へ行くまでの道には有名なお菓子屋さんに立ち寄れる。

 お兄さまが評した熱意は、私じゃなくてオーエンのものだ。


「…………君はシャノンに嫌われてなかったか? どうして自ら面倒を増やすようなことを?」

「はっきり言わないでくださいよ、若さま」


 傷ついてみせるオーエンが、言うほど気にしてないのはお兄さまにもわかるんだろう。

 問題は、ここからどうお兄さまの能力をくぐるのか、だ。

 そのやり方によっては、オーエンの手の内が見れるかもしれない。


「ちょっと若さま」

「ん?」


 お兄さまに耳うちするオーエンの声を私は聞こえないふりをしながら、全力で聞いていた。


「そろそろ外に出さないと、妹さん爆発しますよ」

「そうか? アリス嬢と仲良く刺繍をしているだろう?」

「ここのところずっと僕の目を掻い潜ろうとしてますって」

「だが、できていない。なら問題はないだろう」

「ありますよ。だからこそですよ。これ以上は無理ですって。その内力に物言わせて予想外のことしますって」


 言い募るオーエンに、お兄さまが反応する。

 嘘を聞きわけると言われる悪意感知が反応するって、私を逃がさない自信あるってこと?

 ちょっと腹立つんですけど。この黒幕め!


「正直、次何するかわかりません」

「外のほうがわからないだろう?」

「外と言っても馬車から商館、そして馬車ですから」


 お兄さまがまた反応する。

 どんどんお兄さまの顔が厳しくなってるけど大丈夫なの?


「確かに外ですけど、これくらい許さないと。もう室内遊びに飽きててですね」

「つまりは気分転換か」

「適度に空気は抜いておいたほうがいいと思います」

「何故船なんだ?」

「あちらのお嬢さまが言い出しまして。あなた方が行くので港に興味を持ったのでは?」

「適当なことを」


 お兄さまはもう三度目の反応なんだけど、オーエンは気にしない。


「目新しいものに興味を持つ年頃では? どうして船かなんて、僕じゃなくて妹さんに聞いてくださいよ」

「では何故君が推す?」

「そりゃもちろん、はしゃいで疲れてくれればお守りも楽です」


 本気のふりして冗談めかすオーエンに、お兄さまは反応するも疑わない。


 どういうこと?


「では人員をディオギュラ家から借り受けるよう指示を」

「人が多いと逆に動きづらいですよ」

「一人で三人を見る気か?」

「四人なら馬車一つでいいですから、目は届きます」

「ふむ」


 もしかして、オーエンは嘘と本当を混ぜてる?

 人数が増えて動きづらいのも、少ないほうが目が届くのも本当のこと。

 けれどお兄さまの異能は悪意感知。

 騙そうとしてるから反応があるはずなのに。


 どうしてお兄さまは反応しても流してるの?


「検討しよう」

「本当ですか!」


 違うことを考えていた私は、お兄さまの言葉に思わず喜ぶ。

 そんな私の反応にお兄さまは笑った。


「僕は寒いと暖炉の前を離れたくないんだけれどね。シャノンは違うみたいだ」

「確かに暖炉の前は離れがたいですけど、せっかくの異国ですし、やっぱり外に出てみたいんです」

「それもそうか」


 お兄さまが私の言葉の何かに反応する。

 悪意ってほどじゃないけど誤魔化しがあるから?


 けれどあえて無視してるお兄さま。

 もしかしてこれは、悪意が何処にかかってるかわかってないの?

 暖炉を離れたくない気持ちが、出かけたい思いを邪魔してると感じた、とか?


「さ、これでお膳立ては整いましたよ」


 お兄さまの部屋から廊下へ出ると、オーエンは得意げに言った。


「全く、甘味に釣られた人とは思えないわ」

「釣った魚にはちゃんと餌をくださいね」


 本気を感じるオーエンの確認に、私はちゃんと頷いておく。

 私に宛がわれた部屋に戻ると、机に箱があった。

 思いついて、箱に手を伸ばしながらオーエンに笑いかける。


「では、素直に口を開くならお魚さんにご褒美をあげるわ」


 従僕として黙って部屋の扉を閉めるエリオットを確認して、私はオーエンに質問を投げかけた。


「どうやってお兄さまの異能を掻い潜っているのかしら?」

「さて、異能? なんのことかな」

「知っているでしょう。そうでなければあなたの目敏さに不釣り合いよ」

「…………ちなみにその箱の中身は?」

「お兄さまがお土産に買ってきてくださった、ドライフルーツのチョコがけ」


 箱を開けて私は中身を一つ取り出す。

 干しブドウをチョコで固めたものだ。取り出した時点で甘酸っぱい干しブドウと芳醇なチョコの香りが広がる。

 オーエンの目の前で、私はチョコを食べてみせた。


「あー…………」

「さすがお兄さま。フルーツの甘みを殺さず、かといってチョコの濃厚さも損なわない豊かな風味」


 オーエンは物欲しそうに箱を見てる。

 どうやらゲームの設定ではなく本当に甘党なようだ。


「ただこれは私にはちょっと甘さが足りないの」


 だから残ってた物だ。

 いつもなら侍女にお裾分けするところだけど。


「欲しいなら素直にお口を開けてね?」


 そう言って笑いかけると、オーエンは大人びた表情で笑う。


「…………僕がそんな手に」

「エリオット、いる?」

「あー!」


 結局、甘味の誘惑に勝てず、オーエンは吐いた。


「つまり嘘の上書き?」

「異能と言っても結局は人間の感覚なんだよ。同じ刺激を受け続けるとどうしても鈍くなるものさ」


 美味しそうにオレンジを短冊切りにした物を食べながら説明してくれた。

 こうして見てると美味しそうなんだけど。


「甘さ、足りなくはない?」

「いやいや。フルーツの甘さを活かすならこれがいいよ」

「そう?」

「甘さを楽しみたいのなら、ナッツと合わせたチョコはどうだい?」

「あら、いいわね」

「きっとお茶にもあうよ。あ、コーヒーは飲める?」

「ミルクとお砂糖がいっぱいに入っているなら」

「だったらいっそビターチョコがいいね」


 何故かチョコ談義を始めてしまった。

 話を逸らされたことに気づいて、私は咳払いで仕切り直す。


「そんな恥ずかしがらなくても。子供は子供らしくいてもいいと思うよ」

「あら、子供というのは可能な限り早く大人になろうとするものなのよ」


 私の答えにオーエンは困ったように笑った。

 表面的な表情や言葉だけで受け取るなら、オーエンは子供を心配するいい大人でしかない。

 きっとお兄さまやアリスにもそう見えてる。

 けれど私はオーエンを信用できない。


「そうだね。雇われ人で平民の僕にはわからない苦労が君にはあるんだろうね」


 けれどこうして話していると、本当に私の知るオーエンなのか疑ってしまう。

 それがオーエンのやり方で、ゲームでもこういう感じだったと知っているのに。

 ジョーやアンディのような、ゲームの時との違いはない。

 ならオーエンはゲームの時の性格と変わってないし、この先も変わらないんだろう。


 それが少し、残念に思ってしまった。


隔日更新

次回:スイーツ巡り

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