クレーテ王家のグリエルモス
モス視点
いつもの山の中、露店風呂で誰かの声を聞いた。
どうするかと思って風呂に入ったまま考えていると、脱衣所のほうからマウリーリオが現われる。
「おや、本当に呼んでも出てこないんだね」
「やぁ、マウリーリオ。いや、今はマオと呼んだほうがいいのかな?」
「だったら自分もモスと呼ぼうか」
「それは僕の名前の長さを嫌った従妹が…………まぁ、いいか」
そう呼ばれるの嫌じゃないし、たぶん劇団員たちもそれで覚えてる。
「…………自分も入っていいかい?」
マウリーリオの言葉に、僕はお湯の中から両手を広げた。
「もちろん! 君も温泉の素晴らしさを体感するといい!」
裸を気にしないマウリーリオに風呂の入り方教えて、僕たちは二人で湯船に沈む。
「「はふぅー…………」」
山林からのどかな鳥の声がする。
たまにモンスターのうなりが聞こえるのはご愛敬。この島何処でも聞こえるしね。
「…………ずいぶん元気にやってるんだね。クレーテのほうでは全く姿を見ないと心配の声を聞いたのに」
「おや、僕が死んだとでも? ひひ、残念ながらすこぶる元気だよぉ」
「驚いたよ。しかもずいぶん明るくなって」
思わずマウリーリオ見るけど、善意しかない…………。
自分で言うのもなんだけど僕を許容するのは親戚くらいだ。
血が繋がってない姻戚になると叔母さまとシャノンくらいなのに。
同じ姻戚でもマウリーリオの家とは引っ込み思案だった幼い頃しか交流がない。
「こういうことなかったから調子が狂うねぇ」
「おや、一緒にお風呂入る人は?」
「いないねぇ。まずこの山奥に登って来るもの好きが少ないし。逆にこんな所にいる相手は訳有でのんびり風呂なんてねぇ?」
そう言えばアンリは入学まで島には戻らないのかな?
シャノンから聞く限り諦めずに来そうだけど、それもそれでどうなることやら。
「なんだか悩んでる音がするね。噂に聞く例の我儘令嬢かな?」
「ぶふ!? それ、あの劇団が言ったのかい?」
当たりだけど、まだそれ言ってると知ったらシャノンが面白いことになりそうだ。
マウリーリオは幼い頃から音がすると言っていた。それが音楽的才能として見出されてはいたけど、たぶん異能だよね。
本人気にしてないし僕のように健康に害を及ぼすこともないから言う必要もないけど。
「違うから取り下げたと言っていたよ。ここで実物を見たそうだね。本物のほうがずっと題材になる面白い相手だって」
「ひひ、懲りないねぇ。いやぁ、そうなると次回作がどうなるか楽しみだよ」
「ふむ、どうやらかのご令嬢とは親しいようだね。どんな人物なんだい?」
「どんな、そうだねぇ。…………いや、実際に見てくれたほうがいいだろうね。君は自分の目と耳で知ったほうがいい相手だろう」
さて、考える風なマウリーリオに僕の音とやらはどう聞こえているものやら。
その異能のせいでなんだかんだつき合いにくい相手だ。思えばこうしてさしで話すこともなかった。
「君がそう言うなら従ってみよう。少なくとも君は悪い感情を持っていないようだ」
「そうかい? まぁ、ここ数年ましにはなったけど、子供の頃はわかりやすく甘やかされたお嬢さまだったよ。こっちが病気で欝うつしてるところに、元気いっぱい騒いで」
ずいぶん昔のことだ。そう思って忘れてたけれど、シャノンが来てそんな話をした。
忘れたと思ってたのに当時のことを恐ろしくはっきりと思い出したのには僕も驚かされたものだね。
だというのに言った本人はうろ覚えだなんて。
その上、自分でもどうしようもないのに薬になれとは本当に…………。
「我儘なところは昔と変わってないかも知れないな」
「その割に君は嫌そうではないね」
さてここはどう答えよう?
そんなことはないと言っても、そのとおりだと言っても嘘になりそうだし、突っ込まれるのも面倒だ。
よし、話題を変えようじゃないか。
「そりゃ、求婚するくらいの相手だからね!」
「おや、そうなのかい! そんなに素敵なレディなんだね」
「いや、それはない」
おっとしまった、つい素で否定してしまった。
けど素敵とは違う。うん、絶対違う。
大体素敵なレディならまず顔のいい従者を常に引き連れない。
あれって、これ見よがしに顔の良さを見せびらかしてるようなものじゃないか。
それに話しで聞く公爵家の継嗣たち。あれも求婚されておいてやっぱり引きずり回すってどうなんだろう?
いやいや、まず直近で海賊に攫われた帝国の王子を助けに海賊船に乗り込むとか、知り合いの海賊見つけたから海賊船乗り換えるとか…………。
うん、淑女という言葉は決してシャノンには似合わない。
「僕はここに永住したいのさぁ。それにはシャノンに養ってもらうのが手っ取り早くてね。断られたけどこの真摯な願いは届いたようで、今まで聞いた求婚の中で一番情熱的だと言われたよぉ」
「打算でも、生涯を共にしていいと思った相手なんだろう?」
おっと、また善意しかない言葉が来た。
シャノンなら打算的過ぎると怒るところなのにねぇ。
あ、もうこれ言っていいか。
「実はこれ言うと慌てたり怒ったりで面白い反応をくれるんだよぉ」
「ははは、古老のような落ち着いた音がすると思ってたのに、本当にここでの生活が気に入ってるんだね」
「本人に会うことがあっても秘密にしておいてくれると助かるねぇ」
古老ねぇ?
ここは多感なティーンにはつまらない場所かもしれない。けれどこの変わらなさが僕には肌に馴染む安心感がある。
「ところで、以前髪染めに来た時に話していたノアという少女は誰だい?」
「あぁ、一応劇団に関しては男装で通すことになってるから、ノアの性別も秘密で頼むよぉ。ちょっとお家の関係でねぇ」
何故かマウリーリオは僕を見つめる。
変なことは言ってないはずだけど?
「名前を呼ぶ時の音が同じだ」
「あー、そう来たかぁ。…………もういいや。ともかく自分で人となりを確かめる気でいてくれ。僕からは何も言わない」
まさか名前を口にしただけでばれるとは早すぎないかい?
こればれたらシャノンに怒られるのは僕なのかな?
「なんだかミステリアスだね。楽しくなってきた」
よくわからない感覚だなぁ。
有り余る才能と能力を遺憾なく感情のままに使う令嬢にあるまじき存在なんて、知っても不可解さが増すだけなのに。
もっと別の使い方をすれば悪評以上にもてはやされるだろうに、シャノンはそこには興味がない。
やることは大きいのに基本的に自分の周囲で物事が完結して満足してる。
欲がないとも言えるくらいに。
「モスも劇団に参加するんだろう? どんな劇を作るのか楽しみだ」
「いや、僕は発明を見たいと言われただけで劇団には」
「そうなのかい? 髪を染めるなんて劇団のために作ったのかと」
「いやいや、あれはなんで作ったんだったかな? あぁ、確か色をつけて見えるようにできないかと考えて…………」
「君は何か別の物を作りたかったのかい?」
「まぁ、そんなところだ。そうだ、これが最近作ったものでね」
「おや、ノアがしていた眼鏡だね」
そう言えばマウリーリオがいたから念のために目を隠させたんだった。
あの後ちゃんとこれも機能していることは確認している。
「これは生命に宿る魔力を視認できる眼鏡だ」
「生命に宿る魔力を? つまり見れば相手が魔法使いかどうかわかるのか、すごいね」
マウリーリオは興味を持ったようだけれど、その言い方だと大したものではないように聞こえる。
この国の魔法使いはだいたい自然にできることなんだよね。
問題は、生命を見える眼鏡にさらに魔力の別を付与したことだし。
「かけてみても?」
「どうぞ。自分を見ながら魔法を使ってみるといい」
これには魔力を持たない生命は映らない。
けれど魔力を持ち確かにそこに意識を持って存在している者なら映る。
例えば、シャノンの足元に湧き出る猫とか。
「面白いね。確かに魔力が見えるし、魔法を使うと魔力が動いているのがわかる」
「楽しんでもらえて何よりだ」
「…………あまり浮かない音がするね。まだこれでも完成じゃないのかい?」
「ひひ、求める真理は未だ遠く、と言ったところだね」
叔母さまの側にも何か丸いのがいた。けれどシャノンも叔母さまも僕には何も言わない。
だったら僕も何も言わない。
けど、それがちょっと面白くないのは確かだ。
せっかくここまでできたのに、いや、これは単なる副産物でもっと別の最終形態がある。
まだ僕の出番じゃない。
「おや、やる気に満ち溢れているね。この温泉は活力を与えてくれるのかな? うん、僕も創作意欲が湧いて来た」
マウリーリオが魔法で音を出すので、耳を澄ますふりで僕は目を閉じた。
活力を与える。
その言葉で浮かんだのはシャノンだ。
彼女と再会してから確かに僕は以前よりも…………。
「あ! 音を出すと魔力が音のままに美しい波形を描く!」
「波形? それは見たことがないな。見せてくれ!」
マウリーリオから眼鏡を取り、僕も魔法を使ってみるけれど波形とは違う。
けれどマウリーリオは確かに波形と呼べる形になるので、その違いについて僕たちは論じ合った。
そして、気づけば茹っていたのだ。
「もう、マオと一緒に湯あたり起こすなんて!」
たまたまやって来たシャノンに介抱されつつ、そう怒られた。
僕は当たり前にやって来たシャノンの姿に思わず声を出して笑う。
目覚めてシャノンの顔を毎日見る。
それが生涯を共にすることだと言うのなら、悪くないと思った自分を嗤ったのだ。
どうやら僕は自分が思う以上にこの血の繋がらない従妹を気に入っているのだとそう、自覚した。




