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「どうしてこんなところにいるんだ? 何をしてるんだ」
突然のことにうまく頭が回らない。驚きと疑問が一馬の思考を占領した。
いつもは二つに結んでいる髪が、ひとつに束ねていた。吊り上った目は一馬を見据えている。
「ねえ、バレちゃったけどどうする?」
かえでが振り返り、もうひとりの黒ローブに話しかける。
「やれやれ。いつかは知ることになるとは思っていたが、こんなに早かったとはな。これは計画を前倒しにする必要があるかもしれん」
低い、男の声。
「お前は俺にとって悪運を運んでくるようだ」
ローブの男はゆっくりと近づいてくる。一歩ごとに、一馬に緊張が走った。
重圧。
どこかで感じたことのある重圧。
どこかで聞いたことのあるハスキーな声。
「そんな……」
一足先に正体に気付いたありさは驚愕の声を上げる。彼女にとって意外な人物だった。
「夜は出歩くなと注意したはずだぞ、衛藤」
それは、学校で聞く声。
生徒を諭す、教師の声。
「烏丸先生……?」
男がフードを取る。
現れたサングラスの顔は、想像通り、金畑高校二年二組の担任である烏丸のものだった。
聞きなじみのある声でも、学校では聞いたことのないような冷たく威圧感のある声だ。
「こうして会うのは二度目だな」
「二度目? どういう、ことですか」
立て続けに明らかになった衝撃の真実に動揺しつつもなんとか質問を返せた。
「やはり覚えてないか。俺たちは一度、金畑ゴールデンホテルで出会っている。何を隠そう、お前を殺したのはこの俺だからな」
どくん、と一馬の心臓が暴れ出す。恐怖から逃げだそうとしていた。血液が高速で循環し、脳を活性化させる。
ずきん。
頭痛とともに、情景が蘇ってきた。
金畑ゴールデンホテルの最上階。
女の悲鳴。かえでの悲鳴。
倒れる妹の姿。
駆け寄る兄。
立ちふさがる男。
見知った顔。
手を伸ばし一馬を持ち上げる烏丸。
力が抜け、崩れ落ちる一馬。
一馬をつかみ、吹き抜けから投げ落とす烏丸。
烏丸の蛮行に叫ぶかえで。
かえでの声も遠くなり……。
「うわあああ!」
追憶を終えると、全身から汗が噴き出した。呼吸が荒く、胃液が逆流しそうになる。リプレイした恐怖が脳を揺らした。
「思い出したようだな。あの時上から見ていて驚いたぞ。確かに殺したはずだったんだが、消えたはずの命の輝きが再び点ったのだからな」
平然と言う烏丸。一馬の生死を歯牙にもかけない、感情を宿さない冷徹な機械のような声だった。
「あんたは……あんたはいったい何なんだよ、烏丸ぁ!」
「先生をつけろ」
飛びかかる一馬の腕を取り、赤子の手をひねるように地面に組み伏せた。
「ちょっとあんた! 約束は忘れてないでしょうね!」
「安心しろ、もう殺しはしない。少しの間動けなくするだけだ」
烏丸が腕に力を込めると、一馬の全身から力が抜けていく。烏丸が離れて自由になっても、一馬は立つことすらできなくなった。
「な、なにをした」
「お前の生命力を少しだけ吸い取った。しばらく動けまい。さて、そろそろ戻らなくては明日に支障が出る。帰らせてもらおうか」
それだけ言うと、一馬に背を向けて夜闇に溶けていった。
「待て、烏丸! ありさ、追ってくれ!」
「で、でも、一馬を置いては」
戸惑うありさの横からどんと突き飛ばされる。
「お兄ちゃんにこれ以上近づくな」
かえではそう言い放つと、烏丸の後に続いた。
「かえで、行くな。帰ってこい!」
「ごめん、お兄ちゃん。もう少し待ってて」
振り返らず、去っていった。
その姿が完全に見えなくなると、拳を地面に降り下ろす。
「何なんだよ! どういうことだよ!」
一馬の叫びは空しく響く。
残された一馬とありさは、二人が消えていった方向を見つめることしかできなかった。




