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夜の町は警官の目が多くなり、黒ローブの捜索が厳しくなった。一馬ひとりならあるいは言いくるめることも可能だったかもしれないが、ありさの小柄な体躯では義務教育を終了しているとすら信じてもらえないだろう。
「二人羽織りはどうかな?」
「嫌だよ。どうみても俺たちの方が不審者だよ」
なので、警官の姿が見える度に不自然にならないよう進路を変えなくてはならず、効率が悪かった。
夜の公園は申し訳程度の外灯が点き、ところによっては暗い。遊び手のいない遊具が静かに朝を待っている。
「うわああ!」
静寂を突き破る悲鳴が轟いた。二人は現場に急行した。
外灯の光がスポットライトのように照らすのは、うつぶせに倒れている男性の姿。仕事帰りなのだろう、スーツを着ているが、石畳の上では汚れてしまう。
その奥。
夜闇に溶け込むように、それらはいた。
「黒い……ローブ」
真っ黒なローブに身を包む二人は、フードを目深にかぶっていて顔は見えない。男か女かも、見た目からは判断できない。
二人組は一馬たちの姿を認めると、逃げるように走り出す。
「逃がさない!」
ありさが火球を飛ばし、その行く手を阻む。黒ローブのひとりが手振りでもう片方に何かを伝えると、二人がかりでありさに向かってきた。
攻撃のタイミングをずらしながら攻める黒ローブたちにありさは防戦一方だった。ローブのせいで攻撃の初動がつかめず、受け流すのに精いっぱい。攻めに転じようにも片方の隙はもう片方が補う。完璧なコンビプレーには見えないものの、ありさの動きを封じるには十分だった。
ありさには切り札の炎の“ファントムペイン”がある。しかし相手にも複数人を病院送りにできる正体不明の能力がある。状況は初めから不利だといえた。
「卑怯だぞ! 正々堂々タイマンで戦え!」
“発症者”と渡り合える力はなく、まともに喧嘩ひとつしたことのない自分が割って入っても、ありさの足を引っ張ることになる。無駄だとわかりつつも野次を飛ばさずにはいられない。
ところが、その声に反応したのか黒ローブのひとりが一馬の方を向く。
活路を見出したありさは、よそ見をしたローブを引っ張りもう片方に対する盾とした。が、しかし。
「うあっ!?」
ローブを掴んだありさが離れ、手を押さえながら後退する。わずかに血が流れていた。
「ありさ、どうした」
「わからない。手のひらに何かが刺さったような」
一馬が駆け寄り、手を診る。痛々しい傷口が血で濡れていた。
近づいてきた黒ローブの手には、先端が尖った棒状のものが握られている。それを槍のように突き出した。
「危ない!」
一馬の体が考える前に動いた。身を挺して庇い、防御は考えない。
「!?」
なぜか槍先の軌道が逸れる。それでも完全に一馬の体から外れられず、右腕をかすめた。袖が破け、血が噴き出る。
「くっ! このっ!」
今一馬を狙われたらまずい。ありさは炎で牽制し、黒ローブを遠ざけた。その隙に、スカーフを一馬の傷口に巻いて止血する。
黒ローブは初めから一馬は眼中にないとばかりにありさの方を向き、言った。
「離れなさい、この泥棒猫!」
若い女の声。
たった今命のやりとりをしていたのにしては、場違いな台詞を言い放った。
「今の声。お前、まさか……」
一馬が愕然とする。
黒いローブの女が持っていた棒状のものは急速に小さくなり、真下に水たまりを作った。まるで氷が溶けたように。
「かえで……なのか?」
女がフードを取り払う。
一馬にとって見慣れた顔。
目下行方不明の妹。
一馬の知らないローブ姿。
「お兄ちゃん」
衛藤かえで。妹との再会だった。