5-2
惜しくもそこで昼休みの終了を告げるチャイムが鳴ってしまい、話は放課後に持ち越しとなった。生徒が寄りつかない空き教室で待ち合わせ、一馬が先に到着して待っている間に玉滝環について思い出していた。
かえでが「タマちゃん」と呼び、衛藤家にも何度か訪れたことがあった。すれ違えば軽く挨拶する程度の間柄なので記憶に残ってなかったのも無理はない。同じ学校に進学していたことも知らなかった。
「お待たせしました」
玉滝とありさが同時にやってきた。二人は同じクラスなのだから、授業が終わるのも同じ時間である。
「玉滝さん。思い出したよ。ウチに来たことあったよね? かえでのことについて話があるっていうけど、それは何だろう」
「えっと、その前に、宮前さんとはどういうご関係で?」
ちらちらとありさの方を窺う。できれば部外者には聞かれたくない、という顔をしている。
うっかりしていた。
一馬とありさは、かえでが金畑ゴールデンホテルでの事件を引き起こした黒幕を追う都合上、手を組んでいる。“ファントムペイン”やら“発症者”やらのことを説明せずには、ありさがこの場にいる理由がない。情報の共有という点でありさが同席するのが望ましいが、そのための口裏を合わせていなかった。
「どういう関係かって聞かれたら、それは恋人同士という関係だよ。らぶー」
世界が停滞するかのような爆弾発言を、手でハートを作りながら起爆させた。
「……」
玉滝が目を点にしている。ここは勢いに乗って合わせるしかない。
「そ、そうそう。らぶらぶー。将来の妹の話っていうならありさも無関係じゃないさ!」
冷や汗がだらだらと流れる。これは苦しいか? と判決を待つが、意外にも、
「お、おおお付き合いされてたんですか!? それも将来を誓った……失礼しましたー!」
すんなりと信じた。昼休みの食べさせ合い(に見える一方的略奪)を見たことで信憑性が増したのだろう、と一馬は分析した。
「かえでちゃん、まだ帰ってきてませんよね」
一馬が入院している間、学校に来なくなったかえでを心配して連絡を取ろうとするも、反応がない。家に電話して出た母親からかえでの行方不明を知ったという。
「もしかしたら私、かえでちゃんがいなくなったことに心当たりがあるかもしれないんです」
「何? それは本当か?」
「ただ……かえでちゃんが秘密にしていたことにも触れなければならないので、言うべきかどうか悩んでいたんです。特にお兄さんには知られたくなかったようなので。でも、そんなこと言ってる場合じゃないですよね。心配ですから」
「それで、その秘密っていうのは何なんだ?」
玉滝は眼鏡をくいっと持ち上げ、言った。
「実はかえでちゃんは……魔法少女だったんです!」
「……」
「……」
一馬とありさ、両名とも反応に困って固まった。
「あ、信じてませんね。本当なんですよ! ありさちゃんは正真正銘魔法が使えるんですよ」
「いや……信じる信じない以前に、もう少し話してくれないか。それだけじゃあ、判断のしようがない」
「そ、そうですね」
少し長くなりますが、と前置きをして玉滝は語る。
「私とかえでちゃんは小学校からの友達ですけど、それだけじゃないんです。魔法少女同好の士だったんです。女の子が魔法を使って事件を解決したり、悪者を退治したり。二人でよくアニメの話をしていました。あのキャラの魔法がかっこいい、こういう使い方に感心した、って。
かえでちゃんはよく言ってました。体が弱くても魔法が使えれば人の役に立てるかなって。次第に私たちは自分自身が魔法少女になることに憧れるようになったんです。どんな魔法が使えたらいいか、どんなコスチュームを着たいか。二人で考え合って、実際にコスプレしてみたりしました」
これが写真です、と携帯電話を取り出す。かえでと玉滝がふりふりで色とりどりな衣装を着て可愛らしいポーズを決めていた。楽しそうな笑顔で、一馬は妹のこんな顔を見たことがない。
「可愛いですよね、かえでちゃん。とってもよく似合ってて。でも、かえでちゃんは私以外の人にこの趣味がバレないようにしてました。お兄さんに知られたら恥ずかしさで死ねるって言ってたほどです」
玉滝は続ける。
「かえでちゃんが本当に魔法少女になったのは、先月の終わりくらいのことです。かえでちゃんに『見せたいものがある』って公園に呼び出されました。『見てて』と言うと、かえでちゃんは水道から流れる水に触れます。すると、その水がたちまち凍ってしまったのです!」
見ている方が驚くオーバーリアクションでその時の衝撃を現す。
「他にも水たまり、ジュースの入ったペットボトル、いろいろと凍らせたんです。あれは魔法と言うほかありません」
ある日突然魔法に目覚める。それこそまるで、かえでが好きだという魔法少女もののアニメのような展開ではないか。
「それは……確かに驚くべきことだけど、かえでがいなくなったこととどう関係してくるんだ?」
「はい。ここまでが前提となります。本題はここからなんですけど、その、あの子のことを怒らないでくれませんか?」
「保証しかねるな」
「ですよねー……。魔法が使えるようになったかえでちゃんは、今度は魔法少女っぽいことをしたいと言い出したんです。つまり、悪党退治を。私もそれに賛成したから同罪です。憧れの魔法少女が近くにいたんですからね。私もサポートとして関わりたかったんです。さすがに服装は目立たない地味なものでしたが。だけど、悪の組織だとか異世界からの侵略者だとかがそんなにホイホイ見つかるわけがありません。そこで、街の治安維持活動を始めました。昼間は学校があるから、活動は主に夜。ガラの悪いカツアゲしてる人や、悪質な酔っ払いが暴れていたらかえでちゃんが魔法で取り押さえ、私がお巡りさんに通報。こうやって魔法少女っぽいこととして活動していました。すると一週間くらいで正義の味方の噂が立つようになりました。その話を聞くたびに、かえでちゃんとこっそり笑い合ってました」
一馬は全く気が付いていなかった。今月になってかえでが高校生になり、朝起きるのが遅くなったとは思っていたが、それは環境が変わったことによる疲れか何かだろう、と深く考えなかった。
「今月の半ば頃でした。変な女の人に出会ったんです。ところ構わず痰を吐いていました。その臭いたるや、鼻炎気味の私ですらわかる迷惑極まりないもので、正義感たぎるかえでちゃんがやめるよう声を掛けたんです。その人はかえでちゃんを見て言いました。『あら、あなたもお仲間ね。あなたも誘われたかしら?』女の人は驚くべきことを口にしたのです。近いうちに、金畑ゴールデンホテルを占領して傷を持つ者たちが盛大に暴れるパーティを行う。傷を持たない奴らに苦しみを与えてやるんだ、と」
間違いなくそれは、一馬も巻き込まれた事件のことだ。一馬とありさは無言で視線を交わす。
「その人は一通り話すと、ふらふらと去っていきました。私はなんだかヤバい話を聞いちゃったなって怖くなったんです。子供が首を突っ込んでいいものじゃありませんでした。もう正義の味方ごっこはやめようとかえでちゃんを説得して、それ以来はやってません」
これで私が知ってる、お話したかったことは以上です、と締めくくった。
“ファントムペイン”を“発症”したかえではその力で社会に貢献しようと、正義の味方の真似事を始める。最中に偶然にも犯罪が行われる情報を手に入れてしまう。玉滝はもう関わるのはよそうと止めるも、かえではひとり突っ走ってしまい、金畑ゴールデンホテルの事件に巻き込まれた。
「やっぱりかえではあの場にいたんだな……」
ではどうして帰ってこないのか。まだ欠けている情報があるようだ。
「ねえ、玉滝さん。ちょっと質問いいかな」
「うん。どうぞ」
「あなたが最後に夜の見回りに出たのは、その女の人に会った日だよね。それ以降は二人ともやってないんだよね」
「二人だったからこそやってたことだし、もう危なそうなことに関わるのはよそうって約束したからやってないよ」
「そう。それからもうひとつ。見回りしてた時、あなたたちはローブを着てた?」
「え、ローブ? そんなの着ないよ。身元がバレないように、かえでちゃんはお兄さんのパーカーを借りてたし、私は市販のウィンドブレーカーだったもん」
ありさの質問の意図が掴めた。これで噂になっていた正義の味方と、昨日の男が目撃したという黒ローブの二人組は別物だということが判明した。これからは正義の味方を探す必要はなく、黒ローブについて調べればいい。少しだけ進展した。
「あの、お兄さん」
玉滝は俯いて言う。
「かえでちゃんのことは怒らないであげてください。かえでちゃんは決して遊びでやってたわけじゃないんです。興味本位だったのは私の方です。もうかえでちゃんに近づくなというならその通りにします。ですから、どうかあの子は許してあげてください」
お願いします、と頭を下げた。
「別に、俺は怒っちゃいないよ。もちろん玉滝さんのことも。だから、これからもあいつの友達でいてやって欲しい」
「そうですか…………ありがとう、ございます」
ずっと、誰にも相談できなかったこと。自分のせいで友人が行方不明になったかもしれないという不安。玉滝の顔は、それらがいくらか解けたことを物語っていた。彼女を安心させるにもかえでを無事に連れ帰るしかない。
「あいつが人の役に立ちたいだなんて立派なことじゃないか」
「まあ、人の役に立ちたいっていうよりも、誰かに認めてもらいたかったっていうのがあったのかもしれませんが……」
「誰か? 誰だそれは」
「私からは言えません」
いたずらな笑みを浮かべる意味が、一馬にはわからない。ありさに小腹を小突かれる意味もわからなかった。