脚フェチな彼の妹6
「食べ物にも住処にも困らなかったよ。その辺のサルとか熊なんかにも懐かれてさ、何でも持ってきてくれたし、イイ感じの洞穴とか教えてくれたりもしたしね。元々狐だから電気も水道も必要無いし。けど狸、てめーはダメだ」
チビ喜由が、割と軽いノリでこれまでの生活を教えてくれた。
俺が人知れずチビ喜由の苦労に思いを馳せていたというのに。
「じゃあ何か? そこそこ快適な暮らしをしてたって事か?」
「うん。ずっとそこに居ようって思ってたもん。また人間達にとっちめられるのもヤだしね」
「だがこうして俺達の前に現れた。何故だ?」
「本体の封印が解けたって分かったから」
「拙者の?」
意外なチビ喜由の回答に、本家喜由も驚いている。
右の人差し指で自分を差しながら、俺の方を振り向いた。
けど俺も、首をひねる事くらいしか出来ない。
「こないだまでは全然気が付かなかったんだけどさ。ちょっと前に昼寝してたら急にビビッて伝わってきたの。あ、どっかで力使ったって」
「え、ホントに? ちょっと前ってどのくらい?」
「良く覚えてない。お天道様が2・3回昇ったくらい?」
そう言いながら、チビ喜由がちょこんと首を傾げて見せた。
しかしその言葉が本当だとすれば、直近の事だ。
2・3日前と言えば――
「おい喜由。ひょっとしてお前が最初に元の姿を見せた時なんじゃないのか?」
計算が合う。
今日は月曜日。大豆生田に最初に襲われたのが土曜日だった。そしてその日のうちに融合を試そうと思ったけど、全然イメージが湧かずに諦めたんだ。
ただ、その日はお光と光世のパワーアップには成功した。そしてその副産物として喜由が九尾ヴァージョンになったんだった。
「多分、ね。あの日だろね」
「って事は何か? 結界云々とは言っていたものの、その実完全には遮断されてはいなかったって事なのか?」
「うんにゃ、それは無いでござる。多分この子にしか伝わってないよ。魂魄の共鳴だね、きっと」
「そうか…………でも待てよ。魂魄の共鳴って言ったけど、それじゃどうしてお前はコイツの封印が解けた事に気が付かなかったんだ?」
「……これは拙者の想像なんだけど、この子の封印が解けたのって、割と拙者と同じくらいの時期なんじゃないかな、って思うんだよね」
喜由が顎に手を当てながら、神妙な顔つきで言った。
その視線はチビの方に向けられている。
「何か根拠でもあるのか?」
「ほら、拙者って普通の人間みたく母者のお腹にいたじゃん? 兄者の付喪神として。んでその頃って自前の妖力なんてほとんど無くて兄者の霊力で繋いでたからさ、多分共鳴しなかったんだと思うんだ」
「ふむ……成程な」
一通り喜由の話を聞いて、俺も改めてチビ喜由に視線をやった。
確かに一理あるし、ある程度筋の通った仮説だ。
しかし、まだナゾはある。
「もしそうだったとしても矛盾がある。封印が解けた時、お前は瀕死だったんだろう? けど俺が居合わせたから生き延びる事が出来た。じゃあコイツはどうなんだろう。ひょっとして、コイツも誰かの付喪神になったんじゃないのか?」
「それは無いね。純度100%の拙者の妖力しか感じないから。多分自前の妖力で復活したんだろね」
「どうして言い切れる?」
「だって拙者はある程度回復してた力を、おみっちゃん殿達の元の持ち主との大喧嘩で使っちゃったじゃん? だから瀕死だっただけ。マジメに封印されてれば、解けた時にはある程度自由に動けた筈だね」
「ああ、そうだったな……」
そう言えわれて思い出した。
その昔、お光・光世と喜由は、互いに殺し合った仲だったんだ。
普段和気藹々と話なんかしてるのを見てるもんだから、すっかりその事を忘れていた。
でもそうだとしたら――
「お前完全体でも無いのにあの大剣豪と互角に渡り合ったっていうのか? いや、柳生十兵衛がどんだけ強かったのかは知らないけど。お前実は相当強いんじゃないのか?」
「あり? 今頃? 自分で言うのも何だけど、拙者めっちゃ強いよ。全盛期のマイク・タイソンくらいならデコピン一発でソッコーKO楽勝っすわ」
「いやその例えも良く分からんが………………」
妹はとんでもないバケモノだった。
その事実を、改めて思い知った気分だ。
「ねえ本体。お話もう良い?」
「え? あ、ああ、うん。どったの?」
「元に戻ろうよ」
「はい?」
「きっと3号もここに来る筈だよ。そしたらさ、元に戻ろうよ。その為に来たんだから」
「え……」
チビからの唐突な申出に、喜由は固まって返事が出来ずにいる。
しかし、良く考えなくても、別に唐突でも何でもない。ごく自然な考えだ。
本来の姿に戻りたいという欲求は。
「元に、ねえ……………………」
それなのに、俺の方を向いている喜由の表情は、渋い。
簡単にイエスとは言えない様子だ。
それもまた当然だろう。
もし九尾の狐が完全復活となれば、これまでのような生活を送る事は、もう不可能になるだろうから。
俺としても、そんな事望んではいない。
出来るなら、ごく普通の家族として過ごしていきたいと思っている。
けど、勿論自覚もしている。
付喪主の能力を得た時点で、そんな事は到底不可能になったという事は。
よろしくお願いします。




