脚フェチな彼の試練
「これからは遠慮なんてしないですぐに連絡してくれ。まあ何事も無くて何よりだったが」
翌日の放課後。
部室で先輩にお小言をいただいている。
「はい、気を付けます。ご心配お掛けしすみませんでした」
俺の謝罪の言葉に続いて、カーンという小気味良い金属バットの快音が聞こえて来た。
昨日の大豆生田・巴御前との戦いの経緯を先輩に報告したところ、何故すぐに報せなかったのかと注意されてしまったのである。
いきなりの出来事でそんな余裕は無かったという事もあったが、疲れ切っていた先輩に遠慮してしまったのも確かだ。
「いや、ボクも疲れていたとはいえ油断していた非もある。何より同じ学校に賊が潜伏していた事に気が付かなかったんだ。仙洞田君だけを責める訳にはいかないよ。これからはお互いに注意する事にしよう。それで良いかな?」
「勿論です。逆に気を遣わせてしまったみたいで恐縮です」
喧嘩両成敗、という訳でも無いが、一先ずこれにて手打ちのようだ。
俺と先輩はお互いに少し笑って、揃って湯呑のお茶を啜った。
――さて、どう切り出したものか…………
昨夜あの後喜由は、結局チビ喜由のリクエストにははっきりとした返事をしなかった。
チビはブチブチと文句を言っていたが、何とかなだめすかして取り敢えずは納得した様子を見せるに至った。
ちなみに日中の世話はお光と光世に任せている。両親へのカモフラージュは、喜由がいつものように妖力を駆使してあっさりと解決した。
『昔のあたしが時をかけて会いに来てくれたの。ねえ、しばらく一緒に居ても良いでしょ?』
などと意味不明な理由をでっち上げて。
まあ見た目は完璧に小さい頃の喜由だ。オヤジもオフクロもすぐにメロメロになってはいたが。
問題の先送りと言えばそれまでだが、しかし、結論を急ぐ事も出来ない。
だかた俺は、今日その件で先輩に相談しようと思っていたのである。
「ただ、まあ一応事の次第は黒井さんに報告しておくよ。しばらく姿を見せないなんて言葉、流石に鵜呑みには出来ないからね」
「よろしくお願いします」
「ところで仙洞田君、昨日話しそびれてしまったんだが……ここ最近で何か変わった事は無かっただろうか。あの付喪主達の一件以外で」
さあどうやって話を持って行こうか、そう考えていたところで、いきなり先制攻撃をくらった気分だった。
変わった事? 思いっきりありましたけど?」
「急ですね。何かあったんですか?」
などとはとても言えない俺は、取り敢えずとぼけてみる事にした。
「いやね、実はこの間の捕り物の話なんだが……実は君にも結構関係がある事件だったんだよ」
「俺に、ですか?」
「うん。昨日は疲れていたから話せなかったんだけどね? ボクが取り逃がしたっていう妖なんだが」
「はい」
「九尾の狐の分身である可能性が高いんだ」
カキーン。
再び快音が聞こえて来た。これは大きいな。
先輩の問いかけは“核心に迫るようなもの”ではなく、“ズバリ核心を突いたもの”だったようだ。
「どうしたんだい? 白い顔をして」
「え? い、いえ? 別に何でもありません、けど?」
「ふうん、なら良いんだけど……で、話は戻るが九尾の狐だ。勿論まだ確定した情報では無いんだ。ただ、これまでの経緯などを総合すると、その可能性は非常に高い」
「へ、へえ~」
「っていうかボクも見たしね。狐の耳と尻尾を生やした、可愛らしい小学校入学前後くらいの女の子を」
「………………へえ……そう……です、か………………」
「これが本当に可愛らしくてね。何度か決定的な場面に至ろうとしたんだけど、つぶらな瞳を潤ませて見つめられてしまうと、どうにも手を出せなくなってしまったんだ。あれも魅了の術の一種だったのかも知れないな」
そう話す先輩は、真直ぐに俺を見て一瞬たりとも視線を外そうとはしない。
努めてクールを装う俺だったが、顔以外の全身には冷や汗が流れっぱなしになっている。
「君の妹君もね、今のままの状態で居てくれるんだったら、ボクも黒井さんも黙認しているつもりだった。けど、事態は少々複雑になってきてしまったんだ。白面金毛九尾の狐。伝説の大妖怪がもし復活する事になってしまったら……正直滝夜叉姫の件よりも、遥かに緊急性の高い一大事になるだろう。そうなればボク達も動かざるを得ないよ。君の望まない方向にね。分かるだろう?」
「………………はい」
相変わらず俺を見据えている先輩。口元には笑みを浮かべているが、目は全く笑っていない。
俺の心臓は音が漏れ出すんじゃないかと思うくらい、激しく動悸していた。
一先ず気を落ち着かせようと、俺は湯呑を持ち上げて口に運んだ。
「まさかとは思うが……もう既に容疑者と合流して復活について話し合っている、なんて事は無いよな? 仙洞田君?」
「ぶごぉぁはっっ!!」
遠慮呵責無くお茶を噴き出してしまった。
幸い噴き出す寸前で顔を横に向ける事が出来て、先輩への直撃だけは回避する事が出来たが。
「おいおい大丈夫か? どうしたんだい?」
「だ、がっ……! は、い……だい、じょう、ぶで、す……」
ゲホゲホ咳き込む俺に、先輩が声を掛けてくる。
「す、すみません……ちょっとお茶が変なところに入ったみたいで……」
「そうか? 慌てて飲んだりしたのかな? でも、まあそれなら良かった。ボクはまたてっきり何かやましい隠し事でもしていて、それをズバリ指摘されたものだからビックリしてむせ込んだのかと思ったよ」
「は……は、はは……そそそそそそそそそんな事、ある訳、なななな無いですよ」
「だよな。仙洞田君がボクに隠し事なんて、する訳無いもんな」
「と、当然ですよ。は、はははは、はは」
俺の乾いた笑い声が、虚しく部室に響く。
針のむしろとは、まさにこういう状況の事なんだろう。
チビ喜由の話を持ち出す前で本当に良かった。
が、このまま白を切り通せる自信は全く無い。
息詰まる神経戦は、まだ始まったばかりだった。
よろしくお願いします。




