終章
世界を救った英雄のその後ってちょっと気になりませんか?
だけどそんな風に言うと、大抵は話した人皆に首を傾げられます。
普通は世界を救うまでの輝かしい功績に心を奪われるものらしいですよ。
でも、今度の英雄に至ってはちょっと違うんですよ。今期の英雄ラディス殿の今後には今や世界中が注目しています。
「待ちなさい!」
と威勢の良い声をあげて彼の結婚式に乱入してきた女によってその騒動は始まりました。
「異議を申し立てよう」
そこに現れたのは朱色の髪をした甲冑姿ルミドラ姫でした。誰もが羨むような絶世の美女が、ラディスと私の結婚を阻んだのです。もう、昼ドラみたいな展開に当事者でありながらわくわくしちゃいました。乱入者がルミドラ様だったので尚更ですね。
ただ問題が一つ。そのルミドラ様は単身のりこんだのではなく、魔物の大群を率いてやってきていたのです。
皆さん仰天ですよ。私だって本当にびっくりして笑っちゃいました。人間動転すると感情と行動がちぐはぐになっちゃうみたいです。
そういえば、ルミドラ様が先日の誘拐事件の主犯でしたよね。私が気絶している間にこの方がラディス殿と対峙したのは間違いないので、もうお会いできないと思っていました。無事だったんですね。
でも、いつもお手紙に映りこんでいた従者の方はいらっしゃいませんね。影のようにいつも寄り添っていたあの方がいないだなんて……。ああ、そういえば高位の吸血鬼は倒れても日がくれれば再生すると聞いたことがあります。と言うことは、そういうことですね。ご愁傷様です。
「魔王陛下! お迎えに参りました」
ルミドラ様は、そう言い放つと、私を抱き上げてそのまま逃げちゃったんです。
「え?」
何かの間違いかと思いました。でも、私とラディス殿を間違えるってよっぽどですよね? しかも「魔王陛下」は確かに私の中にいますし、たぶん人違いではないはずです。
麗しの姫君に抱きかかえられる花嫁ってそんなの聞いたことがありません。メロドラマならここで手と手を取り合って逃げるのは美男と美女のはず。決して同性同士ではないはずなんです。
「先日は申し訳ありません、陛下の宿主とはつゆ知らずご無礼を」
「はあ……」
恐らく再生して間もないのに、魔族って丈夫に出来ているんですね。女性なのに私を軽々と持ち上げちゃいましたよ。誘拐の実行犯たちと違って丁寧に横抱きにしていただけたのはまだ救いです。これならお腹は痛くありませんから。でもこの体勢だともろに目が合うんだ。その表情からは必死さが伝わってきます。無理もありません。だって、ルミドラ様は一度ラディス殿に成敗されているはずなんですから。その恐ろしさは身に染みているはずです。
「無事に魔国にお届けしますから」
いや、それは結構です。魔族も魔物の人型って稀なんでしょう? そんな魑魅魍魎に囲まれて暮らすのはごめんです。
しかし、そんな心配は無用でした。逃走劇はそこで終わったからです。
ルミドラ様は建物を出てすぐ、ラディス殿の追撃により捕らえられました。それも彼たった一人であの魔物の大群を全滅させた上で。怖ぁ。絶対に敵にはしたくない人です。
この騒動は一週間前の出来事です。
お陰で、私の結婚は有耶無耶になりました。私としては雰囲気に流されてそのまま結婚しちゃいそうになっていたので正直助かりました。
そして、今私は……
「とりあえず、早く決裁してください」
「わかってますよ」
「わかっているなら、ブツブツ言ってないで次々捺す」
「はいはい」
相変わらず執務室に閉じ込められています。
ルミドラ様が魔物を先導して攻め込んできたせいで、各地でそれに便乗した紛争みたいなのが乱発しちゃったわけです。何でも、私を魔国に連れて行ったものが次期魔王になれるなんて根も葉もない噂が流れているみたいです。魔族は魔王の定義をよく分かっていないようですね。お陰で私の自由は今まで以上に制限されています。ある意味私の存在は魔王復活に必要ですから保護という観点からは仕方がありませんね。
でも笑っちゃうね魔王、アナタの存在無視ですよ! あんまり人望なかったんですね? 心の中で語りかけますが、魔王は返事をしません。私が魔王にならないと誓った日からこちらからの働きかけにはウンともスンとも言いません。私の隅っこに居るみたいなんですが存在感が日に日に薄くなっていくのを感じています。何だか不気味です。
ラディス殿はといいますと次期魔王候補たちを討伐するために再び旅立っていきました。そんなわけで英雄殿は「その後」に突入することが出来なくなっちゃったんです。 私も彼を導かなければならないので隠居は先送りです。残念。まぁ、その間になんとか夜逃げの準備をしておこうと思います。
私たちの忙しい日常をよそに、今この国の乙女たちはラディス殿の「その後」に並々ならぬ関心を寄せています。どうやら先日の醜態が歪められて市民に伝わったみたいなんです。
そして、それを聞いた全ての人々は願います。この戦いが英雄の勝利に終わり、人の世に平和が訪れることを。そして、噂に聞いた美しく甘い恋物語がハッピーエンドになることを……。
美しく甘い恋物語って……。笑っちゃいますね。
私は今日もバンバン判子を捺します。世界平和と、導くべき人と、私の平凡な日常を取り戻すために。
私にだって未来を選ぶ権利はありますからね!
END
まずはじめに、この話は魔法のiらんど様にて執筆したものを加筆修正後に転載したものだということをご了承ください。
本編はこれにて終わりとなります。ここまで読んでくださってありがとうございます。
思いつきだけで、プロットもキャラクターデザインも無しで書いた作品なので至らないところもあったかと思います。
たくさんキャラクターが出てきたわりに絡みが少なかったことが悔やまれます。
特にヒロインエリシュカとヒーローラディスの絡みが凄く少ない。
あとは、実はお気に入りのルジェク王子あたりをもっと弄りたかったような気がします。神官長様とか。
この後は、気になる部分をSSで幾つか書いていきたいと思います。
良かったらもう暫くお付き合いください。
2013年7月2日
19話目「勇者と初恋の女性」を追加
2013年 09月 02日 (月)
20話「悪役の宿命」を追加




