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女神の祝福

 これは一体どういうことでしょう。

 いつもとは違う雰囲気にちょこっと戸惑っています。何か変なんです。でも何がと言われると説明し難いです。何というか、今までと手順が違うというか、様式が違うというか。とにかく、ちょこっとだけいつもと違うんです。一つ一つの状況を見れば同じようなシチュエーションが無かったわけでもないので微妙なんですけれどね。

 でもまぁ、最近はそういうのも慣れっこなのです。とりあえず、状況に流されてみますか。


「……って、何で?」


「え?」


「いやいや、何でお母さん? お父さんまで!」


 そんでもって、何故かその場に現れる両親。何だろう。こんなことは初めてです。

 いつもより少しだけ豪華な法衣を着せられ、聖堂の入り口に連れて来られています。国賓が来ているからと着飾られました。これは極稀にあるんです。

 でもやっぱり様子が可笑しいんです。だって、私いつもは祭壇の裏で控えているだけですから。表に出ることなんて滅多にないんですよ。滅多にってだけで全くないわけではないのですが……。


「あら、そんなやぼったいマント脱ぎなさい」


「え、でもこれは勇導士の正装で……」


「いいから」


 叙勲でもあるんでしょうか? だって国賓が来てるって……。あれ? 国賓って国王陛下を想像していましたが、もし陛下のことでしたらこんな回りくどくは言わないはずです。だったら、何なのでしょう?


「ちょっと、頭を下げてくれる?」


「あ、はい」


 母に促され、私は少し屈んで頭を下げました。

 次の瞬間、私の視界は白い靄に包まれました。


「は?」


「綺麗よ、シュカ」


「いってしまうんだね」


「は?」


 何だかもの凄くヤバイ展開になってきたような気がします。何なんでしょう。冷や汗が止まりません。

色濃くなる不穏な空気に本能が逃げよと警鐘を鳴らします。それに従い方向転換して一歩を踏み出すと、父に腕を捕まれました。それとほぼ同時に聖堂内から厳粛な雰囲気の音楽が流れ始めます。


「こ、この曲は!」


 嫌な予感的中です。目の前でゆっくりと開く荘厳な扉。扉はフラントゥーナ様を象徴するガーベラのような形の花のレリーフで飾られています。この花の名前は知りませんが、もしこれがガーベラならば皮肉なくらいにフラントゥーナ様にぴったりの花です。「常に前進」は彼女のモットーですからね。選んだ人を誉めてあげたい。

 恨みを込めて皮肉ると心の奥でチリチリと燻るものを感じました。ダメですよ。私はそれほど怒っていません。人間なんですから、ちょっとした苛立ちは当たり前でしょう? 怒りは負の感情というわけじゃありません。喜怒哀楽は人間の基本的な感情なんですから、一々反応しないでください!


「では、行こうか」


 魔王に気を取られていた私は、父に手を引かれて行きたくない方向へ踏み出してしまいました。

 嫌です。そっちはダメなの。まだ、無理なんですって。

 顔が強張ります。目の前には、白い大理石のヴァージンロード。その脇には国賓級の参列者。その先には祭壇の向こうで厳しい顔をした神官長様。先導する少女達の手によってヴァージンロードをは柔らかい色彩に彩られていきます。

 いつの間にかつけられたシルクの手袋は手汗でぐっしょり。そのなんとも居たたまれない状態の手の中には、ブーケが握らされています。鈴蘭のような可憐な白い花をいくつも束ねた可愛らしいつくりのものです。いつの間に……。


 もう一度目線を祭壇に移すと、先ほどかけられた白い靄の向こうにきんきらきんの頭が見えました。

 ああ、やっぱり。そういうことですよね。だって、この大理石の通路を通っていいのは祝福を受ける乙女だけ。

 でも無理無理無理無理。

 ゆっくり引きずられるように歩いていた足が急に止まります。けれど、父が笑顔で更に腕に力を込めました。あんた! 娘を生け贄にするつもり! それでも父親か!

 最近これまでよりはラディス殿と仲良くしていましたよ。正体もバレちゃいましたし、相手の正体もわかっちゃったので誰と居るより楽でしたからね。でもね、それとこれとは話が違います。彼が直明の生まれ変わりだとしてもです。前世では夫婦でしたよ。確かに愛してました。でも、こちらに来てからはまるで孫をみるような気持ちで見守ってきたんですよ? そんな相手と結婚なんてあり得ない。

 私は白い靄のように薄くなめらかなベールの合間から父を睨み付けました。


「緊張しているのかい?でも、花嫁がそんな顔でどうする。さあ、笑ってごらん」


「くっ」


 もう歯が欠けそうです。なんで空気を読んでくれないの? いや、待てよ。この状況。もしかして空気を読めていないのは私でしょうか? だって、みんな祝福ムード満載です。待ちに待った花嫁に参列者全員が食い入るような視線を私に送ってきます。中には嫉妬に狂った憎悪を向けてくる人も居ます。怖いです。

 そんなことを考えている間にも、私と新郎の距離はどんどん縮まっていきます。

 もしも、ここで私が逃げ出したらどうなるのでしょう? もしかして、さっき睨んできた人は味方になってくれるかもしれません。でも、前列に居る勇者パーティーに太刀打ち出来るのかしら? ……どう考えても愚問です。答えは簡単、無理です。

 八方塞がりなんですね。じたばたするだけエネルギーの無駄のような気さえしてきました。助けてくれそうな方はいませんし、例え居たとしても役に立つとは思えません。おい魔王、どうでもいい時ばっかりしゃしゃり出で来ないでこういうピンチに何かしらしなさいな! この際、魔王にすらすがりたい。そう思って語りかけますが、やっぱり返事はありません。居候のくせに生意気なヤツです。とはいえ、見返りを求められても困るのでいいのですが。

 ああ、余計な事を考えているうちにもう祭壇が目と鼻の先に迫って参りました。もう年貢の納め時ってやつなんでしょうか? いやいや、まだ私は未婚。まだ間に合いますよ!

 私はちらりと見えたアルノシュト様の方に視線を向けます。王太子の権力なら何とか逃げられるかもしれません。いまなら間に合います。私を連れて逃げちゃったりしませんか?


「おめでとう」


 しかし、私の想いは通じませんでした。殿下は声にならないほどの小さな声で祝福の言葉を述べて俯かれました。あちらは完全に諦めたご様子。

 もう、意気地無し!

 八つ当たりしてみますが、気持ちがわからないわけでもないんです。だって絶大な人気を誇る英雄から花嫁を奪った王子なんて、支持されませんもんね。それに殿下の妃になりたいわけでもないので良いんですけどね。

 しかし、もう縋るものはないのですね。諦めがゆっくりと私を支配していきます。ただそれは絶望ではなく、焦りのような感覚なんです。こう、なんかモヤモヤするような、逃げたくなるような、それでもって罪悪感みたいで歯痒い感覚。なんだこれ?


 祭壇の前で父の足が止まりました。私と組んでいた腕をほどくと、その手を目の前のキンキラ男に渡します。

 渡しちゃダメだよ!お父さん。私を見捨てないで!

 離れていく父の手を恨めしく思いながら見つめます。完全に離された父の手を見て私は心細さに震えました。

 代わりに私の手を受け止めたのは、熱いゴツゴツした戦士の手でした。その手が触れた瞬間、その部位から焦りが競り上がってくるような感覚に囚われます。どうしよう。緊張しているのでしょうか? 体が麻痺したみたいに全く動きません。それなのに、細かく痙攣するみたいに震えているんです。本当になんだこれ。


「先に一ついいかな?」


 ラディス殿が祭壇の下で急に跪きました。

 あまりにも急なこと参列者たちはざわめきます。私だって、何が起きたか全くわからず軽くパニックです。


「万里子、いや勇導士エリシュカ様、これまで私を導き支えて下さってありがとうございます」


「なんなんです?」


「これからは妻として私と共に生きてくれないでしょうか?」


 突然のプロポーズでした。まさかこのタイミングで? いやいや、遅いし。そして、それ以前に要らないし。


「もう、逃がさない」


 彼は、上目遣いで見つめてきます。

 靄のごとく極薄く繊細なベールごしに彼の宝石みたいな瞳と目が合いました。その瞳に見つめてられると、何故か激しく不安になるんです。


「これだけが、心残りだったんだ」


 彼はそう言うと、懐から綺麗な装飾が施された小さな箱を取り出し開きました。そして、愛しそうにそれを暫く見つめるとゆっくりとこちらに差し出しました。


「これは……」


 差し出されたそれを見て私は固まりました。身体中に何かわからないものが駆け抜けていくような衝撃を感じたんです。

 差し出されそれは、ラディス殿の瞳と同じ色の石が嵌め込まれたリングでした。


「なんで……」


 これは……。


 抜け落ちていた記憶がまるで逆再生みたいに甦ります。気がつくと、私の頬は涙で濡れていました。


「何で?」


 いつの間にか床に投げ出されたブーケ。変わりに手の中には先ほどの小箱が握られていました。私はただ何も出来ずにそれを見つめています。意識はあるのに、まるで夢をみているみたいにふわふわして……。小箱を握る私の手が、しわくちゃの老婆のそれと重なって見えました。


「何で、今更」


 白昼夢でしょうか。それを握るしわだらけの手が小刻みに震えているのがわかります。楕円形にカットされたアクアマリンが横長に配置されたプラチナのリング。それを目にしたかつての私の視界もやはり涙で霞んでいます。


「お父さんが、お母さんの86歳の誕生日にって、作ったものだよ」


 勇一郎の声まで聞こえます。

 86歳の誕生日。それは私たち夫婦が結婚して60年目の記念日でした。そしてあのリングは金婚式を忘れた旦那様がお詫びにと10年後に用意したプレゼント。いつか欲しいといった誕生石がつけられた、とっておきのものでした。でも、それを彼から受け取ることはありませんでした。

 彼はそれが出来上がる前に旅立ってしまったから。


「ごめんね、万里」


 ラディス殿の顔が初めて直明と重なりました。


「いいの。ありがとう。本当は……」


 会えて嬉しかった。本当に会いたかった。心の底から涙が溢れてくるようでした。


 私は、直明が亡くなってからずっと泣きませんでした。老老介護に疲れ果てていましたから、悲しいと思う前にほっとしたのだと思います。それから約3年、私は彼の居ない生活を何事も無かったかのように送っていました。きっと忘れていたのだと思います。

 けれど、それは届きました。息子の手で。そして私は思い出したんです。彼が居ないことを。

 それからの人生はやはり覚えていません。ただ、泣き暮らしたように思います。そして、彼を愛していたことを再認識したんだと思います。

 ラディス殿と私の年齢差を考えると私はその1~2年後に亡くなったようです。


「マリィー……、エリシュカ。結婚してくれ」


 ラディス殿の瞳が心配そうに揺れています。

 そういえば私はいつもこの瞳を見ると焦りのような不安が込み上げました。きっとその先には踏み込んではいけない深淵があったからです。それを避けるために私は本能的にこの思い出に鍵をかけていたのかもしれません。

 きっと、最初に彼ーーラディス殿に出会った時に気付いていたんだと思います。だから、必要だと感じながらも、避けていたんです。余りにも彼の瞳があのアクアマリンの輝きに似ていたから。


 ラディス殿は私に手を差しのべました。

 私は吸い寄せられるように、その手をとりました。こうして手を繋ぐのは何年ぶりでしょうか? ラディス殿とは初めてのはずですが、とても懐かしいです。

 私たちは、手を取り合って祭壇に向かいました。

 その時、神官長様の奥に佇むフラントゥーナ様の像が柔らかく微笑んだような……そんな気がしたんです。





「私たちは今、勇者ラディスと勇導士エリシュカの結婚式を挙げようとしています」


 神官長様の宣言と共に式が始まります。

 薄暗い堂の中に差し込むステンドグラスの光りがとても神秘的です。これまで毎日ここでお祈りをしていたのに、今初めて気がつきました。反響するパイプオルガンの音色も、渋い神官長様の声もこの粛々とした空気をさらに神聖なものへと高めていくようです。

 続いて創世神話から成る愛の歴史について神官長様がお説教なさいます。お説教はフラントゥーナ様への信仰を誓って締められました。


「それでは誓約をしていただきます。皆様ご起立ください」


 上級神官さんが、神官長様の号令に従って参列者の皆さんに起立するように促します。


「勇者ラディスと勇導士エリシュカは今結婚しようとしています。この結婚に正当な理由で異議のある方は今申し出てください。異議がなければ今後何人たりともこれを覆してはなりません」


 その場にいた誰もが沈黙をもって、この結婚に賛成の意を伝えます。

 いいの? いいの?

 しかし、ここまで流されていた私の心が、ここに来てまた疑問を投げ掛けてきます。

 不安になって隣を覗きみると、アクアマリンの瞳は私を気遣うような穏やかな視線を向けていました。

 ああ、きっとこれでいいんだ。あんなに私を怯えさせていたあの目を見て、何故か不思議とそう思えたんです。不安や焦りがおさまって。私の心は、ただただ穏やかでした。





「待ちなさい!」


 しかし、世の中上手くはいかないものなんです。







読んでくださってありがとうございます。


現世

エリシュカ・ハンナ

前世

村橋 万里子


現世

ラディス・ウラディス

前世

村橋 直明


となっています。

万里子は世に言う鬼嫁で、直明は真面目で穏やかな旦那様でした。



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