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勇者様は乞う

 毎度ですが、それでも思います。居心地が悪いです。たいそう居たたまれないです。直ぐにでも逃げ出したいです。そんな風に感じる出来事が、最近多すぎる。毎度なんて、どれだけ続くんですか。


「エリシュカ殿」


「はい、勇者様」


「ラディスと呼んでください」


「ラディスど……さま?」


 私が名前を呼ぶとラディス殿の表情がパァっと明るくなります。うわっ、眩しい。目が焦げて失明しちゃいます。庶民にカリスマ攻撃とはなんと容赦ない。

 私は思いっきり目をそらすと、黙々と料理を口に運びます。

 ここは高いので有名なレストランです。きっと目の前の食卓には見目美しく美味しい料理が並べられているはずなんです。しかし配膳された綺麗なお料理は震える腕が盛り付けるだけ無駄と言わんばかりに即座に崩していきます。全く記憶に残りません。味だってしませんよ。本当に勿体ない。本気で残念です。出来れば違う方と一緒に来たかった。

 さっきなんて、パンと間違えて手前に飾ってあった置物をかじりそうになりましたから。どれだけ緊張しているんでしょう。


「エリシュカ殿は恥ずかしいがり屋さんなんですね」


 うわ! どうしたんですか。恥ずかしがり屋に「さん」がつきましたよ! なんなんでしょう! むしろ、貴方は誰ですか? 本当にあのラディス殿?

 いやいや、違います。彼はこんなに控え目じゃありませんし、丁寧でもありません。

 まさか、私の正体を知った魔族がラディス殿に化けてやってきたのでは? いや、しかしそれならさっきのルジェク様も同じになっちゃいます。この短期間でそこまで綿密に計画出来ますか? まず王都には魔物避けの結界が五重に張り巡らされ、各門には嘘を見抜く術式が彫り込まれてますから。変化の術ほどの魔力が有れば絶対に通過出来ません。出来たとすれば非常事態です。警報が鳴り響いているはずです。

 そうなると、まさか本当に本人? 猫っ被りが上手いとは思っていましたがここまでとは。


「気持ち悪う」


 思わず本音が漏れます。


「なんだって!」


 しかし、それを聞いたラディス殿は顔色を変えました。


「ひぃっ」


 もの凄い形相に私は腰が抜けました。今すぐ立ち上がって逃げたいのに、体が動きません。

 そうしているうちに私の足元に魔方陣が現れました。


 まさか、あの程度の暴言で抹殺ですか!

 私は目を強く瞑りました。

 やっぱり、ラディス殿はラディス殿でした。この危険物! 破壊者!やっぱりそういうやつです。最低最悪! 確定魔王!

 しかし、思っていたような苦痛は何も感じません。最期とは呆気ないものなのですね。そんなことを思いながらぼんやりと短い人生を振り返ります。


「どうですか?」


 しかし、命の危機の代わりに降ってきたのは蕩ける甘い声。耳元で囁かれたそれに、私の肌は鳥肌で一気にブツブツになります。そう、ラディス殿の声です。

 思いつく限りの罵言雑言を並べて、最期を待っていたのに、いったい何なんでしょう。私をからかって遊んでいらっしゃるのでしょうか。だったら先ほどの魔方陣は何ですか。脅しにしては妙に本格的でしたよ!


「お顔が真っ青です。やはり、回復魔法では病気は治りませんか」


 ラディス殿は落胆したような声を漏らしました。

 私には状況が全く掴めません。

 それどころか店内にいる皆さん全員が驚愕してます。完全に引いてますよ。一体何が起きたの、怖いんだけどと目が語ってます。

 誰か状況説明お願いします。とりあえず、ラディス殿!


「えっと、何だったのでしょうか」


 この状況においてこれだけまともに質問できた私を誉めて欲しいです。庶民ですし、特に取り柄もありませんが心だけは強いんです。伊達に年はとっていません。


「例え神殿に保護されていようと、その精神的な重さはそうとうのものだったと思います。貴女のような一般の女性にはきっと耐えられない。それは分かっていたんです」


 暗い表情のまま語るラディス殿。しかし、その話を聞けば聞くほど、私は彼が何のことを言っているのか分からなくなります。


「あの、何をでしょうか?」


 聞きたいような聞きたくないような。両者が入り交じる感情は、若さ故の好奇心に負けました。寧ろ、老い故の気の短さかもしれません。

 どちらにしても、この情けないラディス殿を見る方が気持ち悪かったんですから仕方がないでしょう! うじうじジトジトとした見たこともないくらいのダメっぷりを発揮したコイツがあのラディス殿? 絶対に信じられない。だって、ラディス殿は強気で横暴が代名詞です。


「中傷に耐えかねて体調を崩されたのではないかと心配していたんです」


「はぁ」


 本当に何の話なのでしょうか? 全く掴めません。


「私自身は農家の小作人の生まれなので、今でも自分が特別な人間には全く思えないんです。ですが、周りは俺……私を祭り上げて何だかとんでもない偉人にしたてあげようとする」


「はい、わかりますよ。だって救世主ですもの」


「それは、オ……私の力じゃなくて、仲間や女神がいたから出来たことなのに」


 初めてみる顔でした。


「オ……私は」


「無理な話し方はお止めください。かえって聞きにくいですから」


「ありがとう。貴女は優しいな」


 ラディス殿は淡い笑みを浮かべました。


「俺は凡人なのに、勝手な妄想で偉人にされて、俺に好意を寄せてくれる人々を中傷するんだ。卑しい身分で勇者様に近づくな!って」


「そうなんですか」


「愛した女性たちは、何だか知らないうちに病んでいって、いつの間にか俺から去っていったよ」


 そんなことが起きていたなんて全く知りませんでした。


「彼女たちを貶めないためにいろいろ噂作ってを流している。もしかしたら、それを聞きつけて気にしてるんじゃないかって」


 ほう。ラディス殿は勇者には選ばれたが、ご自分は平凡で貧しい農家の息子でしかないと思っていらっしゃると。そして、その認識と世間が思う勇者様の認識がかけ離れ過ぎていると考えておいでですと。更に自分を偉人に祭り上げた人間たちが、自分の恋人を誹謗中傷してノイローゼにしちゃったと。故に自分は「ラディスは女たらし」だと言い回って、彼女たちは自分の被害者とし守ろうとしたんですね。そして、今は私がそういった誹謗中傷を受けたり、また自分の噂を信じて傷ついているんじゃないかと心配している。そういうことなんでしょうか? それを聞く限り、何の後ろ盾もない庶民がラディス殿のパートナーにはなれないと思います。

 しかし、私がラディス殿に想いを寄せていることを前提として話が進められていたんですね。すごい自信です。


「そうですね。私も貴方には貴族のご令嬢か、どこかの姫君がお似合いだと思います」


「だか、俺は農民だ。どうしてあんな狂った人間たちと暮らせる?」


 その意見には激しく同意いたします。確かに特権階級の方々って庶民の感覚がわからないんですよね。


「でしたら、なお、貴方がそこに風穴をあけるべきではありませんか?」


「貴女は聡明だ。だからこそ、俺の助けになって欲しい」


 いやいや、もう既にサポートしてますよ。


「でも、少しだけ迷っているんだ。貴女を巻き込んでいいのかと。今見る限り貴女はすでに参っているように見える」


「はい」


 ええ、勿論。貴方の心配とはちょっとズレたところで非常に困ってますよ。完全に参ってますよ。


「やっぱり……。でも、貴女を諦めたくないんです」


 何故に? 私を解放してくださいよ。貴方に振り回される人生はもう嫌なんです。私でないとダメな理由なんてないはずだわ。


「お願いだ。俺を受け入れて欲しい」


 ああ、これは口説いていたわけですね。こうやっていつも女の子を落としていたわけですか。一瞬でも同情した私がバカでした。ギャップで揺さぶる作戦ですね。古いですが、効果はてきめんかと思います。私だって……。


「それは出来ません」


「なぜ」


「どうしてそんなこと考えられますか!」


哀れみからちょっとだけ考えちゃったことは内緒です。


「エリシュカ殿、もしかしたら他に想う方がいらっしゃるのですか?」


「はひ?」


 あ、なんか変な声が出ましたよ。

 他に想う方なんているはずないじゃないですか。私は13才から聖職に就いていたんですよ。恋愛は禁忌なんです。実際は今も禁止です。

 お見合いしたって事実も実は非常に不味いの。バレても咎める人はいませんけれどね。だって、もうすぐ辞めるのは決定ですから。

 それに、そんな感情をこの先誰かに持てるのかも怪しいです。だって私の心の中には今も直明が居座っているんですから。


「やはり、いらっしゃるんですね」


 現実には居ませんよ。それに居たら大変ですよ。彼は故人ですから。ちょっと怖いです。

 でも待てよ、ここで居ませんって言うのも何だか不味い気がします。だって、少しでも期待を持たせちゃ悪いでしょう?


「えっと、まぁ」


 しかし、はっきり嘘と分かっている言葉を告げるのは勇気が必要です。嘘だと見破られては大変ですから。でもそんなことを気にしてると曖昧な相づちになっちゃいました。この返事をラディス殿はどう受け止めるのでしょうか?


「それは、何処の誰ですか」


 たずねるラディス殿の声に何やら力がこもりました。恐る恐る、ラディス殿を見るとにこやかな顔の表情とは裏腹に目が笑っていません。


「教えてください」


 テーブルの上で握られた手から、血が滲んでいます。怖い。


 何をそんなに怒っているのでしょうか。ほんの数日前に出会った女にそれほど執着しているとは思えません。仮にそうだったとしても、ここまで感情剥き出しにするほどの価値が私にありますか?

 世にも珍しいアジア顔ではありますが、美形でもありません。それに見世物にするほどの不細工でもありません。それに何の取り柄もなく、こちらの世界においては家事能力もきっと皆無です。例え手に入れたところで、余計な面倒が増えるだけで決して役にたたない無能な女です。しかも、この世界では完全に行き遅れの年増ですよ。

 ああ、また自分で自分を卑下しちゃいました。もう、こういう状況やめてください。凄く落ち込むんですから。立ち直るのは早いですが、地味に精神的なダメージが蓄積していきてます。


「まさか、ルジェク」


「それはないです!」


 それは、今一番殴り飛ばしたいヤツです。あの綺麗な顔が歪むほどボッコボコにして差し上げたい。


「では、まさかアルノシュト殿下ですか?」


「へ?」


 何でそこで王太子殿下のお名前が出てくるのでしょうか?


「縁談があったとルジェクから聞いてたので」


「はい、後宮に側妃として入るように誘われ……」


「……んだと!」


 ラディス殿の顔色が一瞬にして変わりました。今にも斬りかかって来そうな迫力に、私は心臓が止まりそうです。

 ちょっと待ってください。まさか次期国王をヤッちゃったりしませんよね。


「何て恥知らずな。あの薄ノロは貴女を日陰者にするつもりなんですね」


「いえいえ、落ち着いてください」


「止めないでください。女神の名にかけて、成敗いたします」


「ちょっと」


 どんな展開ですか!


「ちょっと落ち着いてください!」


「これが落ち着いていられますか!」


 以前ラディス殿が問題を起こした際に人の話は最後まで聞くようにと、聖堂でお説教したはずです。しかし、もうすっかり頭にないようですね。


「兎に角落ち着いてください。その件はお断りしましたから」


 私の言葉を聞いたラディス殿は、安心したのか元の表情に戻られました。

 ほら、恥ずかしそうに目を反らしていますよ。ちゃんと人の話は最後まで聞いてくださいね。恥をかくのは貴方ですが、それを逐一報告されてうんざりするのは私なんですから。


 本当に残念な頭だこと。何でこんなに単細胞に育ったんでしょうね。まるでフラントゥーナ様の男バージョンです。加護って性格にまで影響しちゃうのかしら。

 えっ! もしそうなら私もあの破天荒な慌てん坊さんにどこかしら似てきているってことですよね。ないない。それは嫌です。今の仮定は無かったことにしましょう。


「では、……ですか?」


 ラディス殿は蚊のなくような声で何かをたずねます。しかし、そんな声では聞こえるはずもありません。


「何ですか?」


 聞き返すと、ラディス殿は顔を真っ赤にしてうつ向いてしまいました。そして、聞こえなかったらそれで良いと小声でボソッと仰いました。


「あの、マ……」


「えっ?」


「やっぱりなんでもないです」


 ラディス殿はそのまま黙ってしまいました。

 次々と並べられるお料理はとても綺麗なのに、やはりどれも全く味がしませんでした。ひどく緊張していたんでしょうね。

 ラディス殿はそのあと一言も発せずに黙々と食べ続けました。食事が終わると、私を実家まで送ってくださったのですが、終始無言。こんなに寡黙なラディス殿は初めてで何だかとても疲れました。


「あの、俺は何かと面倒な立場かもしれませんが、きっと貴女を守ります。どうか……」


 飲み込んだ言葉はなんだったのでしょうか。

 ラディス殿は帰り際に私の手の甲に口づけました。


「では、また」


 去っていくラディス殿の背中は何故か哀愁のようなものが漂っていました。









お読み頂きありがとうございます。



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