王子は謀る
「あんまりにも思い通りにことが進み過ぎて、ちょっと面白味に欠けますね」
にこやかに仰るのは、ご存知腹黒策士のルジェク様。この方は本日もご機嫌です。
対する私はたぶん眉間にビシッと皺を寄せているはずです。この方……いや、コイツには取り繕う必要もありませんから。
「それで、本日は何の用ですか!」
「まあまあ、そんなに怒らないでください」
「貴方の顔を見た瞬間に飛び蹴りを食らわせなかっただけマシかと思いますが」
不機嫌な顔を隠しもしない私に流石のルジェク様も苦笑いです。
「恐ろしい事言いますね。でも、そんなに恨まれる筋合いもないんですけれど」
「恨み以外何を貴方に感じろと」
コイツと話すと、また騙されそうで嫌なんです。
「あら、ルジェク殿下」
「これは夫人、ご挨拶が遅れて申し訳ありません」
しかも、何で実家に来るんですか!
母と歓談するルジェク様をじっとりと睨み付けます。早く帰れと念じながら。
しかし、その視線に気付いた母に足を踏まれてしまいました。母は根っからの庶民。父のように裕福な家の出でもないので、権力には畏怖の念を持っています。ついでいえば、私の教育にもの凄く熱心で厳しいんです。母親の身分が低いせいで、私が恥をかかないように……だって。
おかげで神殿でもそうそう恥はかかずにすみました。ただ、80年以上の月日を費やして培われた性格はほんの10数年じゃ矯正できません。代わりにネコを被るという荒業を駆使して誤魔化してます。ただ根が素直なのですぐに剥がれるんです。特に怒ると。
「人の憩いの時間を奪うつもりですか」
「いやいや、貴女に逃亡されると困るので見張りのつもりで来たんですよ」
サラリと言われたセリフに、心臓が止まるかと思いましたよ。何でもお見通しなんですね。そうなんです。今日は逃亡前の準備に帰省しました。もう二度と両親とは会えないかもしれませんからね。
でも帰ってみたらびっくりです。そこにルジェク様が居たんですから。
しかも、母は留守だし、父は商談があるとかでお客様と応接間に籠りっきり。仕方なく相手をしていたというわけです。
「顔色が悪いですね。まさか図星でしたか? 冗談のつもりだったのですが」
ルジェク様はクスクスと笑っていらっしゃいます。本当に人の神経を逆撫でするのがお得意な方です。
「冗談はこのくらいにして。今日は先日のお詫びに参りました。帰省なさっているとお聞きしましたので、お食事にでもと」
「食事くらいで丸め込まれませんよ」
「分かってます。でも、行くでしょう?」
「それは勿論!」
ルジェク様は笑みを深められました。
どうせ、食い意地はってますよ~~! そう言いたいなら言えばいいのに。
「で、王子殿下は何をご馳走して下さるんですか!」
「何でもお好きなものを召しあがってください。場所は王宮ではなく街のレストランですが」
ルジェク様はそう言うと、私に手を差しのべました。
こういう時だけ妙に王子様っぽいのは、実際本当に王子だからでしょう。ただ、未だにコイツの正体が王子ってことを疑わしく思っていたりします。だってこんな胡散臭い王子様嫌だもん。
そんなことを言うあたりから「白馬の王子様」に夢見る乙女な自分に気づかされます。精神年齢80オーバーの乙女……。
いやいや、女性は幾つになっても乙女なんです! 私だって、ほら体は若いですし、乙女心が有ったって全く違和感ないですよ。むしろ、この若さで枯れていたほうが不自然です。
「まぁ、ラディスとの婚約がまだ正式でない以上、私も貴女の婚約者候補ですしね」
ルジェク様のウインクに鳥肌が立ちました。ラディス殿も嫌だけど、ルジェク様もそうとうです。
「き……」
「き?」
「気持ち悪う~」
「はっきり言いますね。そこまで私に拒否反応を示す女性は初めて見ましたよ」
ああ、コイツもやっぱりラディス殿と同類だ。私の回りにまともな男性は居ないのでしょうか? ナルシスト×2と、変人と、恋愛禁忌のお祖父さん方……。
「その後、兄とは連絡をとっていらっしゃるのですか?」
「あっ……。どうしましょう」
「はい」
「アルノシュト様からの文、無視しちゃいましたよ。大変だわ」
「良いですよ。きっとそれが返事だと思っていますから」
「しかし……」
ヤバイですね。だって王太子のお手紙を読み忘れ、返事をしていないなんて。何て失敗しちゃったんでしょう。しかも、私の周りで唯一普通だと思われる男性なのに……。私の結婚相手としては優良物件とは言えませんが。
「さあ、そんなことよりいきましょう。予約は取ってあるんです。貴女が一緒に行ってくれないと無駄になっちゃいますよ。もったいないのはお嫌いでしょう?」
あら、よくご存知で。そうですよ。庶民ですから。父の実家は裕福でしたが、祖父が事業に失敗したため私が物事ついた頃には没落していました。それに、父はそもそも次男で財産も貰ってませんでした。
実家の店が大きくなったのも、私が勇導士になってからです。私の服を届けるために神殿御用達やらになりましたから。お陰様で今ではお客様も増えてそれなりです。しかし、それまでは慎ましく生活していました。毎日の食事に困るとか、私まで仕事に駆り出されることはなかったので貧乏だったわけではないですけれどね。
もうひとつ付け足せば、前世では戦後を生き抜いた両親に育てられましたから。もったいないという精神が幼いうちから叩き込まれています。
「無駄にしてはいけませんものね。ではエスコート頂けます?」
さっきの一言取り消せないでしょうか。
すっかり失念していましたが、ルジェク様って人気者なんです。なんたって、普通顔王家唯一の美形ですし次期宰相閣下と呼び声高い天才です。しかも、勇者パーティーの一員、言わば英雄なのですから当たり前ですよね。ラディス殿と比べれば破壊者ってイメージもありませんし、世間様からみたら最優良物件でしょう。中身を知らなければね。
「ルジェク様、やはりお断りしても……」
「それは、ここで私に恥をかけと?」
そういうわけではありませんが、居心地が悪いんです。ほら見てくださいよ。あのお嬢さんも、あちらのおばさんも「何あの小娘」って視線で睨んできます。
「貴方にエスコートされると敵が増えそうです」
「大丈夫です。しっかり守りますから」
ルジェク様はそういうと、如何にも高級そうなお店に私をエスコートしてくださいました。
「ただし、私ではなくラディスがね」
そして、その直後、耳元で囁やかれた言葉に、私は自分の耳を疑いました。しかし、疑う予知はありません。目の前には蕩けるような甘い笑みを浮かべた勇者様が居たのですから。
「ルジェク様!」
怒鳴りつけて振り返った先に、もうその人物の姿はありません。代わりに先ほど入ってきたドアが揺れているだけでした。
「エリシュカ殿」
「ゆ、勇者様」
騙されました。騙されそうで怖いって警戒していたつもりなのに。甘かったです。ルジェク様はそういうヤツでした。決して陥れた相手に罪悪感を感じたりする人じゃないんです。お詫びなんて考えるわけないじゃないですか。
「エリシュカ」
ゾワッとするほど艶っぽい声が私を呼びます。そして、その声を聞いた私の脳は「振り向いてはいけない!」と大音量で警鐘を鳴らします。ここで振り向いたら私、石にでもなるんじゃないでしょうか?
冗談じゃない。こんなところで人生終わらせなくありません。私は諦めないって決めたんです。ラディス殿との未来に明るく平穏な生活があるなんて思えません。
ピンチです。誰か、助けて!
読んでくださってありがとうございます。




