第57話 深愛の弟
「弟が亡くなっている……?」
ってどう言うことだ?
弟って俺のこと……??
「げ、もしかして俺マズイこと言っちゃ……った?」
先ほどまで健康的な小麦色の肌をしていた大地の顔はあっという間に青ざめていった。
「あー!!!! 今日ドルマーレの試合あるんだった」
大地は何かを思い出したか、サイフから千円札を2枚だしテーブルに置く。
「ここの料金は俺が出すから! さっきのことは袖ヶ浦さんには言わないで! それじゃ!」
一方的に喋った大地は途中、つまづきながらも慌てて店から出ていってしまった。
この場にポツンと残された俺は、呆気にとられながらも残っていた冷めたコーヒーを一気に飲み干していった。
「……言ったなら説明してから帰ってくれよ」
俺は独り言で文句を言って、大地が置いていったお札を持ってレジに向かっていった。
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店を出てからも大地が言ったことが頭から離れなかった。
あの言葉はどういう意味なのか、考えながら歩いていたせいか普段なら駅から15分歩けば家に着くのが、今日に限っては倍近くかかっていった。
「……歩きながらはやめておくか」
一度立ち止まり、その場で深呼吸をする。
周りからすれば何をやっているんだと思われるかもしれないがこれ以上考えながら歩いていると事故でも起こしかねない。
頭を切り替えるために、こうするしかなかった。
「……こんな時に父さんが言ってたことがためになるとは」
心の中で乾いた笑いをしながら再び歩き出そうとするが壁のような何かとぶつかり後ろにのけ反ってしまう。
「おっと……失礼。 大丈夫かい?」
俺がぶつかったのは髪をガッチリと七三分けにしてビシっと紺のスーツを着たいかにも真面目な感じの男性だった。
年はおそらく父親と同じぐらいだろうか、もしかしたら上ってこともありそうな気もする。
「大丈夫です、こちらこそすみません……」
「いやいや、私の前方不注意によるものだから気にしないでくれたまえ」
男はそう告げるとそのまま立ち去って行った。
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家に帰る頃には夕方になっており辺りはうっすらと暗くなっていた。
「ただいま……」
ドアを開けて家の中に入ると玄関付近はリビングから漏れた光のおかげで足元は確認できるぐらいの明るさになっていた。
リビングの方は煌々と明るく、テレビの音らしき音も聞こえていた。
「……深愛姉は帰ってきているか」
いつもならすぐにリビングに行って声をかけるところだが、大地の話の内容のせいで気まずくなっていた。
「……かと言って声をかけないのも何だしな」
微妙な気持ちをかかえながらもリビングのドアをあけて中に入る。
深愛姉はいつものソファの上に体育座りをして一点集中といった感じでテレビの画面をみていた。
「ただいま、何見ているんだ?」
「ふぇ……!? 悠弥おかえりー」
画面に集中していたのか声をかけると驚きのあまり、最近聞くようになった突拍子もない声をあげる深愛姉。
ちなみに画面には報道番組の特集コーナーで『行列のできるティラミス専門店』とテロップが写っていた。
「すごく美味しそうじゃない!? 近くなら行くのになぁ」
深愛姉は残念そうに頭をがっくりと落としていた。
「どこなんだ場所は?」
「都内って言ってたよー。ここからだと1時間以上かかるみたい」
「……たしかに遠いな」
特集のコーナーが終わると深愛姉はテレビを消して立ち上がった。
「そろそろご飯にしようか?」
「いや、まだいいや……」
「あー! もしかして寄り道して何か食べてたんでしょ!」
深愛姉は羨ましそうな顔で俺をじっと見ていた
「……もしかして女の子とデート? 相手はナギちゃんだったり?」
何でそこで習志野の名前が出てくるんだよ……。
けど今日に限って言えばあいつのほうがまだよかったかもしれない。
「残念ながらデートでもなければ相手は習志野でもないからな」
「つまんないのー それじゃご飯遅くする?」
「深愛姉が腹減ってるなら先に食べちゃってもいいけど?」
「さっきプリン食べちゃったから大丈夫!」
深愛姉は腰に両手を当てながら答える。
っていうかドヤ顔で言うことじゃないだろ……。
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「さてと……」
夕飯は1時間後ということで深愛姉は先にお風呂に入ると言って洗面所に向かっていったので俺はそのまま階段を上がってまっすぐ自分の部屋に入る。
いつも通りのパーカーとジーパンに着替えてから椅子に座り、スマホを手にとってLIMEを起動させた。
「……できることなら避けたいけどな」
スマホの画面にはKO☆TO☆HAと書かれたトーク一覧が表示されている。
「……深愛姉のことで聞けるのはコイツだけだしな」
俺は存分にため息を付きながら通話ボタンをタップするも、誰かと話しているのかすぐに通話終了の画面が表示された。
何故か安堵感を感じて椅子の背もたれに全体重をかけていた。
「……ま、後でいいか」
そう思ったのも束の間、机においたスマホがブーブー音を立て始める。
もちろん画面にはさきほどかけた人物の名前が表示されていた。
スマホを手にとって通話ボタンをタップする。
「やぁ、弟クン! 君から電話くれるなんてどうしたんだい? もしやまたお姉さんとデートしたくなったのかい?」
思わずスマホを地面に叩きつけたくなる衝動を抑えながらため息をつく。
あまりのやかましさに出る言葉がなかった。
「そうあからさまに嫌がらなくてもいいだろ……こう見えて私の心は繊細なんだぞ」
反応するのも面倒になり、聞こえるようにため息をついた。
「それでどうしたんだい? 君から連絡くれるなんてよほどのことがあったんじゃないか?」
さすがにウザがられてると感じたのか琴葉はいつものトーンに戻っていた。
「実は……」
琴葉には今日、市川大地と駅前のカフェに行ったことと大地が言った『深愛姉の弟』について簡単に説明した。
すると琴葉は「やはりか…」と呟いた後に珍しくため息の声が聞こえてきた。
「実は弟クンから連絡来る前に市川氏から電話が来てたんだよ」
最初出なかったのは大地と話していたからか。
「ちなみに市川氏についてはどこまで知っているんだい?」
「深愛姉の中学からの知り合いとぐらいしか……」
まあ、俺と同じ高校の一つ上の学年だったぐらいか。
「……相変わらず、顔以外優れたところが全くない、見事なダメ男だな」
琴葉の口調はいつもと違っていた。
声からして大地に対して心底呆れているのが手に取るようにわかった。
「……人をそこまで言うのは珍しいな」
「あぁ、失礼……一応私もあの男とは中学1年からの付き合いでね、呆れるぐらいのダメっぷりをみたらもこう言いたくなるさ」
そして再びため息を漏らす琴葉。
「深愛っちに関してもそうさ、1年の時に一目惚れしたんだったらさっさと告白すればいいのに肝心なところでヘタレっぷりを出すわ」
「……やっぱり深愛姉に対してあったのか」
大地のヘタレっぷりのせいか、深愛姉の壊滅的な鈍感さ……。
どちらが原因なのか定かではないが、理解される事はないようだが。
「……まったくよりによって弟クンに余計なことまで言ってしまうとは法が許すなら海に沈めたいぐらいだよ」
琴葉の怒りのボルテージは限界を越えようとしているようだ。
「……あの人から聞いてるなら話は早いんだが」
「そうだな、できる事なら君の耳には入れてほしくなかったけど、仕方ないか」
琴葉は三度目のため息をつき、少し間を空けてから重い口を開けていった。
「……あのダメ男の言う通り、深愛っちには弟がいたよ」
琴葉は静かに話していった。
俺は黙って琴葉が言うことを聞いていく。
「大翔って言ってな、ものすごい可愛らしい子だったよ」
琴葉はふふっと小さく笑ってはいるが、寂しそうにも聞こえた。
「……でも亡くなっているんだよな?」
俺の問いかけに琴葉は小さな声で「あぁ……」と答える
「……何が原因なんだ?」
聞いた途端、琴葉は何も喋らなくなった。
スピーカーから息遣いが微かに聞こえてくるから通話が切れたわけではなさそうだ。
「……ごめんよ弟クン、これ以上は私の口からは言えない——」
何かが詰まったような声が聞こえていた。
「琴葉さ——」
「——私の口からはこれ以上は言いたくないんだ……!」
スマホのスピーカーからはこれまでのような人を揶揄うような口調ではなく、苦しみに耐え抜いているような琴葉の鳴き声が聞こえていた。




