第40話 袖ヶ浦から佐倉に変わった日(SIDE MIO)
「ゆうやー! 遊ぼうよー!」
土曜のお昼過ぎ。
私はいつものように悠弥の部屋のドアを開けると同時に大きな声で呼びかけていた。
悠弥は相変わらず、PC用の椅子に全体重を乗せ、大きなヘッドフォンをかけてパソコンの画面を凝視していた。
私の声に気づいたのか悠弥はヘッドフォンを外して椅子を回転させて私の方を向くと不機嫌そうに私の顔を見ていた。
——まるで『ノックをしてから入ってくれ』と言いたそうな顔をしていた。
「……出かけてたんじゃないの?」
「今さっき帰ってきたんだよー」
午前中は雑誌の撮影があったが、いつもより撮影の枚数が少なかったので早く終わっていた。
「早く帰ってきたからさ、ウイッチで遊ぼうよ!」
相変わらず悠弥はため息をついていた。
「前にも言ったけどため息つくと幸せが逃げちゃうよ?」
そう告げると悠弥は返事をするかのようにもう一度ため息をついていた。
「……おまたせ」
リビングに入ってきた悠弥はテレビの横の接続機器に自分のウイッチをつなげるとコントローラーを持ってソファに座る。
私もいつものようにソファに座って悠弥の肩に背中を預けていた。
「……で、今日は何をするの?」
「私の島に遊園地をつくりたいんだ!」
「そんじゃ材料集めからか……」
「うん! お願いしまーす!」
ゲームを始めてから1時間ほどが経っていた。
必要な材料が集まり、ちょっと休憩を取ろうかと思って声をかけようと思ったが悠弥は心地よさそうな寝息を立てて寝ていた。
「そっか……今週は色々あって疲れちゃったんだね」
起こさないように悠弥のてからコントローラーを取ってからセーブをしてウイッチの電源を切った。
悠弥の体を横に倒すと上からブランケットをかける。
キッチンに行き、ハーブティを淹れてからダイニングテーブルの椅子に座る。
ハーブティを飲みながらいつも見ているSNS『さえずりったー』を一通り見終わると自分のを更新するため、載せる写真を選んでいた。
写真アプリには自分でも驚くほどの写真が載っていた。
横にスライドしながら載せようとする写真を選定していくとある1枚の写真で指が止まる。
「懐かしいなぁ、悠弥と初めて撮ったやつだ」
画面にはバイクのシートに座ってポーズをとる私といつもの仏頂面の悠弥が映っていた。
懐かしいと思ってしまったが、撮った日を見ると半年も経っていないことに気づく。
「この日まで色々あったなぁ……」
私は手を止めて、『佐倉 深愛』となった日までのことを思い返していた。
たしか、去年の夏の終わり頃だった気がする。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「食べながらでいいんだけど、聞いてほしいことがあるの」
ある日の夕飯時、私お手製のペペロンチーノを食べながらママが俯きながら話しかけてきた。
「どうしたの?」
俯いているママの姿を見て、また何か起きたのかと心配になっていた。
「再婚するって言ったらどうする?」
ママの口から出たのはそんな不安要素が全部吹き飛ぶ内容だった。
じっくり顔を見ると初恋相手がみつかった少女のように頬が若干赤くなっていた。
去年の頭にママと元父親は離婚した。
離婚が成立するまでに色々あったことは今でもよく覚えている。
そして成立した時は私とママが大泣きするぐらい喜んだことも……。
「相手はどんな人なの!?」
私は食い気味になって聞いていた。
「会社の代表よ、年齢も私よりも少し上ぐらいだったかな」
ママの顔はますます赤くなっていた。
再婚相手ってことは……つまり私の父親にもなる。
私は父親ってものに関して嫌悪感を抱いていた。
原因はママと離婚したあの元父親。
思い出すだけで吐き気がしてくるほど……。
「ママはその人と再婚したいの?」
「うん、そうよ」
次第にママは顔全体が真っ赤に染まっていた。
「でも、深愛が嫌だっていうならやめておくけど」
「リンゴのように顔を真っ赤にしていうセリフじゃないよ」
こんな母親を見るのはいつぶりだろう。
親に対して思う感情ではないけど、ものすごく可愛らしく見えてしまった。
「私はママがいいなら賛成だよ、けど……」
「けど?」
「私も会ってみたい!」
ママが好きになった人がどんな人なのか見てみたかったのもあるが、ママの相手として……
——そして私の新しい父親として問題ないか確かめたかった。
「今週末なら時間とれそうだから、ランチでもどうだって?」
ママはすぐに相手の人に電話をしていた。
元から声が大きい人なのか、ママと電話できて嬉しかったのはわからないけど声がこっちまで聞こえていた。
「うん、ありがとうママ!」
約束の日、私はママに連れられて相手の人が住んでいる最寄り駅まで電車で向かっていた。
今、住んでいるところから急行で3駅目と思っていたよりも近い場所だった。
20分ほどで駅に着き、改札をでると……。
「おーい、袖ヶ浦くん!」
苗字を呼ばれ、辺りを見渡すと改札の先にある切符売り場で背の高い男性が何度も呼びながら大きく手を振っていた。
隣でママが恥ずかしそうに小さく手を振っていた。
どうやら、あの人がママのお相手のようだ。
「どうも、はじめまして佐倉 和彦です たしか深愛さんだよね?」
ピシッとした白のシャツに紺のジャケット、カーキ色のスラックスをはいたママの再婚相手、佐倉さんは私の顔を見るとすぐに自己紹介をはじめた。
「はい、袖ヶ浦深愛です。いつも母がお世話になっております」
すぐに私も自己紹介をすると同時に頭を下げる。
「いやいや、お世話になってるのは僕のほうだよ! 彼女がいなかったら会社は破綻していても——」
「——娘の前でやめてください、恥ずかしいですから!」
ママは顔を真っ赤にして下を向いていた。
今日のママ、すごく可愛いんだけど!?
「予約した佐倉ですが」
「お待ちしておりました、こちらへどうぞ」
佐倉さんに連れられてきたのはショッピングモール内の上の階にあるスカイラウンジと呼ばれる高級感あふれる場所だった。
ウェイターに案内されたのは、窓際の席だった。
窓からはこの辺りを見渡すことができ、奥には頭が若干白くなっている富士山の姿も見えていた。
私は窓側、ママは私の隣、佐倉さんはママの真正面とそれぞれ座ると、佐倉さんは私に話しかけてきた。
「本当なら息子を連れてこようと思ったんだけどね、朝になったらバイクででかけちゃったみたいでね」
佐倉さんは申し訳なさそうな顔で話す。
スポーツ刈りの髪型に真四角な顔をしているせいか強面な感じにもとれる単なる思い違いのようで、物腰が柔らかい人のようだ
「息子さんがいらっしゃるんですか?」
「そうだよ、今年の4月に、高校に入ったばかりだけどね」
ということは私の1個下になる。
あの子もそれぐらいになるのか。
「深愛?」
私が急に黙ったことで心配になったのだろうか?
こちらを下から覗き込むようにみていた。
「ごめん! ちょっと考え事してただけ」
「もう、ちゃんとしなさい!」
「もー! こんな時まで怒らないでよー! そんな顔してたら佐倉さんドン引きしちゃうよ?」
「深愛!」
私とママのやりとりを聞いていた佐倉さんは思わず声にだして笑っていた。
「大丈夫だよ、仕事中の袖ヶ浦くんはもっと怖い顔してるから、その度に何度泣きたくなっちゃったか」
「さーくーらさん!」
ママは顔を真っ赤にして怒っていた。
私は2人のやりとりを見て笑うと同時に少し安心していた。
ママがものすごく楽しそうだったから。
暫くすると、次々とコース料理が運ばれてきた。
食べながらも楽しく、時にはお腹が痛くなるぐらい笑っていた。
そしてメインディッシュが終わり、残すはデザートのみ。
「お待たせいたしました、デザートになります」
運ばれてきたのはチョコケーキ。
それを見た瞬間、私は目を輝かせていた。
「あ、あの……写メ撮っていいですか?」
美味しそうなデザートを見るとついつい撮りたくなってしまう。
「もう……深愛ったらこんな時まで」
「まあまあ怒らなくてもいいじゃないか、せっかくだし僕も撮っておこうかな」
そう言って佐倉さんはジャケットの内ポケットからスマホを取り出していた。
カシャカシャと2つのシャッター音が店内に響き渡っていた。
「もう! 佐倉さんまで!」
隣でママが再び顔を真っ赤にして怒っていたけどそんな母親の顔を見て私は安心していた。
そしてこの人ならママを任せられるかもしれないと、思うようになっていた。




