第30話 悠弥の限界
「悠弥くん、少し背が伸びた?」
遅れてやってきた唯香さんは肩にかけていたバッグを荷物置き場に置くと俺の隣に座っていた。
そもそも何でこの人が来るんだよ、理人のやつ黙ったのか……?
本人に問いただしたいところだが、参加者に囲まれており話しかけてもまともな答えは返ってこないだろう。
「悠弥くん、どうしたの?」
「……何でもないです」
唯香さんはじっと俺の顔を見ると同時に俺の腕をがっちりと掴んでいた。
その度に腕を伝って嫌な感触がしていたので掴まれていた腕を振りほどく。
「気分悪いの?」
唯香さんは俺の膝に手を起き、俺の顔を覗き込むように見ていた。
首元まで伸びた茶色のセミロングの髪、実際の年齢よりも若く見える顔つきは綺麗な部類に入ると思うだろう。
一般的な男子高校生からしたら、彼女の行動に確実に勘違いを起こしているだろう。
だが、俺にとってはその行動に対して、嫌悪感しかでてこなかった。
「……トイレ行ってきます」
膝に触れる手をどかせるために立ち上がると、そう告げてから部屋から出ていった。
「悠弥……くん」
『話があるから廊下にでてこい』
本当にトイレを済ませて、部屋に戻る気分ではなかったので、ドリンクバーで飲み物を選びながら、理人に話があるとLIMEで送っていた。
「……これでいいか」
スマホをポケットにしまってカップをとってドリンクを注いでいく。
コップにストローを差し込んですぐ後ろの壁にもたれながら理人が来るのを待っていたが、来る気配すらなかった。
スマホを取り出してLIMEを見るも反応が全くない。
今頃女性陣に囲まれて足元まで鼻の下を伸ばしているのだろう。
待っているうちにコップの中身が空になっていたのでもう一度ドリンクバーで飲み物を注ぎ、先ほどと同じように壁にもたれかかっていた。
「すみません、お飲み物は部屋の中でお願いします」
店員に見つかり注意されてしまったので、仕方なく部屋へと戻ることにした。
ドアを開けるとカラオケ店なので当たり前だが、マイクを持って歌っていた。
座れる場所を探すが、空いているのは先ほど自分が座っていた所、つまりは隣にあの人がいる場所だ。
唯香さんは歌詞が表示されている液晶を見ていたが俺が戻ってきたことがわかると微笑みながら手招きをしていた。
辺りを見ながら空いてるところはないかと探したが見つからず、仕方なくいきたくもないソファへ座ること。
「遅かったけど、大丈夫?」
心配そうな表情で俺の顔を見てくる唯香さんだが俺は何も答えず、液晶画面を見ていた。
部屋の中ではアニソンだったりベビメタだったりアイドルの曲だったりチームメンバーそれぞれが歌いたい曲を歌っていた。
ちなみにアイドルの曲を歌っていたのは理人で、声色を変える機能を使って気持ち悪いぐらいにノリノリで歌っていた。
その間、唯香さんは何度も俺の腕を掴んだり、俺の膝に手を伸ばしたりしていた。
「悠弥くん、歌わないの? 久々に悠弥くんのうた聴きたいな」
俺は何も答えなかった。
たしかに前に2人でカラオケに行った時は何時間も歌っていたが、正直そんなこと思い出したくもなかった。
——段々と苛立ちが出始めていた。
俺はコップに残った飲み物を一気に飲み干してから部屋を出た。
コップの中を水で濯いでからドリンクバーで飲み物を選んでいく。
部屋の外に出れば苛立ちがなくなるかと思ったらそれどころか、益々強くなっていった。
このまま帰った方が楽じゃないかと考えもしたがそんなことをすれば楽しんでいるところに水を差してしまうだろう。
「あ、いたいたー」
コップの口ギリギリまで飲み物を注いだので戻ろうと思った矢先背中に気持ち悪い感触を感じた。
唯香さんが後ろから俺に抱きついていた。その振動でコップに入っていた飲み物が少しこぼれてしまっていた。
「ねえ、さっきからどうしたの? 気分でも悪いの?」
「……別に何でもないです」
ドリンクバーの横にあるおしぼりでこぼれた部分を拭いていくその時でも唯香さんは俺から離れようとはしなかった。
「ねえ悠弥くん……」
唯香さんは俺の耳元に顔を近づけ、囁いていた。
急なことだったので俺は体をビクッとさせる。
そんなことを知るはずもない唯香さんは囁き続けていた。
「2人で抜け出して、どこか出かけちゃおうか……?」
俺は背中を突き出すようにして背中に寄りかかっていた唯香さんを振り払うとコップから飲み物がこぼれ床に流れ落ちていた。
「わっ、ズボン濡れちゃってるよ、拭かないと」
唯香さんはそう言って俺の体に触れようとするが、その手を振り払った。
「悠弥……くん?」
自分でも気づかないうちに体が震えていた。
原因はわかっている。
——まだこの人が俺を求めているのがわかっている。
さっきから俺の体に触れているのはその前段階。
この人が求めているのは手や指で触れ合うだけどのものではなくその先。
考えただけで腹のなかから何かが湧き上がってくる感覚がしていた。
俺は手で口元を押さえてトイレに駆け込んでいった。
「はぁ……はぁ……!」
ふらつきながらもトイレからでた俺を出迎えていたのは唯香さんだった。
「大丈夫? 病院いく?」
心配そうか顔をして俺に手を差し伸べるが俺は手を払い、部屋に戻り、邪魔をしないように自分の荷物を取ってそのまま部屋から出ていくことにした。
あとで理人には不満ついでに謝罪をしておこう。
カラオケ店からでて、近くにある自販機で水を買って口を濯ぐ。
まだ気持ち悪さが続いていたが、原因の大元がないせいかさっきよりかは楽になっていた。
買った水を飲みながら歩き、いつもの倍以上時間をかけて家に辿り着いた。
玄関を開けると、奥のリビングから音がしていたので深愛姉がテレビを見ているのだろう。
声をかけようと思っていたが、そんな声をかける気力すらなかった。
そのまま2階にあがろうとしたが、リビングのドアが開いた。
「わっ……びっくりしたー! って随分早くない!?」
いないと思っていた俺がいたため深愛姉は驚いていた。
「オフ会はもう終わったの? どうだった?いい人いた?」
深愛姉は興味津々な様子で次々と質問を飛ばしてくるが今の俺には答える気力すら残っていなかった。
「……ごめん、部屋にいく」
フラフラになりながらも階段を上がり、自分の部屋に入ると、そのままベッドに倒れ込んでいた。
「悠弥、はいるよー」
いつものようにノックをしないで深愛姉が部屋の中に入ってきた。
「フラフラになってたけど、大丈夫?」
ベッドに倒れ込む俺を見つけると、近づいてきてその場で座り込んでいた。
「もしかしてフラれちゃった? それでフラフラになったとか?」
深愛姉は笑いながら話していた。
そんなベタすぎる理由だったらどれだけよかったか。
「今回はダメでも次があるよ! そうだ今日は悠弥の食べたいもの作ってあげるから元気出して!」
深愛姉は必死に俺を元気付けようとしているのは手に取るようにわかっていたが、それに応えるだけの体力は残っていなかった。
「……ごめん、深愛姉」
「どうしたの?」
「……今は1人にさせてくれ」
俺の言葉に深愛姉は何を言っていいのかわからないといった表情をしていた。
「……うん、わかったよ! 1人で整理する時間も必要だしね」
そういうと深愛姉は部屋から出ていった。
「……ごめん、深愛姉」
俺は謝罪の言葉を呟くとそのまま目を瞑った。
「ここは……?」
目が覚めると見覚えのない部屋の中にいた。
いつの間にか布団の中に入っていたようだが、そんな記憶すらなかった。
そもそもここはどこなんだ?
白を基調としたまるでできたばかりの家の中にいるようだった。
布団をめくりってからベッドから降り、そのまま部屋を出る。
出た先は小さなキッチンだった。
「……自分の家じゃないな」
部屋の奥に行こうとすると後ろから声をかけられる。
「深愛姉おはよ——」
いつものように挨拶をしようと声のする方を振り向くと目の前にいたのは深愛姉ではなく唯香さんだった。
「おはよ悠弥くん」
「……なんで!?」
自分でも驚いてるのがわかるぐらい顔が引きつっていた。
「何でって、私たち結婚したからだよ」
「……え?」
突然すぎて変な声しかでなかった。
「ほら、悠弥くんがくれた指輪だってあるでしょ?」
そういって唯香さんは左手の薬指を見せてくる。そこには銀色の指輪がはめられていた。
そして自分の左手を見ると、薬指に銀色の指輪。
それを見た瞬間俺の視界は真っ白になっていった。
「夢か……」
視界が晴れた先に見えたのはいつも見る自分の部屋の天井。
ただそれだけなのにものすごい安堵感を覚えた。
「……そのまま寝ちまったのか」
ここでも布団の中に入っていた。
体を起こすとズボンのポケットに何か入っていたので手を入れるとスマホが入っていた。
画面には深愛姉から『布団かけないと風邪ひくよ!』というメッセージが表示されていた。
どうやら深愛姉がかけてくれたようだ。
体を起こすと体がまだフラフラしていた。一緒にものすごい空腹感が襲いかかっていた。
「……昨日、ほとんど食べてないな」
最後に食べたのは昨日出かける前におにぎりを食べたぐらいだ
「……何か食べないと腹減りで死ぬ」
とりあえずリビングに行こう。
朝とはいえ、日が昇ったばかりの時間だからかいくら早起きの深愛姉でも起きてはいなかった。
ダイニングテーブルを見ると昨日の夕飯だろう。お盆に乗せられて上からラップがかけられていた。
その横には『朝起きたら食べること!』と書かれた付箋が貼られていた。
「……いただきます」
椅子に座り、両手を合わせてから箸を取ってから食べていく。
食事中にふと着ているものが昨日のままだったことに気づき食べ終わるとすぐにシャワーを浴びていた。
いつもの服を着て部屋に戻る。
このままの流れでゲームをしようとも考えたが、昨日は一言も告げずに帰ってしまったことでチームのメンバーに出会した時の気まずさがあったため、プレイする気にもなれなかった。
それに先ほどの夢の内容がまだ抜け切れていないのもあった。
「……胸糞悪い」
部屋の窓から外を見ると雲ひとつない青空が続いていた。
スマホで天気予報のアプリを見ると春のような気温となっており天気が崩れることもないと書いてあった。
「……気分変えるにはいいかもな」
いつものようにバイク用の装備を身につけると深愛姉を起こさないように玄関を閉めた。
たしかに昨日よりも暖かい気がした。
駐車場からバイクをだし、少し離れたところでエンジンをかけてギアをローに入れてからアクセルを回し、バイクを走らせていった。
——このあとに起こることなど、想像もつかずに。




