051 霞ヶ関
霞ヶ関の窓の外では、都心を照らすネオンが冷たく光っている。
内閣官房副長官補の執務室では、相変わらず重苦しい空気が漂っていた。
「……見たか、トヨサのあの配信」
内閣官房副長官補の国武が呻くように言う。
タブレットを手にした内閣官房内閣参事官の鷹野は、表情一つ変えずに頷く。
「はい。まんまとアメリカの転移者・Ken氏の囲い込みに成功しましたね」
「民間企業が一国の外交のようなマネを……。それにしても、トヨサは何を考えてミスリルのナイフを要求したんだ? 我々の調査部からの報告では、ミスリルは地球の技術では切ることも溶かすことも出来ないはずだぞ。しかも普及品のナイフは、ミスリルが使われているのは刃先の三割程度だと聞いたが」
国武の疑問はもっともだった。素材として加工できないのであれば、兵器転用も次世代技術の研究もままならない。ただ硬いだけのオーパーツだ。
鷹野はタブレットの画面をスワイプし、一枚の極秘写真を国武に見せた。
「……ミスリルのナイフを、そのまま自社工場のラインの切断機に組み込んで使用しているそうです」
「……は?」
「驚異的な切れ味と、どれだけ酷使しても一切摩耗しない特性に目をつけたようです。アメリカ国外へのミスリルの持ち出しはアメリカ政府によって厳しく制限されているため、まずはアメリカ国内のトヨサの工場に導入し、運用を始めているとのことです」
「そのまま……機械の部品として使っているのか……? 溶かせないなら、そのまま使えばいいと?」
「はい。刃の交換作業に伴うライン停止時間がゼロになり、生産効率が劇的に向上していると報告が上がっています」
国武はあんぐりと口を開けたまま、言葉を失った。
「カ、カイゼン……」
絞り出すように漏れたその言葉には、畏怖すら混じっていた。
異世界のファンタジー金属を、自社の生産ラインのコスト削減と効率化のために物理的に組み込む。その泥臭くも圧倒的な現場主義。トヨサらしいと言えばあまりにもトヨサらしかった。
「会長の森蔵氏は、ミスリルを使ったラリーカーの開発を諦めていないようですが……」
「……恐ろしい企業だ。それで? 我らが日本の転移者、歓楽街に入り浸るTetsu氏への対応はどうなっている?」
国武が話題を変えると、鷹野の眼鏡の奥の目が、少しだけ暗くなる。
「要求通り、地球の最高級スイーツを毎日調達し、ガレージ・リンク経由で届けています。……しかし、問題が発生しました」
「なんだ? 予算か? Tetsu氏がケチをつけたか?」
「いえ、実働部隊の士気低下です」
鷹野が重々しい声で告げる。
「毎朝、警視庁の特殊急襲部隊(SAT)や自衛隊の特殊作戦群から選抜された屈強なエリート隊員たちが、私服に着替えて表参道や、銀座のスイーツ店に並ばされています。極秘任務ゆえに誰にも言えず、おばさんの集団に囲まれながら、開店の何時間も前から整理券を求めて行列に並ぶ毎日です」
「…………」
「先日など、青山にある『1日限定10個の幻のモンブラン』を巡って、並んでいた主婦と小競り合いになりかけた隊員がいました。彼はテロリストとの銃撃戦は経験していますが、主婦からの冷たい視線と舌打ちには耐性がありません。……このままでは、隊員たちがSPSD(スイーツ・パニック・ストレス障害)を発症してしまいます。早急な対策が必要です」
「特殊部隊の無駄遣いにもほどがあるだろうが!!」
国武は再びデスクを両手で叩いた。国の守護者たちが、限定スイーツのためにメンタルをすり減らしている。悪夢のような光景だった。
「わ、分かった……人員はローテーションを組んでケアしろ。それで? 肝心のミスリルは回収できるんだろうな? 菓子への投資分はペイできるんだろうな!?」
鷹野は一瞬、言いよどんだ。
「ええ、まあ……今のところは。ただ……」
「ただ、なんだ!」
「Tetsu氏が滞在している町には歓楽街があるため……売買されているミスリル製品は、武具ではなく『アクセサリー類』が豊富です」
「アクセサリー……?」
「はい。トヨサが欲しがっているようなミスリルのナイフは、なかなか手に入りにくいのが現状です」
執務室は、静寂に包まれた。
国武は天井を仰ぎ、限界を迎えている胃の辺りを押さえた。
これ以上他国やトヨサに遅れをとるわけにはいかなかった。
「……背に腹は代えられんか。とにかく特殊部隊を並ばせてスイーツを送り続けろ! アクセサリー類でもナイフでも、とにかく買えるだけ買い占めるんだ!」
「承知いたしました。早急に隊員たちのメンタルケア班も手配しておきます」
淡々とタブレットにメモを取る鷹野を見つめながら、国武は疲労困憊の顔で重い息を吐いた。
「二回目の取引……いや、今後の要求方針については関係省庁で急ぎ会議だな。このままミスリルを要求し続けるか、それとも何か別の有用な物資に切り替えるか……くそっ、頭が痛い……」
お読み頂きありがとうございます。
ブックマーク、★ボタン、できたらよろしくお願いします。
次話未定。
続きは、いい感じの話が思いつきましたら書いていこうと思っております。




